提督を鎮守府に送り届けた日の午前中。
最上達の事務所で紅茶を啜りながら、日向は三隈の話を聞いていた。
「どうやって禁止令を解かせたんだ?」
「まず戦闘の中心だった武闘派の球磨多摩姉妹と、重火器派の山城さんと大井さんが和解して」
「待て、その4人が本気で戦闘を展開していたのか?」
「4人どころか、甘味女王とその姉妹はどちらかの陣営についてましたわ」
「本当にガチの戦争じゃないか」
「ですから、中破大破当たり前だと申し上げましたわ」
「比喩じゃないのか。じゃあ最上達も熊野の加勢をしたのか?」
「いいえ、営業船の整備がありましたし。白星食品の皆さんとかも静観してましたわ」
「なるほど。しかし実弾を使っていたのでは提督が怒るのも当たり前だな・・」
「4人は提督室に出頭してもう争いませんと言ったんですけど、提督は首を振って」
「ほう」
「それで受講生の皆も呼んで大会議を開いたんです」
「ふむ」
「結果、先ほど申し上げた規則を制定して、購入を抽選方式にしたんです」
「抽選方式?」
「ええ。今は購入しようとするとすべて抽選です。昼と夜の2回ありますわ」
「なるほど・・ん?」
「どうしました?」
「私は、さっき普通に買えたが・・」
「特権、ですわね」
「特権?」
「はい。秘書艦と提督はいつでも買えるんです。1つは考案者の赤城さんの権利保護」
「うむ」
「もう1つは身を挺して争いを止めた提督はいつでも食べて良い、という事ですわ」
「そんな大げさな」
「それがですね」
「あぁ」
「禁止から解決まで2週間近くかかったんですけど」
「うん」
「提督はすっかり衰弱して2kgも痩せたそうなんです。本気を示されたと皆話してますわ」
「普段甘い物を食い過ぎなだけじゃないのか?」
「まぁまぁ、美化される部分はいつの時代でもございますわ」
「うーむ」
「いずれにせよ、艦娘達の間で提督の評判が凄く上がったんですの」
日向は何となく釈然としない気もしたが、考えてみると他に方法が無い事に気がついた。
確かに、この赤城エクレアは極上の逸品だ。
甘味女王達のスイーツにかける情熱は半端ではない。
お取り寄せも頻繁に行っているが、これに匹敵するスイーツを外で探すのは大変だ。
そして赤城エクレアは御値打ちである。わざわざ外の高い品を買うのが馬鹿らしくなる。
なのに他の女王のせいで自分が連日買えなかったら、溜まる恨みは半端ではないだろう。
以前も天龍と球磨が小競り合いをしかけたので競技で決着を付けさせた。
途中から激辛カレー勝負になったが、あれくらいやらないと矛を納めない。
「ふーむ」
「そして、このプロセスは受講生の方々にも評判だったんです」
「ん?どういう事だ?」
「提督の決定以下、経緯も結果も透明で公平だって」
「主題がエクレアの争奪戦ってのが締まらない話題だな。他所には知られたくないな」
「あら、意外と他の鎮守府でもあるんですよ。売店の甘味争いは」
「そうなのか?」
「研修先で聞いた話ですけど、筆頭艦娘派が独占してしまったり」
「うわ」
「提督に逆らわない子だけ食べられるとかも、結構聞きましたわ」
「・・そっか」
「それに比べれば受講生でも抽選に参加出来るんですから公平ですわ」
「最上や三隈も参加しているのか?」
三隈は俯いて、拳を握りしめた。
「朝晩毎回参加して・・もう58連敗中ですわ・・・」
最上が振り返って言った。
「200人以上の艦娘に対して20本ずつの2回だからね。結構厳しいよ」
「競争率10倍か。だが、全員応募するのか?」
「自分が食べなくても、それはもう凄まじいカードになるからね」
「その通りですわ。抽選券じゃなくて名札で抽選しようって意見がある位ですし」
「凄いな」
「抽選会の後、毎回当たる雪風さんの分を巡って、オークションもありますわ」
「雪風は食べないのか?」
「たまに一口貰えれば良いと。それ位なら落札者も喜んで応じますし」
「オークションか、龍田が噛んでそうだな」
「よくお分かりですわね。オークション参加料は一人200コインですわ」
「さ、参加費?」
「でないと全員参加するでしょ、と仰って」
「正論だが儲けてるなぁ・・」
「それでも半数近い方が参加しますし、雪風さんと山分けしてるそうですわ」
「はー」
「競り落とされる値段は大体1000コインを超えますわ」
「元の値段の倍以上じゃないか。この場合、丸儲けしてるのは雪風か龍田か・・」
手に付いたクリームをぺろっと舐めながら日向は思った。
秘書艦もたまには良い事があるな、と。
「という訳で、日向さん、本当に御馳走様でした」
「ありがとう。僕も久しぶりにエクレア食べられたよ」
「いやいや、紅茶も美味しかった。日頃の礼になれば何よりだ」
「また困った事があったら相談してよ。いつでも力になるよ!」
「そうさせてもらう。では、またな」
見送る二人に手を振りつつ、日向は鎮守府を後にしたのである。
教育開始から半年が過ぎた。
暇を見て少しずつ参加していた北方棲姫の部下達も全員教育を終えた。
提督もほぼ月に1度は顔を見せるようになった。
少し前から、日向は基地の変化に気付いていた。
当初から活気のある明るい雰囲気だったが、規律を重んじる空気が加わったのである。
それは主に、北方棲姫の部下達の変化によるものだった。
北方棲姫はどう思っているのだろうと心配になり、伊勢と二人で訪ねて行ったが
「イエ、ムシロ助カッテマス。規律ヲ守ッテクレル方ガ組織ハ動カシヤスイデスカラ」
と言われたので、日向は安堵の溜息を吐いたのである。
一方で伊勢は、前から気になっていた事を口にした。
「ところで姫様」
「ナンデショウ?」
「営業活動、いつまでやっても良いと思ってるのかなあ?」
そう。
営業船で出かければ、ほぼ必ず満員に近い応募者を連れて帰ってくる。
船についてきた子を誘いに行くのも、自ら訪ねてきた子を迎えるのもお馴染みの光景だ。
だが、それらは北方棲姫達が自分達の願いを後回しにするという犠牲の上に成り立っている。
日向が継いだ。
「我々としては一人でも多く救いたいが、その中には貴方達も含まれる」
「・・」
「今の気持ちを、聞かせてくれないか?」
「ア、エエト・・」
口を開きかけた侍従長を、北方棲姫はそっと制したのである。