艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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木曾の場合(9)

日が傾いて来た頃。

 

球磨と多摩は木曾達と別れ、大本営行きの特急電車に乗っていた。

「この時間から大本営行きの特急って誰が乗るのかにゃ~?」

「周辺で働く人とかじゃないかクマ?」

多摩は久しぶりの電車の感覚が楽しかった。

球磨はやっぱり眠くなるなあと思っていた。

親しげに話す二人と同乗した客達は、二人を特に気にする風でもなかった。

鉤爪や装備を入れた揃いのカバンを二人仲良く持つ姿は、高校生のそれに見えたからだ。

海軍関係者は勿論艦娘と気づいたが、無許可の上陸とは夢にも思わなかった。

元々大本営に向かう列車では艦娘を見る事は珍しくなかったのである。

 

「大本営前、大本営前。終点です。御忘れ物の無いようお降り下さい」

喧騒の中でホームに降り立った二人は、チラリと時計を見た。

日本の列車運行管理は優秀だ。予定時刻と16秒しか違わない。

自分達が最大戦速で航行するよりうんと早く着けた。時間の余裕は多い程良い。

「まずは、工作場所まで無事に辿り着くクマ」

「にゃ」

終点は大本営前駅とはいうものの、第3鎮守府の手前で終わっている。

第3鎮守府の先には第2鎮守府、大本営、その先に第1鎮守府と続いている。

配置は勿論大本営を護る為であり、駅の改札の先には検問、すなわち所持品検査所がある。

係官は歩いて来た球磨達にすっと敬礼した。

「球磨様、多摩様ですね。御所属は?」

二人はライセンスカードを見せながら言った。

「ソロル鎮守府だクマ」

「カードのご提示ありがとうございます。鞄を拝見させて頂きます」

「兵装と艤装だクマ」

工具箱、艤装類、鉤爪・・・鉤爪!?

検査官は鉤爪に釘付けになったが、鎮守府の刻印がある事を見つけると鞄を閉じた。

最近は次々新しい兵装が追加されるから覚えきれない。

「どうぞ、お通りください」

「クマー」

「にゃー」

二人は係官に笑顔を返すと検問を後にした。

人込みに紛れると、二人は揃って7番出口を右折した。

第3鎮守府裏の駐車場近くに変電設備がある筈だ。

そこに繋がる電力の引き込み線を切断する。

工作地点は幾つか地図で候補を絞っている。

だが、監視小屋等があるかもしれないと思い、余裕を持って来たのである。

そして20分後。

「にゃー・・・」

「・・・クマー」

二人は気の抜けた声を漏らした。

そこは駐車場の隅の三角形の土地だった。

雑草生い茂る地面から突き出ている1本の木製の電柱。

その電柱で鎮守府に引き込まれている10本近い電線が全て支えられていた。

監視カメラもなく、公道とは1mそこそこのフェンスで区切られているだけ。

外人部隊の演習ではこういう場合本物は他所にあり、ここはトラップとかそんな感じだ。

当然二人は警戒して周囲を調べ回ったが、本物にしか見えない。

これが大本営を守護する一翼を担う鎮守府の給電状況とは、あまりにもお粗末すぎる。

多摩は肩を落としながら球磨に言った。

「警備もこないし、鉤爪であの電柱ぶっ倒してさっさと変電所壊すにゃ・・・」

だが、球磨はくいくいと指で指示し、さらにジト目で言った。

「それは合図の後だクマ。多摩、変電所よりあれを壊すクマ」

球磨が指差した方向を見て、多摩は目を見開いた。

「な・・なんであんなのまでこんな所で野晒しなのにゃ?」

球磨は絶縁手袋と電動ドライバーを取り出しながら言った。

「隙だらけなのは好都合だクマ。とっとと工作するクマ」

だが、多摩は鎮守府を見ながら首を傾げていた。

ソロル鎮守府では余程の深夜を除けばどこかしらで艦娘がキャーキャー言っている。

要するに、うるさい。

だがここは、まだ日没前なのにしんと静まり返っている。

「他所の鎮守府はこんなに静かなのかにゃ?静か過ぎる気もするにゃ」

球磨はネジを外しながら言った。

「裏手だから聞こえない可能性もあるクマ。見つからないうちに終わらせるクマ」

「にゃー・・」

多摩はもう1度首を捻ると、球磨を手伝い始めた。

 

