艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(17)

長門の質問に、陸奥は暗号文を指差しながら答えた。

「上の行に「あ」が2回出て来るじゃない」

「そうだな」

「でも、その時の下の行は「う」と「さ」でしょ」

「あぁ」

「単純に引き算なのかなーって思ったんだけど、違うみたいね」

長門は陸奥を見た。

「引き算?」

「ほら、これが文字じゃなくて数字なら、小学校の算数みたいじゃない」

そう言いながら、陸奥はメモの余白にペンを走らせた。

 

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「ほら、こんな」

「懐かしいな」

「でも、違うみたい。解んないわね」

「提督の暗号だからな」

「これ、ちゃんと答えあるんでしょうね?」

長門が頷いた。

「毎回、必ずある」

陸奥がヤレヤレと肩をすくめた。

「あんまり夜更かししちゃダメよ姉さん。じゃ、おやすみ」

「あぁ、お休み」

すぐに寝息を立て始めた陸奥をチラリと見た長門は、またノートに目を戻した。

引き算、か。

片目を瞑っても斜めに見ても何か見える訳でもないのだが、長門はしばらくそうしていた。

やがて諦めたように肩をすくめると、長門もベッドに入った。

 

長門は夢を見ていた。

深海棲艦の群れを倒し、残るはレ級1体。

敵が撃ってきた弾が1発、至近距離に着弾する。

「ふっ、効かぬわ!」

こちらから反撃しようとしたその時、足をつんつんと突かれた。

「誰だ!戦闘中だぞ・・うん?」

長門が目を向けると、そこには羅針盤娘が立っていた。

「?」

怪訝な顔をする長門に向かって、羅針盤娘がカタカナの五十音表を見せた。

「・・何だ?」

「問題!コノ暗号ヲ解ケ!」

「はぁ?!」

「でないと強制的に敗北Dになります」

「ちょっ!」

「制限時間は5分です。さぁ始めてください!」

「ま、まて。暗号文はどこだ?!」

その時、レ級がニヤリと笑って赤い付箋紙を手に持った。

「コレカラ問題ヲ15問連続デ出シマス」

「止めろ!5分で15問なんて無茶苦茶ではないか!」

「問答無用!第1問!」

「うわああああああっ!」

 

がばっ!

 

「ゆ・・夢、か」

ベッドで飛び起きた長門は、一瞬周囲を見回した。

近くに居るのはすやすや寝ている陸奥だけだ。

長門は呼吸を整えつつ額に手をやり、ふっと笑った。

あれが気になって仕方ないんだな。

深海棲艦はともかく、羅針盤娘までもが五十音表を持ってくるなんてありえない。

どうかしてる。

 

・・・・。

 

長門は何かが引っかかった。

 

 五十音表?

 

陸奥を起こさないように忍び足で机に向かい、デスクスタンドをつける。

メモ用紙にひらがなで五十音表を書くと、ざっと眺めた。

 

 あいうえお

 かきくけこ

 さしすせそ

 たちつてと

 なにぬねの

 はひふへほ

 まみむめも

 やゆよ

 らりるれろ

 わをん

 

 

そういえば提督の部屋にはいつも五十音表とアルファベット表が掲げられている。

以前理由を訪ねたら、

「発想の転換をする時、私には必要なんだよ」

と笑っていたな。

表を書き終えた長門は、暗号を書いたノートを取り出した。

 

  たおそ、あすめわらあてを。んりさせり つりてう

 =(1行分の空白)

  はきの、うぬやかるさなく。いしすねれ としなす

   ゛       ゛

  (↑この点はゴミか?)

 

そこでふと、長門は真ん中の「=」に目が留まった。

大抵、イコールは暗号文の右端に書いてあり、そこに正解を書くようになっていた。

ということは、ここに書けというのか?

 

「・・はきの・・うぬやかるさなく・・いしすねれ・・としなす」

長門は何となく呟いていた。

・・うん?

