艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(4)

長門が安堵の溜息をついた時、夕張と島風がおずおずと手を挙げた。

「あ、あのー」

「どうした?」

「すいません。私達調理経験無いんです」

提督と長門が目を見開いた。

「ええっ!?毎週カレー作ってたんじゃないの?」

摩耶がガリガリと頭を掻いた。

「ごめん提督。夕張と島風は皿洗いと下ごしらえがメインで、調理はほとんどさせてない」

「なんで?」

「さ、最初はやらせたりもしたんだけどさ、まぁその・・」

言いよどむ摩耶の横で、島風が両手の人差し指をつんつんと合わせながら言った。

「料理・・苦手なんです」

一方の夕張は不思議そうに

「データ取って解析してるんだけど、何故か炭になっちゃうのよ」

提督は溜息を吐いた。

「そのデータの項目に、火加減・・ってのは入ってないのか?」

「いつでも強火ですけど?」

「だろうね」

「だって最高速で温まるじゃないですか!」

「だから炭になるんだよ・・・まぁ解った。ええと、飛龍、蒼龍」

「はい」

「なに?」

「二人は料理作れる?」

高雄が頷いた。

「ええ、お二人は手際も良いですよ」

飛龍が肩をすくめた。

「私達、前の鎮守府では一応料理当番もこなしてたし、蒼龍は私より上手いよ」

蒼龍はちょっと照れながら

「一応、和洋中それなりに。後はクッキーとか簡単なお菓子も出来ます」

提督は長門と頷きあった。

「よし、それなら安心だ。高雄達と一緒に行動してくれ」

「はい!」

「そうすると、夕張と島風は東雲組の事務対応出来るかな?」

「もっちろん!電子カルテ導入しちゃいますよー」

「受付の方がずっと気が楽だよ!」

提督は頷いてから摩耶を見た。

「という状況だが、摩耶」

「あぁん?」

「東雲組に付くか?料理班に行くか?」

夕張と島風がムキになって抗弁した。

「ちょ!私達を疑い過ぎですよ!」

「もうお片付け出来ない島風じゃないよ!週1回ちゃんと掃除してるもん!」

長門がとりなした。

「まぁまぁ、ずっと二人を見てきた摩耶が良いと言えば我々も安心なのだ」

視線を一身に浴び、目を瞑りながら腕組みしていた摩耶は、カッと目を見開くと

「二人の様子を週1回見に行く!」

と言い切った。

提督はふむと頷き、

「大丈夫そうだと思うまで、って事かい?」

「いーや、ずっと」

「そうなの?」

「完全に目を放すと絶対サボるが、定期的に監視すれば前よりはちゃんとやると信じてる!」

この摩耶の発言に夕張と島風はあからさまに嫌そうな表情をしたので

「なるほど、二人の様子を見るとそれで良さそうだが、摩耶の負担がちょっと心配だな」

「大した事ねぇよ」

「高雄、摩耶は二人の監視があるという前提で作業負荷設計を頼む」

「お任せください」

「他は大丈夫かな?龍田はどう思う?」

「大本営の説得は私と文月と提督でやりましょうね」

「だね」

「奇抜な発言はナシですよー?」

「気を付けます」

「じゃ、早い方が良いわねー」

「最初の説明は私、丸め込み工作は二人に任せるで良いかな?」

「それで良いわよー」

「お任せです~」

「よっし、じゃあ通信棟行くか!研究班の皆は明日の仕込み中だろ?戻ってくれ」

「ありがとうございます。では、我々は持ち場に戻ります」

「よろしく頼む」

長門が肩をすくめた。

「私はどうする?」

提督が片目を瞑った。

「通信棟に同行してくれたら嬉しいんだが」

「解った。大淀と一緒に少し離れた所に居よう」

「そうしてくれ」

 

バン!