二人が丁度出口を出た後、駅検問室長の机の電話が鳴った。

「あぁ少佐殿・・はい、司令官や秘書艦といった方はお見えになっておりません」

「はい・・はい。大本営の艦娘の方もお見えになっておりません」

「ええ、ご命令は全員に徹底しておりますが、せめて対象者のお名前を・・あ」

検査室長は一方的に切られた電話を見つめながら溜息を吐いた。

司令官や秘書艦を見つけたら応接室に留め置けなど、無茶な事を言うものだ。

司令官の拘束など、万一間違いならこちらの首が飛んでしまう。

せめてどの司令官か、秘書艦の誰か指定してもらいたいものだ。

大本営の艦娘が来たら連絡するという指示の方は別に構わないが、何故連絡が要る?

すっきりしないし何か気色悪い。トラブルを抱えるのは御免だ。

どうぞ誰も来ませんように。

 

「そろそろ上層部会が始まるねー」

北上は時刻を確認しながら言った。

「ええ。大本営までは最短でいけても1時間以上かかりますけど」

「会議終わっちゃわないよね」

「中将さんに持ちこたえてもらうしかないですわ」

「想定戦域へ日没前につけるかなあ」

「今のペースでは日没直後になりますわ」

「もっと急げればいいんだけど、これ以上は出せないからねえ」

水平線を睨む木曾に、北上が思い出したように話しかけた。

「そういや木曾っちー」

「なんだ、作戦か?」

「いや、毎朝球磨多摩コンビに放り投げられてるじゃん」

「・・起こしてると言ってくれ」

「あの時さ、どうやって起こしてるの?」

「普通だよ。姉貴起きろって揺さぶってる」

「んー、それならさー」

北上は木曾に耳打ちした。

「そうやってみたら一発で起きると思うよ~」

だが、木曾は顔を真っ赤にした。

「でっ、出来る訳無いだろ!」

「そぉ?毎朝投げ飛ばされるより良いじゃないと思うんだけど」

「もっと無理だ・・あ、古鷹、加古。そろそろ分岐か?」

加古が頷いた。

「ん。じゃあアタシ達は回り込んで後方支援するからね」

「皆も気を付けてね!」

「そっちもな!」

短く言葉を交わすと、加古と古鷹は針路を変えていった。

 

大本営の会議室では少佐が壇上で状況を説明していた。

「以上から、非武装で派遣した勧誘船を深海棲艦が轟沈させたと考えられます」

この一言に会議室の面々はどよめいた。

少佐はますます声を張り上げ、用意していた船首の写真を取り出して訴えている。

中将はしきりに腕時計を確認していた。

到着予定時刻まで後1時間丁度。20分を切れば厳重な警備のある湾に入る。

だから最も危険なのは湾の外側、今から40分の間だろう。

「どうか・・無事で居てくれ」

そう呟く中将を、隣に座っていた大将は靴のつま先で突っついた。

中将が大将を見ると、一瞬だけこちらを向くとフッと笑い、頷いた。

気付いてないふりをしろという事か。それにしても、大将は何かされたのだろうか?

中将は少佐を見た。少佐の演説は続いていた。

少佐は1度だけ、言葉を切って水を飲んだ時に海の方をチラリと見た。

発信機を仕掛けたんだ、どこかの鎮守府が訴えようとしてくるに決まってる。

空港も駅も国道も検問がある。引っ掛かれば拘束する手筈になっている。

厄介なのは海路で直接大本営に来る場合だ。

その為に大本営手前の海路上に、鎮守府のほぼ全艦娘を配備しておいた。

この海域以外の所属艦娘が来たら完全に粉砕して証拠は残すなと指示してある。

せいぜい悔しがって深海棲艦にでもなるがいい。

私の出世の為だ、艦娘だろうが何だろうが沈めてやるさ。

 


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