そういえば提督は何か言っていなかったか?

 

  「よーし今日は大ヒントあげちゃおう、「タテヨコタテヨコ」だよ」

 

思い出せたが、何の事だかさっぱり解らない。

まったく、タテだのヨコだのクロスワードじゃあるまいし。

 

「としなす・・たてよこ・・」

 

ふと、伊58の言葉がよぎる。

 

 「提督の暗号は、ルールが日本語特有で、しかも強度が異様に高いんでち」

 「提督の性格まで理解してないと解けない暗号なんて滅茶苦茶でち」

 

「としなす・・ていとく・・」

 

 「英文で一番多く使われる文字はeでち。だから原文とeを推定しながらルールを探すんでち」

 

「タテヨコ、タテヨコ・・」

 

うん?

ふと、五十音表に指を走らせた長門はしばらく追っていたが、

「あっ・・ああっ!」

そう言いながらしばらくペンを走らせていたが、

「・・あ、あれ?」

と言った後、ペンが止まってしまった。

「うーん・・」

どうしても1文字、ルールに合わない物がある。

そんな筈は無い。

しばらく長門は見ていたが、その時、腕時計のアラームが鳴った。

 

「なに!?巡回の時間だと!?」

 

ハッとして窓を見ると、とっくの昔に日が登っていた。

いつもであれば巡回後に起こすのだが、出遅れたから今日は時間がないかもしれない。

長門は陸奥を揺さぶった。

「陸奥!陸奥!起きろ!朝だぞ!」

「えー」

「今日は時間が無い。頼む。起きてくれ!」

「んむー」

ごしごしと目を擦りながら起き上った陸奥は

「おはよう姉さん・・うわっ!」

「なんだ?」

「目の下黒いわよ?あ!徹夜したの!?」

「い、いや、完徹では、ない」

「でも相当起きてたのね・・そんなに気になるの?」

「そうだな。では巡回に行ってくる。間に合わないようなら陸奥一人で朝食へ行け」

陸奥はにこりと笑った。

「そんな事しないわよ。じゃあ支度してるわね・・って姉さん!」

「なんだ?」

「それ、寝間着よ?そのまま巡回するの?」

「!!!」

陸奥は思った。姉さんが真っ赤になって着替える姿はちょっと可愛い。

 

サク、サク、サク。

 

「ふぅ」

遅れた時間の分だけ、長門は早足で回っていた。

時折さぁっと爽やかな風が頬を撫でる。

工廠から裏手に回ろうとした時、後ろの方から声がかかった。

「おはようございます、長門さん」

「不知火か。今日も早いな」

「日課ですので。長門さんはいつもより少し遅めですか?」

「あぁ、少し出るのに手間取ってしまってな」

「そうでしたか。では余り御引止めしてはいけませんね」

「ありがとう。では、またな」

「はい」

 

長門は小浜に差し掛かった。

巡視の意味もあるので海路は取らず、陸路を歩いていた。

ここも、トンネルが出来れば歩きやすくなるな。

そう思いつつ浜を見ると、何となく違和感を覚えた。

「うん?」

浜辺に降りて考える。

まだ工廠長の工事が始まった訳ではないから、トンネルや店は無い。

だが・・

「この浜・・こんなに何も無かったか?」

周囲の崖はともかくとして、砂浜には小石一つ落ちていない。

綺麗な砂浜である。

「いや、確かあの辺に岩があったし、波打ち際には・・」

そう。

枯れて打ち上げられた海藻、流木、貝殻。

沖合には尖った岩も顔を覗かせていた筈。

長門はジト目になった。思い当たる事は1つしかない。

「ル級が・・もう片付けたのか?」

確かに、これだけ余計な物が無ければ工事に着手しやすいだろう。

「それほどまでに・・楽しみにしているのだな」

長門は1つ大きく頷くと、踵を返した。

提督の耳に入れておかねばならない。

 

 


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