艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日向の場合(17)

 

 

提督が基地に視察に訪れた日、提督の自室。

 

「あぁ、部屋替えしたいですか?」

あの部屋に居て良いのでしょうかと問われた提督の返事がこれである。

侍従長は一瞬ぽかんとしたが、ぶるぶると首を振ると

「違イマス!アンナ厚遇ヲ受ケ続ケテテ良イノデショウカト」

「構いませんよ。いうなれば姫様は取締役付の営業部長って感じですし」

「エ、営業部長?」

「うん」

侍従長は思わず北方棲姫を見た。

姫様が営業部長・・・

侍従長はダブルの縞模様が入ったスーツを着て名刺を差し出す北方棲姫を想像した。

どう贔屓目に見てもキッズコーナーの宣伝・・

「何ヲ想像シテマスカ?」

北方棲姫がジト目で見てるのに気付いた侍従長はパタパタと手を振った。

「イエ、ナンデモ」

北方棲姫は提督を見た。

「提督サン、マズハ私達ノオ願イヲ快諾頂イテ、アリガトウゴザイマス」

「こちらこそ御礼を申し上げますよ」

「私達ハ引キ続キ、戦イタクナイ深海棲艦達ノ捜索ト勧誘ヲ行イマス」

「前にも聞きましたが、艦娘や人間に戻りたい部下の方は居ませんか?」

「今ノ所、皆楽シソウニヤッテマス」

「もし戻りたいという希望があれば、いつでも受けさせてあげてくださいね」

「解リマシタ。無理ハサセナクテ良イトイウ事デスネ?」

「その通りです。御厚意でやって頂いてるんですから」

北方棲姫はしばらく提督をじっと見ていたが、

「私モ、配属先ノ司令官ガ提督サンダッタラ良カッタナァ」

と、ぽつりと言った。提督はにこりと笑うと、

「人間に戻る前、短期間だけ艦娘になるじゃないですか」

「ハイ」

「その時は私の配属になりますよ。一時的ですけどね」

北方棲姫はつまらなさそうに俯いた。

「今ハ・・・違イマスヨネ」

「私は対等に見て尊重してますけど、その方が良ければそうしましょうか?」

北方棲姫はくりくりした目で提督を見返した。

「ホント!?」

「良ければ、ですけどね」

「ア、アノ」

「はい」

「オ父サンテ、呼ンデ良イデスカ?」

「良いですよ。そう呼ぶのは二人目ですね」

「ワーイ、オ父サーン」

「おいでー」

「ハーイ」

伊勢と日向は、その一人目と、今まさに提督の膝の上に座った北方棲姫を重ね合わせた。

見た目ちびっこなのに思慮深いとか、膝の上が好きとか、どことなく似てる気もする。

止める間もなく膝の上に乗ってしまった姫に、侍従長は

「アーアー、ホントニ・・スミマセン提督」

そう言って謝ったのだが、伊勢がによりんと笑って

「侍従長って言うよりお母さんだよね」

というと、

「マァソノ、姫様ハ遊ビタイ盛リナノデ・・」

と言いつつ困ったという笑顔を返したのである。

 

その日の午後。

「そうか、解った」

日向は通信機のスイッチを切ると、小さく溜息を吐いた。

「提督達にも報告しておくか」

 

「ふむ、東雲の治療が必要な子が出たんだね」

「エット、ドウイウ事ナンデショウカ?」

日向は提督と北方棲姫、そして侍従長に集まってもらい、説明した。

今朝教育に向かわせた子の1人が、過去の事で悩んでいると妙高に打ち明けた。

天龍を通じて東雲に診てもらった結果、治療が必要となったのである。

提督が北方棲姫に言った。

「ええとですね、おさらい教育をしたり、鎮守府に行くと昔を思い出す子が居るんです」

「ハイ」

「その際、トラウマとか、とても嫌な記憶も思い出す子が居る」

「ナルホド」

「思い出して辛い時はそう言って頂ければ、深海棲艦も診てきた妖精が居りますので」

「・・・エ?」

「対話で解決したり、時にはその辛い部分だけ記憶を消すんです」

「辛イ・・部分、ダケ?」

「ええ。本人に意識させなくてもそうした処置が出来ます」

「ソンナ事ガ出来ルナンテ聞イタ事ガ無インデスケド、ソレモヤッパリ・・」

提督は頷いた。

「多分、うちの東雲しか出来ないでしょうね」

「ソレデ、今回ハ1人、ソウ言ウ子ガ居タトイウ事ナンデスネ」

「そうなります。割合としてはとても少ないですけどね」

北方棲姫はしばらく考えていたが、やがて

「アノ、ソノ治療ニハ何週間位カカルンデスカ?手術トカスルンデスカ?」

提督はきょとんとして、

「20分もあれば終わる筈です。手術とかもありません。日向、その辺何か言ってた?」

「教育課程は全部終わってからの相談で、特に問題無く済んだと言ってたぞ」

「だ、そうです。他の子と同様、明日の午後帰ってくると思いますよ」

侍従長はリストを広げながら言った。

「どの子か解りますか?」

「ええと、待ってくれ。メモを取った」

日向はその番号を告げたのだが、

「姫様・・・私ドモノ部下デス」

北方棲姫は悲しげに俯くと、

「ソウデスカ・・」

と言った。

日向はおやっという顔をした。

「え、ええと、姫の部下で艦娘になった子は随分前に全員教育を受けたと聞いたのだが」

侍従長は申し訳なさそうに顔を上げた。

「一人、深海棲艦カラ艦娘ニ戻ッタウエデ仕事シタイトイウ子ガ出タンデス」

「なるほど」

「ソレデ昨日戻シテモラッタ上デ、今朝ノ船ニ乗セタノデスガ・・」

提督は軽く頷いた。

「だとしたらその子は、最初から治療の相談をしたかったんじゃないかなあ」

「どういう事だ提督」

「ほら、伊勢が毎日説明会をしてるでしょ」

「そうね」

「その時姫様の部下の子も聞いてるじゃない」

「ソウデスネ」

「だから鎮守府に行けば、例えば悪夢を見るのも治せると知ってるわけだ」

「エエ」

「ここでは艦娘に戻っても、直接営業する以外の仕事なら手伝えるでしょ」

「はい」

「だから艦娘に戻って、治療を受けてから仕事を続けたかったんじゃないかなって」

「・・・ナルホド。ソウイエバ」

「ん?」

「艦娘ニナッテモ姫様ノ部下デ居ラレマスヨネッテ、何回モ聞イテイタ」

「うん。だから艦娘に戻る事より、悩みを解決したかったんだろう」

北方棲姫が寂しそうな顔になった。

「・・気付キマセンデシタ」

「姫様・・」

「部下トシテ働イテクレル子達ハ大切ナノニ・・」

提督は北方棲姫ににこりと笑いかけた。

「それを解っているから、何度も確認したんじゃないですかね?」

「エ?」

「悩みは辛いけど姫様と居たい。そう言う事じゃないですかね」

「・・ソウデショウカ」

「明日聞いてみたら良いですよ。何だったら同席しますし」

日向がハッとした様子で提督を見た。

「待て提督。明日の朝の便で帰る予定だろう?」

「大事な要件だろう?予定は調整するよ。通信室を貸してくれ」

「・・解った」

調整するという言葉を聞いて日向はほっと息を吐いた。

提督もミリ単位では成長しているらしい。

「ア、アノ、ゴメンナサイ」

「良いよ良いよ、待っててね」

提督は北方棲姫の頭をそっと撫でると、通信室へ歩いていった。

 


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