艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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雷の場合(7)

旅行の数日後、鎮守府の廊下

 

雷は心行くまで室峰室長直伝の方法で掃除していた。

教えてもらった方法は実に早く、綺麗に、汚れがつきにくかった。

ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら、室峰室長とのやり取りを思い出す。

「掃除は趣味ではない限り、最短の解を施して手早く済ませる事が最善です」

「最適より最短?」

「その通りです」

「汚れが残っても?」

「そんな掃除の仕方は選択肢に入れません。簡単で綺麗になる方法を取るのです」

「方法が無かったら?」

そこで我に返る。

最後の1ヶ所を拭き終えると、ぎゅ~っと伸びをし、腰を叩く。

「・・・さてと」

洗濯場に戻って来た雷はポケットから数枚の紙を取り出し、ちゃぶ台に乗せた。

数日間、清掃時にずっと確認していた事がある。

先程の最後の問いに対し、室峰室長は悪戯っぽく笑って答えた。

「綺麗に維持出来るというのは、綺麗にしやすい素材で家を建てておくとも言えます」

雷はしばらくぽかんとした後、ポンと手を打った。

「掃除がめんどくさい素材は使わないって事ね!」

「仰るとおりです。使われていたら、リニューアルの時とかに入れ替えてしまうのです」

そう。雷が観察していたのは、その場に使うには相応しくない素材、だった。

メモを丁寧に文書に起こすと、雷は工廠に向かった。

 

「なるほど。確かに入り口近くに鉄の部品だからすぐ錆びる、か。もっともじゃの」

「でしょ。メッキした真鋳かステンレスに変えてくれないかしら」

「ふむ、それくらいならすぐ出来るわい」

「あとね、この辺りなんだけど・・・」

 

こうして2週間が経った。

雷は物憂げな表情で、ちゃぶ台でへちゃっと伏せていた。

「うー」

そこに提督が秘書艦の加賀と訪ねてきた。

「雷、ちょっと話しても良いかな?」

「えっ!?呼んでくれれば良かったのに!」

「忙しいだろうと思ってね。これお土産ね」

そう言ってカステラの包みを受け取った雷は

「お茶を淹れるから飲んでいって!」

「ははは。じゃあ御馳走になろうか、加賀」

「はい」

 

「雷、大本営というか旅館で掃除を学んだんだって?」

「だ、誰から聞いたのよ」

「龍田だ。最近凄く室内がピカピカになったなと思ってね、聞いたんだよ」

「そうなの」

「なのに・・あまり満足気じゃないね」

「・・ねぇ提督」

「なんだい?」

「どっか掃除出来る所ないかしら?」

「へ?なんで?」

「足りないの!」

「この広い鎮守府の共有部を一人でやってるってだけで相当だぞ!?」

「足りないの!もっと掃除したいの!」

「どうしたっていうんだい?」

「・・旅館でね、清掃係の人に色々教えてもらったの」

「うん」

「その通りやったら短時間で綺麗になるんだけどね」

「良いじゃない」

「あっという間に終わっちゃってつまんないのよ」

「おおう」

「かといって綺麗な所をさらに掃除するなんてバカバカしいじゃない?」

「まぁな」

「だからどこか掃除したいの!」

提督はふうむと考え込んだ。

今日は綺麗に維持してくれている事に感謝しに来たのである。

まさかもっと掃除させろと言われるとは思ってもみなかった。

雷が掃除していないのは、各自室と提督室である。

各自室は艦娘達と提督自身が、提督室は秘書艦の持ち回りである。

「とりあえず、提督室でもやってみる?」

「やる!」

「それで気がすむなら良いけど・・・」

という訳で。

 

