艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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ええ。
この方に、ご登場頂きます。
そういう事でございます。

なお、初めから申し上げておきますが、私は艦娘の中で長門さんが一番好きです。
そういう事でございます。



長門の場合(1)

パタン。

読みかけの「鬼才の目のつけどころ」という本を閉じた長門はデスクスタンドを消した。

月明かりに誘われて窓際に立てば、紺碧の海に月へ続く光の道が一筋。

海の夜は一面の漆黒ではない。

月明かりや波の白さ以外にも、藻が緑に、ホタルイカが青に光ったりする。

透明度が高い海域で海中に目を凝らせば、深海魚が放つ光も見える。

もっとも、ここに限れば、鎮守府近海に住む深海棲艦達の明かりが一番多いのだが。

暗過ぎるのも明る過ぎるのも善し悪しだなと、長門はふっと一息ついた。

傍らにあるベッドに目を向ければ、陸奥が枕元のライトをつけたままぐっすり眠っている。

枕元には宝石の解説書が落ちていた。

「まったく、眠る直前まで読まなくても良いだろうに・・行儀が悪いぞ」

長門はそう言いながら、ライトのスイッチを切り、自分のベッドに入った。

 

長門。

ソロル鎮守府における第1艦隊旗艦を長年務めている。

練度的にも最高位ではあるが、

「困ったら長門に聞く」

「とにかく長門さんが最後の頼り」

「長門さんがダメならダメだ」

と、艦娘どころか提督までもが口を揃える。

いかにも武人というべき落ち着いた口調。

情に厚く、真っ直ぐな性格。

自ら鍛錬を怠らず、日向と並び、冷静かつ公平に対処するので人望も厚い。

何より、提督の奇抜さを溜息一つで受け入れる寛容さがある。

同じ目に合えば他の艦娘なら青筋の1~2本プチッと切れてると皆が口を揃える。

その長門でさえ提督の脱走癖は堪忍袋の緒が切れた訳だが、

「長門が見捨てたら後は無いぞ」

最後の脱走から帰って来た後、日向から忠告された提督は、以来脱走を企てなくなった。

ゆえに提督と長門の関係は良好であった。

一番早くケッコンカッコカリをしたが、その後も周囲が拍子抜けするほど普段通りであった。

提督と対話していてもデレデレになるわけでもない。

穏やかで微笑ましい付き合い方だが、深い信頼関係があるという事は傍目にも解る。

那珂曰く、

「結婚20年目のおしどり夫婦みたいだよね~」

だそうである。

 

水平線が薄く白み始める頃。

サク、サク、サク。

長門は兵装を背負い、島の裏手を歩いていた。

日課としている朝晩の見回りである。

班当番で哨戒は勿論あるし、鎮守府近海は深海棲艦から見ればDMZ指定されている。

それでも踏み込もうとする者は、カレー曜日を愛する多数の深海棲艦の洗礼を受ける。

さらに、先日の8艦隊包囲事件を受け、変な艦娘艦隊が来たら知らせてくれる事にもなった。

ゆえに余程の事態でもない限り安心なのだが、それでも長門は欠かさずやっていた。

「オハヨウゴザイマス」

小さな入り江で体操をしているル級が声を掛けてきた。

このル級はカレー曜日愛好会の会長であり、長門との窓口役も引き受けている。

金曜になると会員と共に朝から岩礁を綺麗にし、洗い物も手伝ってくれるらしい。

摩耶達研究班は感謝しつつ、何度か艦娘や人間にならないかと誘ったのだが、

「ンー、昔嫌ナ経験シタシ、モウチョット自由デ居タイナー」

手伝いの礼であるカツカレーを頬張りながらそう答えるので、気が向いたらおいでと言っている。

ル級と出会ったこの場所は小さいながらも綺麗な浜辺であり、「小浜」と呼ばれている。

周囲は険しい崖に囲まれ、鎮守府からも遠く、宝石工房や白星食品とも死角である。

ゆえにこのル級を始めとする深海棲艦が浜辺で昼寝や日光浴を楽しんでいるのだが、提督が

「好きにさせてあげなさい。問題が出たら話し合おう」

と言ったので長門は黙認している。

だが、長門は普段と違う点を口にした。

「どうした、珍しいな。今日は木曜日だぞ?」

「・・・・ヘ?」

長門の一言にル級はぽかんとした後、

「・・金曜ダト思ッテタヨー」

と言い、へにゃんと肩を落とした。

長門は納得したように頷いた。

「そうだな。お前がこの時間に起きてくるのは金曜の準備の時だからな」

「コノ前ノハリケーンノセイダネ・・アレノセイデ曜日感覚ガ狂ッチャッタヨー」

 

