艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(28)

 

朝食後。

「じゃ、私は仕事行って来まーす」

「気を付けてな」

工房に出勤する陸奥を送り出すと、長門はぽふっとベッドに倒れ込んだ。

起きてから僅かな時間しか経ってないのに酷く疲れた気がする。

原因を思い返し、はっとする。

そうだ。昨夜は青葉に質問責めを受けて余り寝ていないからだ。

思い当たった途端、どっと眠気が襲ってくる。

本当は・・2度寝は・・良くな・・布団・・かけ・・

 

ポーン!

 

部屋の時計が毎時30分を知らせる鐘を鳴らした時、長門はふと目が覚めた。

むくりと起き上がり、頭を振る。

何だか随分寝てしまった気がするが・・何時だろう。

時計を見ると10時半を指していた。

 

・・・3時間も寝てしまったのか。

 

ギュッと伸びをしながら、これでは陸奥の事を叱れないなと思った時、ふと気が付いた。

青葉がインタビューしている間、陸奥と鳳翔も起きていた。

二人は眠くないのだろうか?

ちょっと様子を見に行こう、か。

長門は顔を洗い、身支度を整えると部屋の戸を開けた。

 

長門は店の脇で水打ちしている鳳翔を見つけて声を掛けた。

「鳳翔」

「あ、長門さん、おはようございます」

「昨夜は深夜まで付き合わせてしまってすまなかったな」

「とんでもない。私の方からお願いしたのですし」

「青葉が突入取材する事までは予想外だったであろう?」

「それこそ、長門さんのせいではありませんよ」

「まぁそうだが、寝不足ではないかと気になってな」

「大丈夫です。いつもの閉店時間位ですから」

「0100時は過ぎていたぞ?」

「お客様が帰った後に片づけてますからそんなものですよ」

「・・大変なんだな」

「その分、お店を開くのは1100時からですし、午後も小休止を入れますし」

「仕込み時間もあろう?」

「寝る前にやるか、起きてからするかは体調に応じて決められますから」

「そうか。あ、そうすると、まもなく開店か」

「はい。といっても、混み始めるのは1200時近いですけど」

長門がそっと欠伸を噛み殺したので、鳳翔は言った。

「お茶でも如何ですか?美味しい玄米茶が手に入ったんですよ」

「邪魔ではないか?」

「大丈夫です」

「では、すまないが御馳走になろう」

 

「・・うーむ」

カウンターに陣取った長門が玄米茶を手に唸るので、鳳翔は振り向きつつ声を掛けた。

「どうかしましたか?」

「いや、実に美味しい」

「ありがとうございます」

「どうしてこう、お茶の味が違うのだろう?」

「どちらとです?」

「私が給湯室で居れた茶はもっと苦くて、なんというか・・硬いのだ」

「・・うーん」

鳳翔は自らのお湯呑に注いだ茶を一口飲むと、

「お茶の種類と、それに合った淹れ方、ですかね。違いがあるとすれば」

「やはり、この茶葉は高いのか?」

鳳翔はくすっと笑うと

「茶葉は高いほど美味しいのではなく、より自在に変えられるんです」

「変えられる?」

「ええっと・・」

そう言いながら鳳翔は、棚の上の方から缶を取り出した。

「これは御来賓の方用の、それはそれは高い茶葉です」

「何故そのようなものがあるんだ?」

「練習用にちょっとだけ仕入れてあるんです。淹れるのを見ててくださいね」

そういうと鳳翔は2つの急須を置き、同じ分量の茶葉を入れた。

長門はじっとそれからの鳳翔の行動を見ていたが、強いて違いらしきものが解らなかった。

「さ、どうぞ」

出された2つの湯呑に注がれたお茶を見る。

「!?」

既に色が違う。

片方をそっと手に取り、一口啜る。

「甘みがあって・・旨い」

すぐにもう1つを手に取り、啜ると

「・・味が、無い」

そんな長門の様子を、鳳翔はくすくす笑いながら見ていた。

「ほんとに長門さんは素直ですね」

「い、いや、びっくりした。こんなに違うんだな」

「ほんの僅かな、タイミングの差なんです。お湯の温度とか、淹れる手順とか」

「出されるまで見ていたが、違いが分からなかった」

「そうなんです。高いお茶は極めて厳密に扱えば、とても美味しくなります」

「こっちは甘くて柔らかくて、香りも良いな」

「でも、ほんの僅かに間違えただけで大失敗になります」

「こっちは本当に、色の付いたお湯のようだな」

「つまり、取り扱いがシビアなんです」

「うむ」

「では次、こちらの普通の茶葉を使いますね」

「う、うむ」

再び長門は2つの茶葉の扱いを見ていた。

だが、片方はとうに湯呑に注いだのに、もう1つは急須に入れっぱなしである。

「ほ、鳳翔?」

「はい」

「そ、そっちの急須、さすがに長く置き過ぎではないか?」

「そうですか?しりとりでもしますか?」

「い、いや、そろそろ入れた方が・・・」

「うふふふ。じゃあ淹れましょうね」

そして再び、2つの湯呑が出された。

「どうぞ」

まずは先に注がれた方を飲む。

「ぬるいが・・普通の味だ」

そして長門はもう1つを手に、どれだけ苦いのだろうと少し躊躇ったが、

「・・あれれ?」

鳳翔が再びくすくすと笑った。

「ほんとに、長門さんは教え甲斐がありますね」

「どうしてだ?あんなに長く置いていたのにほとんど苦さが変わらない」

「それが、普及品の茶葉の良い所なんです」

「?」

「普及品の茶葉は、かなり雑に淹れたとしても及第点の味が出せるんです」

「うむ」

「高い茶葉は極上の味も出せますが、それには相当な集中力が必要です」

「違いが判らなかった私では無理だな」

鳳翔は再び、普及品の茶葉で入れたお茶を長門に出した。

「ただ、普及品でも、ここまでは幾つかのポイントを知っていれば出せます」

長門はごくりと飲んで目を見開いた。

「美味し・・あれ、これは・・」

鳳翔がにこりと笑った。

「はい。最初にお出しした玄米茶です」

「ど、どうやれば良いんだ鳳翔!教えてくれ!」

それからしばらく、長門は鳳翔にやり方を詳しく聞いていた。

「なるほどなるほど、お茶を淹れるのも仕込みが大事なのだな」

「大袈裟な物ではありませんが、美味しく淹れるコツみたいなものですね」

「今度提督にこれで出してみよう。楽しみだな」

長門が手帳を仕舞った時、

「鳳翔さーん、こんにちはー」

「今日は演習で完全勝利したから御昼食べに来ました~!」

という子達がぞろぞろと入って来たので、長門は席を立つと鳳翔に声を掛けた。

「では鳳翔、邪魔したな。お茶の淹れ方を教えてくれた事、礼を言う」

「上手く行くと良いですね」

 

長門は鳳翔に手を振りながら、陸奥の工房に向かった。

 


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