艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(32)

「姉さんは真面目ねぇ」

役目を済ませた長門は練習で淹れた茶を陸奥に振る舞いながら、食堂での出来事を話した。

「どうすれば良かったのだ?」

「意味深に笑って「ナ・イ・ショ」とか言っておけば良いのよ」

長門はどういう表情をすれば良いのだろうかと考え込んでいたが、陸奥は

「でも、そんな風に煙に巻く姉さんなんて全く想像出来ないわね」

「おい」

「良いじゃない。姉さんは不器用だけど真っ直ぐ。そんな姉さんを提督も好きなんでしょ」

「そ、そう、か」

「無理して何でも上手くならなくても良いのよ」

「ふーむ」

「ところで、お茶、美味しいわよ」

「そ、そうか?ほんとの事を言ってくれ」

「嘘言っても意味が無いでしょ。大丈夫よ」

「20回も練習すると味が良く解らなくなって来てな・・」

「根詰め過ぎよ。昨日は遅かったんだし、今日は早く寝た方が良いんじゃない?」

「陸奥は寝られるのか!?」

「なんで?」

「昼間あれだけ寝てたじゃないか!」

「不足分を取り返した感じかな。だから今夜は今夜よ。姉さんは眠れないの?」

「いや、午後に十分疲れたから、寝ようと思えば眠れる」

「じゃ、もう寝ましょうよ」

「そうだな。下手な考え休むに似たり、だ」

長門と陸奥はそれぞれのベッドに入ると、程なく静かに寝息を立て始めたのである。

 

 

木曜日。

巡回と朝食を済ませた長門は、自室で兵装を再点検していた。

ル級には外に出るとぼかして言ったが、今日は出撃の日である。

とはいっても第1艦隊としてではなく、後輩の引率である。

鎮守府の中で練度、つまりLVで極端な差があると同一艦隊として編成しづらい。

故に秘書艦が持ち回りで、まだ成長途中の艦娘達を引率するのである。

実際、以前の鬼姫事案では諸条件を勘案すると潜水艦と重巡しか出せなかった事がある。

いつも戦艦が出張れる訳ではない。

「護れない場合があるのだから、皆の練度が上がるよう手を貸そう」

長門は引率出撃の際は、必ず艦隊の最後尾に付く。

旗艦は学ぶ事が多いし、実際練度も上がりやすい。

反対に最後尾は被弾する事が多い割に、練度は上がりにくい。

その時、長門の部屋の扉を叩く音がした。

 

「失礼いたします。今日はよろしくお願いいたします」

旗艦を務める神通が訪ねてきたのである。

「わざわざ来ずとも、集合場所で挨拶するので構わなかったのに」

そう言いながら長門は神通を部屋の中に通した。

「いえ、長門さんはお忙しいのに、付き添って頂けるのですから」

長門は冷蔵庫から麦茶を取り出そうとして、隣の瓶に目が行った。

時計を見る。十分余裕はある。

「・・神通、すまないが15分程時間はあるか?」

「はい。準備は済ませてきましたので問題ありません。予行演習でしょうか?」

「いや、ちょっと頼みがあるのだ」

「お任せください。何をすれば良いのですか?」

「味見をしてほしいのだ」

神通が首を傾げた。

 