「はーい提督、今朝も掃除に来たわよ。ほら出て出て!」

と、毎朝追い出されては15分位で呼び戻される。

そこにはピッカピカに輝く提督室が待っており、更に。

「本棚に入ってたお菓子は机の上に出しておいたわ。賞味期限切れのは捨てたからね?」

と、仕舞ってある1つ1つまで管理されるようになった。

こういう所までおかんである。

だから赤城が秘書艦の日は掃除が済むまで二人で廊下で睨みあいとなる。

なぜなら掃除が終わった後、提督室に争うように飛び込み、

「落ちてた羊羹頂きました!」

「机の上に置いてあるだけで落ちてない!」

「誰のか解らないので頂きます!」

「間違いなく私のだ!こら!食べるな!」

と、無茶苦茶な理屈で強奪されるのを阻止する為である。

だが、それさえも、

「うー、もっと掃除したーい」

雷は慣れてしまったのである。

 

そんなある日の夕方。

「あ、あの」

洗濯場を訪ねてきたのは、受講生の艦娘だった。

「あら、服でもほつれたの?貸しなさい。縫っといてあげる」

「いえ、違うんです」

「そんな所に居ないで入りなさいな。どうしたのよ?」

「あの、お掃除の仕方を教えて欲しいんです」

雷は首を傾げた。

その艦娘が言ったのはこういう事だった。

艦娘として教えられるのは軍隊生活と戦い方である。

そこは教育方が教えてくれるが、料理や掃除洗濯などは対象に入ってない。

「わっ、私、人間になる予定なんです。家事も知りたいんです!」

ふぅむと雷は顎を撫でた。

他の人がやってる掃除を咎めれば嫌われると思ってしてこなかった。

でも、教えて欲しいと言われれば断る理由はない。

何より、掃除したい掃除したいと暇を持て余すより良いではないか。

「おせんべ食べる?」

「頂きます。それで、如何でしょうか・・・」

「どのくらいの子達が教えて欲しいのかしら」

「しゅ、周囲では何人か、教えてくれたら良いねって子がいます」

一人じゃない、でもどこまで学びたいかが見えない。

雷はせんべいを1枚食べ終えると、うむと頷いた。

「ちょっと一緒に来てくれるかしら?」

 

雷達が向かった先は教育棟の事務室だった。

部屋では妙高が採点作業をしていた。

「妙高さん!」

「あ、雷さん、先日は足柄達が本当にお世話になりました」

「良いの良いの、気にしないで」

「今日はどのようなご用事ですか?」

「ちょっと知恵を貸して欲しいのよ」

 

「なるほど」

妙高は受講生と雷の話を聞いて頷いた。

「それでしたら、そちらの方と教科書を作ってみては如何でしょう?」

「教科書?」

「ええ。正確には何を教えるかという事です。教えるべき事は教わりたい事です」

「・・なるほど」

「教えたい事だけで説明すると、それが教わりたい事でなければ退屈な授業です」

「そうね」

「だから教わりたい事を知っている子と教科書を作れば効果的です」

「なるほど!」

「結果の分量が多ければ、それを入門、応用、上級編と分けます」

「そっか。どこまで学びたいかを選べるものね」

「はい。そういう感じで如何でしょうか?」

「凄く勉強になったわ!でも、そんなに手伝ってくれる?」

雷は受講生を見た。受講生はにこにこ笑い、

「もちろん!色々教えてください!」

と言い、雷と強く握手した。

 

教科書を作り始めて2ヵ月後。

雷と受講生の二人は教科書の原稿を手に提督室に向かった。

教科書のタイトルは

「お掃除とお洗濯の基本!これで楽してピッカピカ!」

である。

提督は最終稿を最初ペラペラとめくっていたが、

「へぇ・・食器用洗剤で・・ほほぅ、なるほど。・・ほおう!」

次第に食い入るように読み始め、秘書艦だった長門から、

「しっかり読むのは後にして、まずは雷達を労ったらどうだ?」

と、苦笑された。

「そ、そうだったそうだった。すまんな雷」

「良いのよ。お掃除に興味を持ってもらえるのは嬉しいもの!」

「これを後は製本するんでしょ?」

「そうよ」

「表紙はどうするんだい?」

「タイトルはそこにある通りよ?」

「青葉に頼んでさ、掃除する姿を撮ってもらったら?」

「掃除する姿?」

「雷は楽しそうに掃除してるじゃない。きっとイメージが伝わるよ?」

「・・そう、かしら」

「きっとね」

「わ、解ったわ」

 

