艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(23)

 

火曜日の朝を迎えた。

今日は長門がようやく迎えるオフの日であり、提督が長門を外出に誘っていた。

 

「じゃあ行こうか」

「う、うむ。あ、あの、提督」

「何?」

「へ、変じゃないか?この恰好」

「良く似合ってると思うよ」

戦艦寮まで迎えに来た提督の前に、笑顔の陸奥に押し出された長門。

いつもの凛々しい姿とは裏腹とも言える格好だったので、提督はびっくりしたのである。

白くつばの広い帽子に、膝下まである半袖の真っ白なワンピース。

ローヒールもハンドバッグも白い。

白一色の中で唯一、胸元でキラリと光るのは陸奥が作ったサファイアのブローチである。

「コーディネートは陸奥かい?」

「そ、そうだ。ほ、本当に似合ってるか?変だったら変だと言ってくれ」

「似合ってるよ?」

「本当に本当に本当か?」

「着慣れないんだろうけど、長門のスラッとしたスタイルに良く似合ってるよ」

「・・・」

真っ赤になって俯く長門に、提督は手を差し伸べた。

「ほら、行こうよ」

長門は黙って手を差し出した。

「サンドイッチを作ってもらったから、船の中で朝ご飯にしよう」

そう。

今日は長門も提督も、定期船に乗るお客さんである。

市街地を歩く際、長門の艤装は大きいので邪魔であり、今日は全て置いていく事にした。

ゆえに、定期船に乗って大本営に行き、その近辺の市街地で遊ぶ予定なのである。

 

「よろしくお願いします」

「行ってらっしゃいませ」

定期船で大本営の港に着いた二人は、正門でライセンスカードを出しながら外に出た。

ここからは完全に普通の町である。

キョロキョロとする長門と並んで歩きながら、提督は思った。

そうか。そういえば二人でゆっくり外出って、これが初めてだったね。

今までは私が脱走して追いかけさせる形だったから、殺伐としていたなあ。

「良い天気で良かったな、長門」

「そうだな、向こうとはまた、違った空だ」

街中では誰が話を聞いているか解らない。

だから鎮守府の名前とかは極力伏せておくようにと、大本営から通達が出ている。

街中を通って大本営に勤務する者は大変だろうなと思うのだが。

「今日は映画に行こうかと思うんだけど、他が良ければ合わせるよ?」

「いや、映画で良いぞ」

「じゃあ映画を見て、ご飯を食べて帰りますか」

「・・・」

長門が黙って提督の手をそっと握った。

「うん?」

「い、いや、で、でで、デートなら、手をつなぐものなのだろう?」

提督はにこっと笑った。多分陸奥から吹き込まれたのだろう。

「そうだよ。じゃあ行こう。映画館はこっちだ」

 

「うっ・・ぐすっ・・・うううぅぅう」

「ほらほら、ハンカチ貸してあげるから涙拭きなさいって」

「す、すまない提督・・・うぅぅうぅうう」

ここは映画館に程近い喫茶店。

提督と長門が選んだ映画は戦争の時代を舞台にしたベッタベタのラブロマンス物。

さらに、ヒロインが越境直前、流れ弾に当たって息を引き取ってしまったのである。

エンドロールが終わっても長門は号泣しており、提督は長門の背中をさすっていたのだが、

「あ、あの、入れ替え制ですので・・すみませんが・・」

係員がそっと伝えて来たので、提督は場所を移したのである。

「ウィンナコーヒー2つ、お持ちしました」

「色々ありがとうね」

「いえ、大丈夫です」

提督がウェイトレスに頭を下げたのは、入店時に

「すまないが、あまり目立たない場所を用意してくれるかな」

と頼み、店の奥の方の、表通りから見えない席を案内してもらったのである。

「あ、あんまりだ・・あれではフローレンスが可哀想ではないか・・」

「そうだねえ。あとほんの僅かだったね」

「あの時、あのタンポポに気を取られなければ・・うぇぇぇえええん」

「よしよし、また思い出しちゃったんだね」

こうして2時間ほど、提督はぽんぽんと長門の頭を撫で続けていたのである。

 

泣いたらお腹がすく。これは古今共通の摂理である。

 

ようやく泣き止んだ長門と冷めたコーヒーを飲み、喫茶店を出た後、目に留まったのが

「ちゃんこ鍋」

の看板であった。

「そういえば、向こうでは出ないメニューだな」

「結構おいしいよ。食べてみるかい?」

「うむ。興味があるし・・お腹が空いた」

「あはははっ。よしよし、ここで御昼にしよう」

座敷に通された提督と長門は、ひょいひょひょいと平らげてしまった。

こういう外出ではあまり食べないようにする長門であるが、

「あ、あの、提督」

「・・うん、もうちょっとというか、もう1杯行けるね」

「うむ」

ということで、2種類目の鍋を追加注文。

「はっ、ハーフサイズもございますが・・・」

と、店員は言ったが、提督は手を振って

「すまん。私が良く食べるんでね。普通サイズで良いよ」

そう返した。

店員が2つ目の鍋を持って来たあと、長門はそっと言った。

「て、提督、ありがとう」

「なにが?」

「ほんとは私がほとんど食べてしまうのに・・」

「見栄を張りたいお年頃、でしょ?」

「・・そう言う事だ」

「気にしなさんな。ほら、そろそろつみれが煮えて来たよ」

「おおっ!」

「んじゃ、再び」

「いただきます!」

 

ちゃんこ屋を後にした提督と長門は、再び並んで歩きだした。

日は少しずつ西の方に傾き始めていた。

「いやー、良く食べたねえ」

「うむ。だが、あの出汁は素晴らしいな」

「しっかり味があるのにあっさりしててしつこくないね」

「鳳翔なら食べた味を再現出来るのかもしれないが・・」

「うちらは無理だよね」

「そうだな。提督、少し腹ごなしをしないか?」

「良いよ、どの辺りを歩きたい?」

「海辺の辺りを・・良いか?」

「良いとも」

 

海に隣接した公園を並んで歩く、提督と長門。

ベンチが幾つか並んでいたので、その1つに腰かけた。

「向こうとは、空気が違うな」

「そうだな。向こうは湿度は一緒位だが、もう少し暑いな」

「こっちは秋だからなあ」

「秋、か」

「私は好きな季節だよ」

「ふうん。そうか」

提督は海の方を見ながら言った。

「長門」

「なんだ?」

「今日は誘いに応じてくれて、ありがとうな」

「うん?今日は元々私の骨休めではないか」

「そうだけどさ。これでも結構勇気を出して誘ったんだよ?」

「なぜだ?」

「初めて、脱走じゃない二人きりの外出だからね」

「・・・」

「最後の脱走の時、長門は誘ったら来てくれると言ったけどさ」

「あぁ」

「いざ誘われたら嫌だなあとか思ったらどうしようってね」

「・・ふふっ」

「なっ、なんだよ。笑うなよ」

「おかしな事を言うと思ってな」

「なんで?」

「私達は既に仮とは言え結婚したのだぞ?」

「うん」

「私は・・・」

長門は言いかけて、続きを考えて顔が真っ赤になった。

「な、長門?」

「わ、わた、私は、その・・」

つられて提督も真っ赤になっていく。

「あ、ああ」

「その・・提督の事を・・丸ごと受け入れると決めたし、その・・」

「うん」

「・・・だ、大好き・・・・だ」

二人の間、ベンチの上で繋がれた、提督と長門の手。

提督も、長門も、なんとなくその手を見つめていた。

その時。

 

 


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