艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(13)

 

長門は提督が指差したノートを慌てて腕で隠したが、時既に遅しであった。

満面の笑みを浮かべた提督は

「なぁーんだ、長門さぁーん」

「なっ!なんだ!何を急に嬉しそうにしている!」

「ツンデレ属性があるとは知らなかったよー」

「ばっ!馬鹿者!誰がツンデレだ!」

「んもー、紙を突き返してきたからガッカリしてたのにー、このこのー」

「肘でつつくな!」

「よーし今日は大ヒントあげちゃおう、「タテヨコタテヨコ」だよ」

「さっぱり解らん」

「後は頑張って。で、待ち合わせまで後何分位あるの?」

ハッとして長門は時計を見た。

ル級との約束は1450時に小浜、ここを1430時に出ねばならない。

時刻は1425時。良かった。まだ遅刻じゃない。

「まったく、提督がロクでもない事ばかりするから慌てるんじゃないか」

「仕事中に過去を思い出す事まで責任を取れと言われてもなあ」

「うっ」

「ま、良いさ。で、何時に出るの?」

「1430時だ」

「じゃあそろそろだね。あぁ、文月の方は完了、潮は予定通りだそうだよ」

「何故知ってるんだ?」

「トイレのついでに見て来たから」

長門は溜息を吐いた後、キッと向いて言った。

「どうして徒歩10分もかかる会議室がすぐそこのトイレのついでになるんだ!」

「だってほら、私が長い事居なければ付箋紙持って帰るかなーって」

「策士か!トイレ自体嘘か!」

「いやいやそんなことないですよー」

「棒読みじゃないか!」

「でもそんな心配は杞憂だったんだねー」

「にっ、ニコニコするな!」

「ま、それはお土産にすると良いよ」

「もういい、行ってくる。あの道は急げないからな」

「険しい岩場だからねぇ。でも、日中なんだし海路を行ったらどうだい?」

「!」

長門は提督の言葉にハッとした。

そうだ。

小浜は陸路で行けば急峻な崖だが、会議室から海路で回り込めばすぐじゃないか。

艦娘の自分が陸路にこだわり、提督が海路を指示するって一体。

あぁ、勉強し過ぎて提督の奇人ぶりが移ってしまったのだろうか・・・

「な、長門さん?どうした?」

長門は額に手を当てながら立ち上がった。

「何でもない。行ってくる」

 

「オーイ、長門ー!」

小浜に続く海の上で、長門は自分に手を振ってくるル級を見つけた。

「待たせたか?」

「ウウン、丁度岩礁カラ来タトコダヨ」

「そうか。では早速だが場所を変えたいのだ」

「アマリ遠イノハ困ルンダケド・・1時間ッテ言ッテタヨネ?」

「案ずるな。すぐ裏の会議室だ」

長門はル級を先導する形で海路を戻った。

本当に海路は簡単だ。いささか不本意だが、提督に一言礼を言わねばならないな。

 

