基地の記念式典は続いていた。
3人の挨拶の後は立食歓談の時間となり、食堂には数多くの料理が並べられた。
提督達も皿を手に回っていたが、日向がエクレアの前で足を止めた。
「あ、提督」
「んー?」
「エクレアといえば、鎮守府のエクレア内紛は終結したのか?」
提督は苦笑すると
「上手いネーミングだね。まったく大変だったよ」
「そりゃ、甘味女王の甘味争いとなればな」
「闘争本能剥き出しで実弾戦してたと聞いた時は、よく轟沈者が出なかったと肝が冷えたよ」
「抽選方式で収まっているのか?」
「それがだね」
「うむ」
「オークションでついに1個2500コインを突破したんだ」
「無茶苦茶だな」
「だから再び話し合ってもらって、鎮守府所属艦娘の抽選会は月に1度になりました」
「・・・む、むしろ悪化してないか?」
「毎日の生産量が50個に増えたから、半分の25個は受講生の子達で毎日抽選」
「うむ」
「残り25個の1ヶ月分を月初めの抽選で順番を決め、必ず回って来るようにした」
「ええと、例えば5月2日生産分は誰々の分、という事か」
「そういう事。それで大体月2~3回は全員食べられるようになった」
「なるほど、それは公平だな」
「どうせ皆で抽選会に参加してるからね」
「そうなると、雪風と龍田はしょんぼりしてなかったか?」
「いんや。雪風はもう充分稼いだと言っていたし」
「うわぁ・・」
「龍田は別の稼ぎ口があるから平気と言ってたが、そこを深く追求するのは止めた」
「命は大事だからな」
「ああ。というわけで、エクレア内紛は終結したよ」
「そうか」
「そういえばさ、日向」
「うむ」
「ここの室長なんだけど、秘書艦で持ち回りにするかい?」
「んー」
「日向と伊勢の二人だけにいつまでも背負わせるのもどうかと思ってね」
「気持ちはありがたいが、ころころ変わると経緯が解らなくなりそうだな・・」
「そうだね。そこは同意見。日向自体はどう思う?」
「んー、皆良くやってくれてるし、争いも無いし」
「うん」
「それに、立ち上げから携わってきたから、愛着もあるんだ」
「そうだねえ、こんな立派な基地を作ったんだからね」
「まぁ、私の力でもないのだが」
「間違いなく日向と伊勢の力だし、日向を任命して良かったと思うよ」
「・・そう、か。他の者ならもっと上手くやったのではと思う事もあったが」
「基地内の子達が日向に向ける目や言葉を見れば解るよ」
「うん?」
「誰もが日向を室長として認めてるし、敬意を持って接してる」
「そう、か?」
「ああ。だから日向がこの1年やって来た事は正しいんだよ」
「・・・」
「・・そうだね。そう考えると、引き続きお願いした方が良いね」
「あ、その」
「うん?」
「たまには、赤城エクレアを食べたい、かな」
提督が笑った。
「抽選に追加して、送らせようか?」
「い、いや、月に1度で良い。良いが・・」
「うん」
「提督が、持ってきてくれないか?」
提督は日向の申し出に一瞬きょとんとしたが、
「良いよ。じゃあ毎月1度、赤城エクレアを持って訪ねてくるよ」
「そうして、くれ」
「日向の作ってくれた晩御飯の後に、二人で食べよう」
「あ、ああ。それも良いな」
その時、伊勢の声がした。
「あのさぁ、お二人さん」
「ん?」
「皆ラブラブバリアに突入出来なくてエクレア取れないんですけどー」
ハッとして周囲を見ると、によりんと笑う面々が取り囲んでいた。
「熱イデスネー」
「良いなぁ」
「お幸せにねー」
「ヒューヒュー」
提督と日向は顔を赤くしながらエクレアの傍を離れると、
「うん、艦娘と深海棲艦が仲良くしているのは、本当に良い事だね」
と笑い、面々は微笑み返したのである。
「ふむ、もう1年経ったのか」
「はい」
記念式典の翌日。
提督は大本営の中将と通信し、基地の状況を報告していた。
しばらくの沈黙の後、中将が言った。
「大将の先見の明は、相変わらず冴えておられるな」
「と、仰いますと?」
「営業活動をするという申し出を受けた時、大将はこう仰ったんだ」
「はい」
「今回だけで3500体以上が望んだのだから、もっと大勢いるだろうとな」
「ええ」
「だから可能なだけやらせてやりなさいとね」
「・・」