執務室の中に居た中将と五十鈴は、ドアを蹴破る勢いで駆け込んで来た大和に驚いた。

「ど、どうしたんだ大和?そんなに慌てて」

大和は目を見開いて口をパクパクさせるが上手く言葉にならない。

「ソ、ソロ、ソロロロロ」

五十鈴はグラスに水を入れながら言った。

「とにかく落ち着いて。ほら、水を飲みなさい」

グラスを受け取った大和は一息に飲み干した。

ゴクッ・・ゴクッ・・ゴクッ・・ゴクッ!

「・・ぷはぁ!あ、あああのですね、ソロル鎮守府から」

「うん」

「い、1万体の深海棲艦と遭遇していると通信が!今!提督殿から!」

中将と五十鈴はぽかんと口を開いたまま数秒間固まったが、その後手を取り合うと

「ぇぇぇええぇぇえええええええ!」

大和は溜息を吐いた。

「叫び声まで息ピッタリですね」

 

中将は大慌てで通信室へ走りだした。

五十鈴は追いながら、あちこちぶつかる中将を見て、大和と似たり寄ったりねと溜息を吐いた。

中将は通信室に入るや否やマイクを握りしめた。

「・・・い、1万体というのは本当かね提督!」

スピーカーから提督の冷静な声が返ってきた。

「はい。懇意にしている深海棲艦から連絡を受け、索敵した結果1万から1万2千と解りました」

中将達はごくりと唾を飲み込んだ。中将が恐る恐る続けた。

「ぜ、全員イ級とかでは・・無いんだな?」

「話を聞いたのはflagship級のル級ですし、浮砲台等の大型個体も多く確認しています」

気を失って倒れ込む中将を受け止める五十鈴。

「だ、ダーリン!大丈夫!?しっかり!」

二人を横目に、ようやく最初のショックが過ぎた大和がマイクを握った。

「そ、それで・・敵とは話し合いが出来そうなのですか?それとも・・」

中将達はスピーカーを見つめた。交戦となれば過去のいかなる事案よりも相手が多い・・

「それにつきましては・・ん、あぁ、解った。仔細を龍田と文月からご説明いたします」

「はい、お願いします」

 

提督が龍田の肩を叩くと、龍田は軽く微笑んで頷いた。

龍田は文月と目配せを行い、マイクを握って話し始めた。

提督はそっと席を立ち、長門と大淀の居る所に移動した。

3人は龍田達の通信を聞いていた。

口調こそ静かだが、脅し、なだめ、煙に巻き、沈黙し、時に鋭い正論を入れる。

30分ほど過ぎた後、ようやく示された給糧班の大増員に中将達は案の定難色を示した。

しかし、それまでに過去の鬼姫事案をあれこれ例として聞かせていたので、

 

「全面戦争になれば深海棲艦達は2倍3倍と仲間を呼びますよ~?」

「我々が消滅し、そのまま本土防衛となった場合は大丈夫ですか~?」

 

という龍田、文月それぞれの呟きは大本営側にクリティカルヒットを与えたのである。

 

通常の戦闘でも、深海棲艦が開戦直前に仲間を呼ぶのはザラにある。

また、先日起きた鬼姫事案では、最後の最後で本土への進攻を許してしまった。

その時、少数の手勢しか居ない中で大苦戦を強いられた大和は青ざめた顔を中将に向けながら、

「む、無理です中将。4万5万の深海棲艦を相手に太刀打ち出来る軍事力はありません・・・」

と、涙ながらに訴えた。

 

中将は目を瞑って考えた。

給糧による粘り強い懐柔工作を併用した超長期防衛作戦。

如何にも提督らしい奇抜極まりない作戦である。

だが、失敗すれば日本全土が焦土と化すような大軍勢が相手なのに、余りにも心細すぎる。

まるで隕石をジョウロの水で砕くと言ってるようなものだ。

本当に怒り狂った深海棲艦達をそんな事で懐柔出来るのか?

だが、中将は反論する為の代替策が全く思いつかなかった。

数があまりにも膨大過ぎるからだ。

中将は理解した。

 

他に道は無い、と。

 


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