「提督、連れて来たぞ」

「やぁやぁ、貴方がル級さんですか。いつもうちの摩耶達がお世話になりまして」

「イヤイヤ、コチラコソ美味シイカレーヲ御馳走シテ頂キマシテドウモドウモ」

会議室のドアを閉めつつ、長門はくすっと笑った。

鎮守府の裏手、ほど近い場所にある岩礁。

そこで深海棲艦にカレーを振舞う鎮守府も鎮守府だが、手伝う深海棲艦も深海棲艦だ。

更にこうして、鎮守府側と深海棲艦側の代表が会議室で頭を下げつつ握手を交わしている。

きっと他の鎮守府の連中が見たら腰を抜かすのだろうな。

私達は慣れてしまったが。

「それでですねル級さん。ちょっと相談なのですが」

「ハイ、ナンデショウ?」

「食べたい料理はカレーだけですか?」

ピクリ。

ル級の動きが止まり、そっと上目遣いに提督を見返した。

「・・・ト、言イマスト?」

「実はですね、長門から皆さんが1年近く順番待ちしてると聞きまして」

「アー、50枚引キ換エノ件デスネ」

「はい。それじゃあんまりだという事で、当番制で毎日御提供しようかと思うんです」

「エ?」

「場所は岩礁から、先程長門と待ち合わせて頂いた浜辺に変えますけども」

ル級が手を振った。

「チョ、チョット待ッテクダサイ」

「はい?」

「・・・毎日?」

「YES」

「ワ、私ガ言ウノモナンデスガ・・食料足リルンデスカ?」

「あぁ、誤解があるといけませんね。一応今と同じ500食程度と考えてます」

「ソレニシタッテ多イデスヨ?」

「その辺はそこにいる文月が大本営を丸め込んだのでご心配なく」

ル級が思わず文月の方を見た。

文月はてへへと頬を染めて頭を掻いていた。

「エエト・・凄イデスネ」

「それほどでもー」

「で、メニューなんですけどね」

提督の言葉にル級がギュンと勢いよく向き直った。

「アッ、アアアアアアノ」

「何かご希望が?」

ル級は真っ赤になりながら

「オ、オムライスヲ・・オ願イシマス」

と、言ったのである。

提督は興味深そうに膝を乗り出した。

「オムライスに何か思い出が?」

ル級は昔を思い出すような目で答えた。

「ズット昔、私ガ艦娘ダッタ頃、司令官サンガ1度ダケ、デートシテクレタンデス」

「ほほう」

「喫茶店デ昼御飯ヲ食ベヨウト言ッテクレテ、私ハオムライストシュークリームヲ食ベテ」

「ほうほう」

「司令官サンハサンドイッチトプリンヲ召シ上ガッタンデス」

「なるほど。楽しい思い出の味なんですね」

ル級が寂しそうに頷いた。

「エエ。タッタ1回ダケノ、大切ナ思イ出デス」

提督は頷いた。

「解りました。当番の中でオムライスが必ず出るようにしましょう」

「ア、アリガトウ」

「抽選とか準備とか、良ければ引き続き手伝って頂きたいのですが」

「モチロンデス!頑張リマス!」

インカムを聞いて頷いた長門が口を開いた。

「ル級、実は我々からもう1つ相談があるのだ」

「エ?ナニ?」

ル級が長門の方を向いた時、会議室のドアがノックされた。

長門は外を確認してからドアを開けた。

外には包みを両手で抱えた潮が立っていた。

「お持ちしました」

「ありがとう、さぁ入ってくれ」

パタン。

潮が部屋の中に入るにつれ、ル級はクンクンと鼻を鳴らした。

そして長門の方を驚きの目で向いた。

「ナ、長門・・マサカ・・」

潮がニコニコしながら提督の傍の机に包みを置いたのを見つつ、長門は静かに言った。

「当番制に切り替えた後、摩耶達には甘味処をやってもらう予定なのだ」

「カ、甘味処・・」

提督がふわりと包みを開けると、シュークリームが10個収まっていた。

ル級は目を見開いた。見た事無いくらいキラキラした目で。

「!!!」

長門は続けた。

「専用の生産工場を作る予定なのだが、シュークリームは2種類の作り方があるんだ」

その言葉を聞いて不思議そうに見返すル級。

「1つは、皮がパリパリしていて、もう1つはしっとりしている」

「・・・」

「これから皆で試食するんだが、ル級がどちらが良いか意見を聞きたくて、な」

ル級はじっと目を瞑った。

その間に潮は皆に2個ずつ配り終えた。

さらにしばらくして、ル級がようやく目を開けた。

そして目の前に並ぶ2個のシュークリームをじっと見つめた。

瞼にはこぼれんばかりの涙が浮かんでいた。

皆は優しい目でル級の反応を待っていた。

 

 


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