ソロル鎮守府は数ある鎮守府の中でも1・2を争うハリケーン銀座である。

出来た後、丁度猛烈に成長している途上にあるハリケーンが直撃するコースにあるからだ。

元々この島に鎮守府を作る予定など無く、無理矢理作ったゆえの問題でもある。

長門はル級に尋ねた。

「前から気になっていたのだが、ハリケーンの時、お前達はどこに居るのだ?」

ル級は肩をすくめた。

「イツモ通リダヨ?海底ニ居ルシカナイヨー」

「ハリケーンの時の海底は、どんな感じなんだ?」

「ンー」

ル級はちょっと考えた後で、

「洗濯機ノ中カナ。上下前後左右カラ水流ガ来ルシ」

「ひどいな」

「一晩中グルグル回サレルカラ、フジツボトカモ綺麗ニ落チルヨ?」

「・・フジツボが着くのか?」

「主砲ノ内側トカニ、イツノ間ニカ生エテルノヨー」

「深海棲艦も楽じゃないのだな」

「ンー」

ル級はポリポリと頭を掻き、

「裏ヲ返セバ、全部自分デドウニカナル問題ヨー」

「ハリケーンもか?」

「ウン。今日ハシンドイナーッテ思エバ、別ノ海域ニ行ケバ良イ」

「まぁ、そうだな」

「組織内ノドロドロシタ問題ナンテ無イシ、ネ」

「・・艦娘の時、余程辛い事があったようだな」

「マーネ」

「逆に、深海棲艦になって良かった事とかはあったのか?」

「ソーネー、ソウイウ煩ワシサハ無クナッタシ」

「あぁ」

「ドコノ海ニ行クノモ自由ダヨ。海域ヲ全速力デ西ニ進ミ続ケタ事モアルヨ!」

「なぜだ?」

「本当ニ日ガ沈マナイノカ、ヤッテミタカッタ!」

「その為だけに全速力を1日中続けたのか?」

「ウン!何回カニ分ケテ地球ヲ1周シテキタヨ!」

「どうだった?」

「面白カッタケド、ベーリング海ニ迷イ込ンダ時ハ横波デ死ニソウニナッタナー」

「やはり波が高いか?」

「荒レ狂ッテスッゴイヨー。ヨクアンナ所デ、カニトカ取ル気ニナルヨネ」

長門はその意味に引っ掛かった。

「うん?人間が遠洋で漁をしてるのか?」

「ウウン。白星食品ノ子達」

「・・え?」

「何?」

「そ、そんな遠方まで行ってるのか?」

「アラユル海デ白星食品ノ旗ヲ掲ゲタ漁船ヲ見カケタヨ?DMZ張ッテルカラ目立ツシ」

「手広いものだな。だが、お前もそんなに世界中の海域を回って襲われなかったのか?」

「アル程度強サヲ持ッテレバ、ドノ海域ノ深海棲艦モ戦イヲ仕掛ケテコナイヨー」

「まぁル級クラスに戦いを挑むのは我々でも覚悟が要るからな」

「デショ。コッチガ仕掛ケナケレバ、大概ハ「ヤァ」「ジャアネ」デ済ンジャウシ」

「そう、か」

「艦娘ガ来ル日本ノ領海ハ全力デ避ケタシ」

「なるほど」

「艦娘デ居ルト、違ウ海域ニ行クト深海棲艦ガヤタラ撃チマクッテクルジャナイ」

「警戒か、恐れかは解らぬがな」

「ドッチデモサ。デモ、今ノ私ハドコデモ行ケルノヨー」

「ふーむ」

ル級は肩をすくめた。

「マァ、文字通リ放浪者ダカラ気ガ引ケルノハ確カダケドネ」

「どうやってここを知ったのだ?」

「知ッタトイウカ、アノ建物ニ、漁船ト同ジマークガアッタカラ寄ッテミタンダヨ」

「なるほど」

「ソシタラ丁度金曜日デ、カレーガ美味シクテサー」

「で、ここに逗留してるのか」

「ソウ言ウ事。ダカラハリケーン位平気ダヨー。曜日感覚ズレルケド」

長門はふむと言いながら周囲を見渡した。

この辺りは急峻な崖が多いが、面積としては悪くない広さがある。

ル級は何だろうという目で長門を見ている。

「避難所とかあると、便利か?」

「何ノ?」

「ハリケーンが来た時の、避難所だ」

ル級は腕を組んで考えるような仕草をした。

「ソウネ。アレバ便利ダケド、中途半端ニアルト争イニナッテ大変ダヨ?」

「というと?」

「今、コノ海域ニハ1万ヲ超ス子達ガ居ルシ、全員入レル避難所作ルノ大変デショ?」

長門は固まった。

 

 


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