「・・待たせてすまない。これなのだが」

「焙じ茶、ですね?」

「うむ」

神通はくんくんと香りを嗅いだ。

「良い香りですね。それでは、失礼していただきます」

「うむ」

「・・とっても美味しいです!」

「わ、私だからと遠慮は無用だぞ?忌憚無き意見を聞きたいのだ」

神通は首を振った。

「そのご心配は無用です。本当に美味しいですよ」

「そ、そうか・・」

「これ、長門さんが淹れたのですか?」

「そうだ」

「お上手なんですね・・」

そう言いながら神通はこくこくとお茶を飲み干した。

長門はうむと頷いた。最後まで飲んでくれたのなら大丈夫だろう、と。

「実は、鳳翔から茶の淹れ方を教えてもらってな」

「まぁ!」

「だが、自分で何度も練習していると味がこれで良いのか解らなくなってしまってな・・」

「そ、そんなに練習されたんですか」

「陸奥にも一応及第点は貰ったのだが、姉妹の贔屓目もあろうかと思ってな」

神通はにこりと笑った。

「陸奥さんも贔屓目なく、美味しかったんだと思いますよ」

「ありがとう、神通。今日もよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 

「皆、揃っているか?」

「はい!」

今日のメンバーは神通、皐月、菊月、三日月、龍驤、そして長門である。

長門を除き、主に支援艦隊や資源獲得の遠征をこなしている子達で、Lvは30前後。

この辺りの練度が一番悩ましい。

Lvがもっと低ければ演習に呼ばれるし、50以上なら実戦に引っ張りだこである。

多少の前後はあるが、Lv20から40の辺りは演習にも実戦にも呼ばれにくい。

大鳳組に呼ばれ、仮想演習であっという間に乗り超えた鈴谷と熊野のような例もあるが、

「ちょっと停滞する子が多い頃合い」

である。

長門はこのエリアの子達に重点的に声を掛けていた。

この位の練度になると、戦い方にも独自性が出てくる。

変なスタイルで固まってしまうと、艦隊としての行動に支障をきたす。

ゆえに、戦い方のチェックとアドバイスも兼ねていたのである。

神通は緊張した面持ちで訓示していたが、最後に

「・・という事で、本日は東部オリョール海まで行こうと思います」

と、告げた。

 

東部オリョール海。

 

重巡や戦艦など、比較的大きなクラスが出る海域である。

統計として、対潜水艦能力が少ない事もあり、潜水艦だけの隊を作って出撃させる司令官が多い。

ゆえに「恐怖のオリョクル」「潜水艦の蟹工船」「ブラック職場」などと徒名されている。

ちなみにソロルでも以前は潜水艦隊による出撃を週に何度か命じていた。

だが、伊168が着任した頃。

文月が急に、これからは毎日5回は行かせましょうと提督に進言したのである。

そして事務方と提督が資源調達について会議を開いていると、潜水艦娘達が

「ブラック労働断固反対!」

「他所は他所、うちはうちでち!」

「潜水艦にも普通の労働環境を!」

「資源調達より先に赤城さんを取り締まってください!」

という旗を持って提督室になだれ込んできたのである。

「ここは提督室ですよ・・それに、言う事が聞けないんですか?おやつを一ヶ月抜きますよ?」

殺気立つ文月にガクガク震えながらも涙目で陳情を続ける潜水艦娘達。

提督はしばらく考えていたが、

「そうだね。非常時でもないし、取締が先というのは正しい意見だね」

と、潜水艦娘達の言い分を全面的に受け入れた。

文月は苦り切った顔をしつつ、

「それならせめて遠征でちょっとずつでも稼いできてくださいね?」

「任せて、なの!」

「サボったら連続耐久オリョールクルージングですからね?」

「ひっ!」

「まぁまぁ文月、潜水艦の子達だけに強いるのは可哀想だよ。出来る範囲で、な?」

潜水艦娘達が鬼の文月、仏の提督と呼ぶのはこういういきさつがあったのである。

ちなみにその日以来、潜水艦娘達は自主的に数多くの遠征に出かけている。

「オリョールクルージング以上に遠征で稼いでますね。大体計画通りです」

月次報告の際、帳簿をめくりながら涼しい顔で文月がそう言い放った時、提督は気付いた。

文月は最初からこの展開を狙っていたのだ、と。

 

そのような背景があり、ソロル鎮守府からオリョールに出撃する機会はほとんど無い。

ただ、オリョールは熟練の潜水艦でなければ、案外難易度の高い海域である。

それでも長門は神通に任せる事にした。

万一仲間の命を危険に晒すような行為があれば、その時点で撤退させればよい、と。


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