「実際、今は累計でどれくらいになった?」
「人間に戻した子は3万人を超えましたね。艦娘は間もなく4000人ですが」
「・・なに?」
「ええと、ご報告してたかと思いますが」
「すまん。艦娘として来てる子が4000人近い事は見てたのだが」
「はい」
「に、人間として、3万人も返したのか」
「はい」
「・・そして尚、今もほぼ満員なんだろう?」
「ええ。ほぼ毎日130~150体を戻しています」
「・・そんなに、逃げ惑っていた子が居たのだな」
「最初は例外的な子達かと思ったのですが、もはや一定数居るとしか思えません」
「だが、その割合は、それでも少ないのだよ」
「いきなり戦いを仕掛けてくる深海棲艦の方が遙かに多いですね」
「・・全ての鎮守府に、救いの窓口を設ける程では、ない」
「そうですね」
「また龍田君に怒られそうだが、秘匿事案として続けざるを得ないか」
「ええ。今度はそちらに行く前になだめておきますよ」
「提督」
「はい」
「何というか、馬鹿の一つ覚えみたいで気が滅入るのだが」
「は、はい」
「これからも、よろしく頼む」
「はい」
「それなら君に表彰の1つもするべきだというのは、私も思うのだがね」
「いや、表彰の為にあちこち引っ張り出されるのも性に合いません」
「・・外部にどこから何と説明して良いやら解らんしな」
「今は知られていないが故に、元深海棲艦の子も普通に人間として溶け込んでますし」
「そうだな、元深海棲艦と知ったら拒否反応を示す人間もいるだろうな」
「言い方は悪いですが、そっとしておいて頂く方が順調だと思います」
「結果的に、提督の鎮守府も、基地も、我々への負担は極めて少ないしな」
「皆が頑張ってくれてるおかげなんですけどね」
「上層部会でも話題には上るが、問題になる事は全く無い」
「そうですか」
「だからこそ大将も私も、安心して君の案件に判を押せる」
「ありがとうございます」
「・・すまないが、やはり現状が最適だと思う」
「そうでしょうね」
「その、今度視察に行った時に何か出来る事は無いかな」
「あ、それならですね」
「うむ」
「大和さんにお願いして、スイーツのお土産をうちの子達に頂けませんか?」
「スイーツ?プリンとかか?」
「まぁそういうものです。大和さんは鎮守府きっての甘味女王と伺ってますし」
「なるほど。鎮守府も基地も街に出るのは不便な所だからな」
「そしてうちの艦娘達は結構な甘味女王揃いですから」
「ふむ。解った。それは必ずやろう。この後大和に伝えておく」
「よろしくお願いします」
「他には何かあるかね?」
「強いて言えば、今までのようにご相談への快諾をよろしくお願いします」
「結構怖い案件もあるがね・・解った」
「ありがとうございます」
「・・そうか、提督の所のカレーも久しく食べてないな」
「また来週にでも視察にいらっしゃいますか?」
「はははは。ごり押しはそう何回も出来んよ」
「いずれにせよ、お越しを楽しみにお待ちしてますよ」
「うむ。では、またな」
「はい」
提督は通信を終え、大淀に一礼すると通信棟を出た。
そのまま砂浜を踏みしめつつ、提督棟に戻る。
皆が頑張ってくれるから、大本営とも仲良くやれている。
提督はふと立ち止まり、空を見上げた。
私は皆に、ちゃんと何かをしてやれているのだろうか。
日向編、完了です。
突然ですが、本回を以って休載します。
理由は仙台と苫小牧を往復するフェリーとして木曾と北上が働いている(※1)と今更知りまして、これは乗りに行かねばならないなと思いまして。
※1:正確には「きそ」と「きたかみ」ですがそんな事はどうでも(ry
後は、お察しの通りネタ切れです。
日向編は公開分の2倍近い量を削りましたが、それでも難産だった話はキレが悪い。
今回の話が自分的にはギリギリと感じました。
折角皆様から一部のランキングに載せて頂けるほどに評価頂いてるのですから、きちんと面白い話をご提供したい。
なので、最近色々あったモヤモヤのリセットも兼ねて、遠い北の地で車走らせてきます。
豪雨予報とかある中を7時間で苫小牧から稚内まで観光しつつ移動とか、かなりの無茶ぶりですが、無事に帰ったら、またお会いしましょう。