提督は頷いた。
「なるほど、赤城が嗅ぎ付けるのも無理はないな」
調理場の中ではソースの焦げる良い香りがふわんと漂っていた。
「あっ!テートク発見デース!」
金剛がぶんぶんと手を振ったので、提督は金剛の方に歩いていった。
「調理練習は上手く行ってるようだね」
「YES!今日はティーチャー黒潮の指導でお好み焼きを作ってるんデース!」
「ソースの匂いが良いね」
「ほら提督、あっちを見てくだサーイ!」
金剛が指差す先で、黒潮が傍で見守る中、比叡が鉄板を挟んでこちらを向いている。
正確には、鉄板の上で焼ける複数のお好み焼きをそれぞれ監視している。
提督はそっと金剛に尋ねた。
「ひ・・比叡さん、上手く作れるのかな?」
金剛はきょとんとした顔で答えた。
「比叡が作るの苦手なのはカレーとグラタンだけですヨー?」
「ええっ!そうなの!?」
「フィッシュ&チップスとか、チャーハンとか、美味しいデース!」
傍に寄って来た榛名も頷いた。
「比叡姉様は、特に小麦粉を焦がさずルゥにするのがどうしても苦手なんだそうです」
「だからお好み焼きとかはノープロブレムデース!」
「じゃあお手並み拝見しようかね」
じゅうじゅうと焼けるお好み焼き6枚。
カッと目を見開いた比叡は両手に大きなヘラを持つと、
「気合い!入れて!行きます!」
と言った後、ひょいひょいひょいと綺麗に6つともひっくり返した。
これには傍で見ていた黒潮も
「比叡さん上手いわぁ、隅っこの方も器用にやったなぁ」
と手放しで褒めていた。
「やるねぇ、比叡さん」
提督が感心していると、金剛が肩をすくめた。
「本当は私が頑張らないとNOなんだけど、上手く行かないんデース」
「どうなっちゃうの?」
「お好み焼きが逃げるんデース」
補足を求める視線を榛名に投げると、榛名は
「タイミングが早かったのか、持ち上げたら真ん中で崩れちゃって・・」
提督は金剛に何事かを囁いた。
「えっ?!そ、そうですネー、そうだったかも・・ええっ!?ほんとデスかー?」
榛名はそそっと提督の脇に立った。
「それで行けると思うよ・・うん?どうしたの榛名さん?」
「あ、あのっ、ヘラの持ち方を教えて欲しくて」
「あぁ、大きいヘラは持ち方を変えると良いんだよ。こうやってね・・・」
あぁ、提督と手が触れ合ってます。榛名、感激です・・・
榛名はぽわんとした表情を浮かべていた。
「じゃ、もう1回チャレンジしてきマース!」
鼻息荒く金剛が向かうのと入れ替わるように、比叡がこちらに歩いて来た。
「黒潮さんに合格と言ってもらえましたぁ・・あれっ!提督!?」
「ひっくり返すの上手かったねえ。見てたよ~」
「見ててくれたの?なら、頑張った甲斐がありました!」
「黒潮のお墨付きなら間違いないね」
「あ、提督、御一つ如何ですか?」
「折角だから頂こうかな」
紙皿に乗ったお好み焼きを受け取ると、提督は箸を入れた。
ふんわり箸が通る柔らかさで、表面の焦げも無く絶妙なきつね色だ。
ソースとマヨネーズが格子状にかけられている上に、青のりとかつぶし。
オーソドックスな関西風お好み焼きである。
「具材は何入れたの?」
「基本材料以外は豚肉だけです。豚玉ですね」
切り分けた一片を口に入れた提督は、ほうと言いながら食べ進めた。
「うん、火もちゃんと通ってるけどふんわりしてて美味しい。肉は下味付きかな?」
「あ、はい。塩コショウしてあります」
「チーズとか餅入れると美味しいんだよね」
「なるほど、今後チーズ入れてみよう」
「焦げやすいから小さなサイコロ状に切って、タネを置いてから埋め込むと良いよ」
「そうですね。次やってみます・・とはいえ調理当番外れてますけど」
「秘書艦だからね・・でもオフの時に金剛達の当番が重なったら手伝えば良いじゃない」
「良いんですか?」
「苦手なメニューを無理して作る事は無いけど、美味しく作れるなら良いじゃない」
「やったあ!」
比叡が嬉しそうに笑ったその時。
「YES!YES!テートクー!ヤッタヨー!」
皆が振り返ると、金剛が綺麗に焼けたお好み焼きの入った皿を手に満面の笑みを浮かべていた。
「テートクの言う通り、勢いをつけて刺しこんだら上手く行ったデース!」
「良かったじゃないか」
「皆で味見してもらっても良いですカー?」
「よしよし、一切れ頂こう」
「お姉様の作ったお好み焼き、嬉しいです!」
提督は比叡が作ったお好み焼きの残りを見て言った。
「この4つはどうするの?」
「ええっと、今、霧島も作ってるので、お姉様達と食べる分として2枚あれば良いんですが・・」
「じゃあ2枚余るんだね?ちょっと包んでくれないかな。持って帰りたいんだ」
「えっ?そんなに気に入ってもらえたんですか?ありがとうございます!どうぞ!」
「ん。ありがとう。あ、そうだ比叡」
「なんですか?」
「明日明後日と秘書艦当番でしょ」
「はい」
「明日、私は長門と外出するから、食事は皆と食べなさい」
「出発とお戻りはいつ頃ですか?」
「ええとね、定期船で大本営に行って帰ってくるつもり」
「なるほど。じゃあ日暮れ前には御帰りですね」
「そう言う事だ。明後日は通常通り。いいかな?」
「解りました!」
榛名が苦笑した。
「無人の提督室に朝ご飯を持って行ってはいけませんよ、比叡姉様?」
「だっ、大丈夫・・です」
「一瞬の沈黙が怖いなぁ・・榛名、頼むよ」
「はい、お任せください」
「じゃあ冷めないうちに失礼するよ」
「テートク!またネー!」
こうして提督は2枚のお好み焼きを持って帰り、
「お、ちゃんと書類仕事済ませたね、感心感心」
と言いながら、赤城にその2枚を手渡したのである。
もちろん赤城は
「おやつ、ありがとうございます!」
といってあっという間に平らげたのは言うまでもないが、その作者が比叡だと聞いて
「料理全般ダメなわけじゃないんですね~」
「やっぱりそう言う感想だよね?」
「ええ。てっきり全滅だと思ってました」
「私もさっき1枚食べたんだけど、美味しかったから意外に思ったよ」
「本当に、普通に美味しく頂けましたね」
このやり取りを聞いた衣笠と青葉は絶句した後、顔を見合わせると、
「祝!比叡さんお好み焼きに成功!」
という号外がすぐに出された。
号外を受け取った艦娘達は
「ええっ!比叡さんが!?」
「まぁこの鎮守府なら何でもあり得るよね~」
「爆弾低気圧でも来ないと良いのですが」
口々にそう言い、当の比叡は、
「やっぱりそういう風に見られてたんですね・・調理役が回ってこない筈です」
と、苦笑していたそうである。