こうして雷が嬉しそうに手すりを拭く姿がタイトルと共に表紙を飾った。

サンプルとして1冊大本営に送った所、五十鈴がこんな答えを返してきた。

「大将がね、うちの奥さんみたいだって放そうとしなかったわ・・・」

「なるほど」

確かに二人とも雷であるから解らなくはない。

ただそれは写真の上の話で、実際会えば滲み出る眼力ですぐに解るのだが。

「その大将から取り返して読んだんだけど、凄く勉強になるわ」

「教科書だけでも、という事ですか」

「ええ。実践的で具体的、この時はこうというノウハウがたくさん詰まってる」

「そうですね。私も読んで面白かったです」

「というわけで、これを数部ずつ全ての鎮守府に送ったらどうかしら?」

「全ての鎮守府にですか?」

「ええ。勿論版権はそちらの雷さんにあるから、本代は払うわよ」

「ふむ。一応確認してご連絡します」

「あと、大将がびーびー泣いてうるさいから、とりあえずもう1部送ってくれる?」

「解りました」

 

「ぜ、全鎮守府にですって!?」

「そうなんだよ。数冊ずつどうかって」

「や、やだ!」

「どうして?」

「そ、その、恥ずかしいわよ・・表紙・・」

「表紙?」

「だって割烹着で雑巾持ってるのよ?」

「可愛いじゃない」

「可愛くてもだめ!」

うーむと提督は空を見て考えたが、

「本人が恥ずかしいというなら仕方ないか。表紙写真無しなら良いかな?」

「ええ、それなら良いわよ」

「じゃあそう言う事にしよう。大将は大層お気に入りだそうだが」

「えっ?そ、そうなの?」

「らしいよ」

「・・でもやっぱり勘弁して」

「解った」

 

こうして表紙に雷が写っている版と文字だけの版が出来た。

写真版はソロル鎮守府の受講生だけが渡される。

この噂は瞬く間に津々浦々の鎮守府に広まった。

結果、異動した艦娘に対し、司令官が

「や、君はソロルから異動か!よく来たね!・・ところで、掃除の教科書は持ってきたかい?」

と、問われるようになり、雷の掃除講座は必須科目になりつつあった。

あまりにも多くの鎮守府で問われると青葉達から聞いた提督は、

「もう写真有りで配布したら良いじゃない」

と言い、その提督に肘鉄を食らわせながら龍田が、

「裏オークションで1冊5万コインまで競り上がってますよ。荒稼ぎ出来ますよ~」

と進言したが、雷は

「あたしの割烹着姿なんて恥ずかしくて見せたくないのっ!」

と、真っ赤になって逃げまわっている。

 

ちなみに、配布された教科書の利益は、教科書を作った受講生の子と山分けにした。

「い、いえ、ノウハウは全部雷さんの物ですから」

そういってその子は固辞したが、

「記念として教科書と一緒に持ってって。人間に戻った後の生活費になるでしょ?」

雷はにこりと微笑み、そう言って手渡したのである。

 

雷は今も月に2通は必ず手紙を書いている。

1通は室峰室長に、1通は元受講生の子にである。

中身は世間話だったり近況だったりと軽い物だが、返事を楽しみに投函している。

雷は講義を終えた後、ちゃぶ台の傍に座ってお茶を啜る。

「んー、今日も働いたわー」

そう言いつつ、秘蔵の御煎餅をポリポリと齧るのである。

 

 




雷編、終了です。
最終話はちょっと長めになりました。

今回はリクエストのうち、大和と金剛4姉妹を入れてみました。
以前申し上げたとおり、私は金剛4姉妹に関しては何故かほとんどストーリーが浮かばないのです。
金剛さんは別に腹黒キャラではありません。ちょっと策を弄してみるもあっさりバレてしまい、それが可愛いと評価される。そんな雰囲気を出せていたら良いのですが。

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