台風も通り過ぎようとしてますので、そろそろ再開します。
とはいえ15年動かしてないジープのエンジン並に錆び付いてますので、まずは番外編でウォーミングアップさせていただきます。
「・・・・」
遠征先に向かいながら、響はスイスイと見慣れた海原を進んでいた。
海面がキラキラと輝いている。
日の光の眩しさに目を細めつつ、やはり海は良いと思った。
晴れて凪いだ日は特に良い。
響は経理方で仕事しているので、本来は遠征の班当番はない。
無いのだが、毎日書類と睨めっこしていると気が滅入る。
だから時折暁と電に声をかけ、こっそりと役割を代わって貰うのだ。
経理方の長である白雪からは黙認してもらっている。
代わって貰うのは必ず「長距離練習航海」の日と決めている。
比較的短時間で高速修復剤が手に入る長距離練習航海はよく命じられる遠征である。
しかも長距離練習航海は命じられたら1日に何回も往復する事になる。
ゆえに長距離練習航海の景色は暁も電も見飽きている。
一方で響が川内とお喋りしながら気分転換するには丁度都合が良かったのだ。
ちなみに交代した暁や電は雷の洗濯を手伝いつつ、雷の煎餅を漁るのが定番となっていた。
雷も話相手が「たまに」出来るのは嬉しいらしい。
「毎日」だと秘蔵の煎餅があっという間に無くなるので嫌だという。
そんな訳で、響は川内と共に海原に出ていた。
この鎮守府では長距離練習航海は4人で行く事にしており、残り2名は那珂と能代だった。
今日は雲が幾つかあるが暑くも寒くも無く、波も穏やかである。
この海域は深海棲艦も来ないし、のほほんと航海するに絶好の日和である。
「飴食べる?」
そう言いつつ響の手に飴玉を握らせたのは川内である。
響はにこりと笑った。
「スパ・・あ、いや、ありがとう」
「別に言い直さなくても平気だよ」
川内は横に並ぶとそう言ったが、響は少し帽子をかぶり直すと答えた。
「いや、その、何というか、響らしさっていうのを大事にしたいんだ」
「響らしさ?」
「もう1回改造すれば私はヴェールヌイになるし、なった後ならロシア語も良いと思うんだ」
「ふむふむ」
「でも今は響。ヴェールヌイではないのだから、日本語で話したいなと思うようになってね」
「ヴェールヌイじゃない、響らしさって事?」
「そう」
川内はふーむと考えたが、
「私は響がヴェールヌイになるのって、転勤のような物だと思うんだよね」
「転勤?」
「響自身は変わってないけど、勤務先が変わって制服が変わったって感じ」
「・・」
「元々不死鳥と呼ばれる程に運と実績があったから、ロシアでも信用されたんでしょ」
「・・」
「だから私は響がヴェールヌイになっても全然気にしないよ」
「・・」
「それと同じで、響がスパシーバって言っても気にしない」
響は川内を見上げた。
「・・気にならないかい?日本の船なのにロシア語交じりで話すなんて」
川内は響を見返した。
「だとするとさ、ヴェールヌイになった後は100%ロシア語で話すの?」
「う、うーん」
川内は首を傾げた。
「私、スパシーバとマトリョーシカとボルシチしか知らないよ?」
「ボルシチは料理名だし、マトリョーシカはオモチャだよ・・」
「どの国籍の船であろうと、今まで通りお喋りしたいなあ」
「まぁ・・そうだね」
「それに、今からロシア語交じりでも響の経験した事の表れだと思うから、良いと思う」
「うーん」
「ほら、球磨ちゃんが語尾にクマーってつけるじゃない」
「うん」
「それと似たようなもんだよ」
響は目を見開いた。
「あ、あれと似たものなのか?」
「アイデンティティっていうか、キャラっていうか、そういう意味」
響は腕を組んで考え出した。語尾に何か付けた方が良いのだろうか?
ヴェールヌイならヌイ?響なら・・び、ビキー?
どっちも怪獣みたいで嫌だビキー。
いや待て。元々私はクールキャラで売っていた筈だ。どこで道を踏み外したのだ?
おほんと咳払いをしてから川内に尋ねた。
「じゃ、じゃあ、川内の夜戦主義もキャラって事かい?」
「あたしにとって夜戦は生き方だけど、個性という意味では同じかなあ、うん」
響は少しの間、過ぎ去る海面を見つめていた。
・・・気にする方が悪い方に進みそうな気がする。ビキーなんて定着して欲しくない。
「解った。川内がそう言うなら気にしない事にするよ」
「響が今を幸せに生きてくれるのが、私の何よりの願いだよっ」
そう言いながらニコッと笑う川内の真っ直ぐな視線に、少し照れた響は帽子で顔を覆った。
暁も姉として気を遣ってくれるが、気が向いた時だし正直もっと雑である。
さらに、気遣いっぽく見せて実は自分の為という邪なケースも良くある。
自分の器からピーマンだけ移し、「体に良いから貴方が食べなさい」といった感じに。
もちろん「食べないとレディになれないよ」といって少し多めにお返しする。
だが、川内のは純粋な優しさである。邪さが全くない。
自分の好物だろうと響が美味しいと言えば自分の皿から分けようとする。
なんというか・・そう。姉というより母の、優しさというより愛である。
母と言えば雷も居るが、雷は厳しいおかんであり、川内は優しいお母さんというか。
とはいえ、もし川内にそんな事を言ったら、
「えー、あたしそんな年じゃないよー」
などと誤解されそうなので言わないけれど。
響はポリポリと頬を掻いた。いつか川内にちゃんと感謝の念を伝えられるだろうか。
そんな二人の耳元でインカムが鳴った。
「はい、川内です」
「響だよ」
「センターの那珂ちゃんだよ、お話し中ごめんね」
少し距離を取って先を航行する那珂からの通信だった。
那珂は赤城の誘いで深海棲艦から艦娘に戻り、この鎮守府に異動してきた一人である。
着任時点でLV99、更にはあらゆる遠征をこなしてきた強者であった。
(元のLVは更に上だったが、提督とケッコンカッコカリしてないので99扱いとなった)
必然的に遠征時には旗艦を任される事が多かったが、那珂は旗艦と呼ばれるのを嫌がり、
「センターって呼んでねっ!あとちゃん付けで!」
というので、提督も「センターの那珂ちゃん」と呼んでいる。
響はインカムをつまんで答えた。
「構わないよ。どうしたんだい、那珂ちゃん」
「えっとね、今日はバーゲン会場で誰か練習したいかなって」
那珂の声を聞いて、響は苦々しい顔になった。
バーゲン会場なぁ・・