艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(8)

 

しばらく無言でグラスを傾けていた二人だが、ふいに長門が言った。

「もし、毎日の食事が刺身か塩焼きしか無かったら・・」

「深海棲艦の食事か」

「あぁ」

「刺身といっても醤油も無いし、わさびも無い」

「うむ」

「味気ないというか、塩味に飽きるだろうね」

「提督」

「うん?」

「班当番にはどんな物を作らせるのだ?」

「カレーには拘らないし、自主性に任せようかと思う」

「大丈夫か?」

「メニューに困ったらカレーで良いし」

「うむ」

「調理が苦手なら準備や皿洗い、片付けといった他の役もあるさ」

「うむ」

「ただ、作れるなら野菜の煮物とか丼物でも良いと思うから、限定はしないって事」

「ふむ、そうか」

「要するに、きちんと調味した物なら楽しみになると思うんだ」

「場所は今まで通り、岩礁でやるのか?」

「いや、ソロル本島の裏手にしようかと思う」

長門は今朝、ル級と話した場所を思い出した。

「小浜の辺りか?」

「そうだね。崖を削って浜を拡張し、浜までは鎮守府からトンネルを通す」

「それは良いアイデアだな。あの辺りは道が険しいからな」

「店舗のほか、テーブルや椅子も用意して、食べる場所は多めに用意しよう」

「ハリケーンの時にしまっておける場所も必要だな」

「高雄達のデザート店を1日中にするか、時間限定にするかは高雄達に任せるか」

「昼時は班だけの方が混雑はしなさそうだな」

「そうだね。デザートはほぼ行き渡る筈だし」

そこで長門と提督は同時にジト目になった。

「・・・提督」

「なんだい長門さん」

「今、凄く嫌な未来を想像したんだが」

「私もだが、長門から言ってみなさい」

「その、まさかとは思うが、またシュークリームが食べられる浜という噂が流れて・・」

「さらに他の海域から深海棲艦が押し寄せてくるって展開だろ。私も今それを思った」

「どうする?」

「ただ、ル級さんが噂を広めるとは思えないんだよね」

「これ以上大勢で抽選というのも無理があるだろうからな」

「念の為・・トンネルの中継地として勧誘船の船着き場で一旦地上に出すかね」

「何故だ?」

「東雲組の受付があるじゃないか」

「そうか。艦娘に戻りたければトンネルにご案内、か」

「トンネル入り口に勧誘文句を掲げておいても良いしね」

「それで対策になるだろうか・・・」

「あとはデザートを日向の工場で配布するか、だ」

「少し露骨過ぎないか?それにここからどうやって運ぶんだ?」

「運ぶのは往復船をもう1便回せば良いと思うが、まぁ確かに露骨だね」

「うーん、まぁ、とりあえずは今の提督案で始めようか」

「限りなく嫌な予感が当たりそうな気はするけどね」

「艦娘化希望者が大勢来たら日向にも相談するか?」

「頼もしいけど、あっちもあっちで北方棲姫の厚意に頼ってるからなあ」

「通信で報告を聞いているが、楽しそうにやっているぞ」

「まぁそうなんだけどね」

「仕事と捉えているのだから、長く続けられるのは悪い事ではない」

「・・そうか」

長門は最後の一口を名残惜しそうに飲むと、立ち上がった。

「では、そろそろ夜の見回りをしてから寝る。御馳走様、提督。また明日」

提督は長門の手をきゅっと握った。

「今日もありがとう、長門。足元に気を付けてな」

二人は一瞬見つめ合った後、長門は目を瞑って頷いた。

「あぁ」

 

翌朝。

 

「・・相談?」

「なに、時間はさほど取らせない。1時間もかからないさ」

「フーン」

今朝は正真正銘の金曜日であり、ル級はいつも通り小浜で体操していた。

ゆえに長門から声を掛け、カレー曜日の手伝いの後、相談をしたいと言ったのである。

ル級は首を傾げた後、

「マ、長門ナラ良イカ。何時?」

「1450時に、待ち合わせはとりあえずここで良いか?」

「ウン、大丈夫」

「では、よろしく頼むぞ」

「ハーイ。ジャーネー」

ル級と別れつつ、長門は腕を組んだ。

どれくらい甘味を喜ぶかが解らなかったので、一応内容は内緒にしておいた。

今から喜び過ぎて周囲に気付かれた場合、何となく嫌な予感がしたからである。

慎重に、慎重に。

折角昨日の朝は運良く助かったのだから、出来れば良い形に持って行きたい。

 

コン、コン。

「はい・・やぁ長門、おはよう」

「おはよう提督。比叡には昨夜説明しておいたぞ」

だが、提督はくすくす笑っていた。

「うん?なんだ?」

「それがさ、比叡さん、今朝朝食持ってきかけたんだよ」

「なっ!?」

「それで私の顔を見た途端思い出したらしくてな」

「あー・・」

「ヒエーって叫びながら出て行ったよ」

長門は額に手をやった。状況が容易に想像出来る。

「後で榛名が失礼な事しませんでしたかって謝りに来たし、朝から面白かったよ」

長門はくすっと笑った。

「そうか」

長門は朝食を並べながら思った。

他の鎮守府であれば当番作業の間違いとされ、反省文や懲戒処分となってもおかしくない。

だが提督は以前、同じ事を秘書艦になりたての自分がやった時、

 

「気を付けても、人はいつかどこかでミスをする。こんな事で済めば上々だよ」

 

と、笑っていた。

てっきり厳しく叱られると思っていたので拍子抜けしてしまった事を思い出す。

ただ、提督は続けて

 

「この間違いを他の人もしない様にするには、どうしたら良いかな?」

 

と、経緯を話しながら原因を引きだし、秘書艦当番表を作る事にしたのである。

長門は眉をひそめた。

しまった。比叡には直接口頭で伝えたが、当番表は書き直していない。

だから寝ぼけた比叡は当番表を見て間違えたのではないか?

そう思った時、ドアがノックされた。

 

コンコンコン。

「入れ」

長門の答えに一瞬の沈黙があった後、金剛に続いて比叡が入ってきた。

「・・長門、提督。さっきはソーリーね」

「間違えてしまいました。ごめんなさい」

提督は箸を持ちながら

「ご飯食べて良い?」

「あ、はい。大丈夫です」

「では、頂きます・・っと」

長門は提督に醤油さしを渡しながら言った。

「わざわざ謝りに出直してきたのか?」

比叡が俯き加減に答えた。

「は、はい。榛名が叫びながら説明もせず出て行くなんて失礼にも程があります、と」

金剛が肩をすくめた。

「般若背負って殺気立ってて傍目にも怖かったデース」

提督は苦笑した。

榛名は普段はにこにこして優しいが、怒ると球磨多摩並に怖い。

特に姉妹の振る舞いには厳しく、本気で怒ると笑いながら殺気立つと霧島から聞いた。

比叡は良く見ると目が赤い。さぞ叱られたのだろう。

長門が申し訳なさそうに言った。

「比叡、私が当番表を直してなかったから見間違えたのではないか?すまなかったな」

比叡が両手をぶんぶんと振る。

「ちっ違います!長門さんのせいじゃないんです」

金剛が比叡の肩に手を置く。

「ここまで来たら全部打ち明けまショー」

「・・そうですね、お姉様」

提督はほうれん草のお浸しをつまみながら言った。

「まぁ、言ってごらんよ」

 

 


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