長門の言葉を聞いて、ル級が深い溜息をついた。
「正直、モウ増エテ欲シクナインダケド・・」
カ級が肩をすくめた。
「キット増エルヨ。トイウカ実際増エテルヨ?」
長門が真面目な顔で言った。
「増えすぎれば小競り合いもあろう。艦娘か人間になるように説得して欲しい」
ル級が砕ける波を見つめながら言った。
「マァ、イツマデモ放浪者ッテ訳ニモイカナイヨネー」
長門はル級を見た。
「我々の鎮守府では、艦娘に戻し、異動させた場合は定期的に様子を見に行くんだ」
「フウン」
「それで卒業生の様子がおかしければ、連れ帰る」
「!?」
「自主的に避難して来ても、受け入れる」
ル級が目を剥いた。
「ハー!?」
長門は首を傾げた。
「何かおかしい説明があったか?」
ル級は腕をぶんぶん振り回した。
「ダッ、ダッテ、モシ向コウノ鎮守府ガ艦隊出シテ追ッテ来タラドウスンノサ?!」
長門は眉一つ動かさずに答えた。
「追い返すか、引き入れるか、殲滅させる。その後、何も無かったと大本営に報告する」
「ハイソウデスカッテ大本営ガ言ウ訳無イジャナイ!」
「言わせる。我々には、それが出来る」
「チョ、調査隊ガ来ルデショ!?」
「奴らはとうの昔に壊滅させた。案ずるな」
ル級は長門の目をじっと見た。
言ってる事が正気の沙汰とは到底思えない。
だが、この目は本当の事を言っている。
長門が言う事が本当なら、この鎮守府は記憶にある昔居た所とは明らかに違う。
大本営直轄鎮守府調査隊と言えば顎をしゃくるだけで鎮守府を取り潰せると恐れられた組織だ。
それを潰した?一体どうやって?
だが、ル級はそれがハッタリではないという予感がしていた。
何から何まで常識外れとしか言いようが無いこの鎮守府なら本当にやるかもしれない。
この鎮守府、謎すぎる。敵に回してはいけない気がする。
ル級が絶句したのを見て、長門はポンと手を叩いた。
「そうか。近海に住んでいても説明は聞いた事が無いのだな」
「ソ、ソウネ。ソンナ事思イモヨラナイシ」
「それなら説明会でもするか?」
「!?」
ル級は1分近く、じっと目を瞑って真剣に考えていた。
そしておもむろに、カ級に尋ねた。
「カ級、1ツ教エテ」
「エ?ナニ?」
「サッキノ長門サンノ話ヲ聞イテ、ドウ思ッタ?」
「・・・」
カ級は少し躊躇った後、
「ルールヲ守ッテ、ゴ迷惑ヲカケナイヨウニ過ゴソウト思イマシタ」
ル級は頷いた。やっぱり同じような事を感じたのだ。
長門は首を傾げた。
「説明するだけで、無理矢理戻すような事はしないぞ?信用してくれ」
「ア、イヤ、ソコハ信用シテイル」
「あぁ、忙しいから時間が取れないか?」
「ソ、ソソ、ソウネ」
「ならば案内看板でも立てるとしよう」
「ソウネ!ソレナラジックリ読メルシ」
誰でも読める看板なら証拠として残るから、滅多な事は書かないだろう。
ル級はそう読んだのである。
長門は続けた。
「いずれにせよ、抽選条件の変更はした方が良いと思うぞ」
「ソウネ。折角500食作ッテクレルノニ300食シカ食ベナキャ勿体ナイモンネ」
「うむ。最終結論は任せるが、もし350食の案にするなら明日中に言ってくれ」
「解ッタヨー、ジャア何ニナッタカ明日ノ午後ニデモ言イニ来ルヨー」
「何時にする?」
「出来レバ夕方位ガ助カルヨー」
長門は手帳を見ながら言った。
「そうだな。私も明日は外に出るから、夕刻の方が良いな」
「ジャア1700時位デ良イ?」
「解った。では明日の1700時に、な」
「了解。急イデ皆ニ提案シナイト。説明スルノ手伝ッテヨー」
ル級に頼まれたカ級は頷いた後、長門を見て、
「長門サン!」
「なんだ?」
「・・アノ、色々考エテクレテ、アリガトウ」
長門はにこっと笑った。
「色々思惑はあろうが、納得出来る方向になると良いな」
その時、ル級がふと立ち止まった。
「・・ソッカ」
「うん?どうした?」
「長門サン、深海棲艦ハ全部自分デ解決出来ル問題シカナイッテコノ前言ッタケド」
「ああ」
「ココノ近海ニ居ルト、他ノ深海棲艦ノ意思ニ左右サレルヨー」
「・・そういえばそうだな」
「コノ楽園ハ素晴ラシイケド、艦娘生活ニ近イノカモネー」
「人が二人いればしがらみは起きるそうだからな」
ル級は苦笑した。
「1万体モ居ルンダカラ仕方ナイネー」
「お前は良くやっていると思うぞ」
「エッ?」
「上手くまとめている、と言ったのだ」
「ソ、ソウカナ」
「私もたった100人だが、この鎮守府の艦娘達をまとめている。気持ちは解る」
「エ?鎮守府ノマトメ役ッテ司令官ジャナイノ?」
長門が深い溜息を吐いた。
「うちの提督は、いささか興味に偏りがあるのでな」
ル級は長門の言葉の中に含まれる意味を瞬時に悟った。
「オ仕事大変ネ・・」
長門が頷いた。
「だから、苦労は良く解るぞ」
うんうんと頷きあうル級と長門を見て、カ級は肩をすくめた。
結局、深海棲艦でも艦娘でも似たような苦労をしてるのだな、と。
「うーん、まぁ350でも500でもあまり変わらないと思いますよ?」
夕食の席で食堂に居た面々に対し、長門は顛末を説明した。
そして話の流れによっては350食または500食になると言った時の反応である。
「材料のほとんどはスライサーなりミキサーなりで機械処理してますし」
「多少、調理時間とかが変わるかもですけどね」
「まぁ、運ぶ手間は350の方が助かるよね」
長門は手を挙げてざわめきを制した。
「というのが今日時点で向こうと話した結果だ。居ないメンバーにも伝えておいてくれ!」
「はーい」
長門は頷いた。これでしっかり伝わるのがこの鎮守府の良い所だ。
「Hey!ところで長門!」
「どうした金剛?」
「テートクとのデート、チューは無かったんですカー?」
「・・・は?」
否定しようと金剛の方を向いた長門はのけぞった。
その場に居た全艦娘がキラキラした目でこっちを向いている。
「あ、いや、その・・・」
「したんですカー!?」
長門は観念して答えた。
「・・・してない」
その途端、一気に艦娘達ががっかりした表情になると、ぞろぞろと席を立ち始めた。
金剛が信じられないという目で見返した。
「ホントにチューすらしてないんですカー?!」
「青葉さんが言ってたのはほんとの事だったんだー」
「溜息ついてたもんねー」
「ちょっとねー」
長門は真っ赤になって腕をぶんぶん振り回した。
「ううううるさいうるさいうるさい!チューしなくても楽しかったんだ!」
だが、艦娘達から帰ってきたのは期待外れという深い溜息だったのである。
長門は俯いた。そんなにチューが無いとダメなのだろうか?
というか、どうして全部説明しないといけないんだろう・・・・
「・・帰ろう。御馳走様」
長門は膳を返却口に返すと、食堂を後にした。