艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

390 / 526
長門の場合(35)

 

夕張が今気付いたと認識した青葉達は大きな溜息を吐き、島風はフォローに入った。

「夕張ちゃんは真っ直ぐなだけだよ。私が傍に居れば何とかなるって」

衣笠がそっと島風の手を握った。

「甲種危険物で劇薬だけど、頑張ってね!」

睦月達が継いだ。

「天才と何とかは紙一重です。島風さんの双肩に鎮守府の安全がかかってます!」

頬を膨らませる夕張を見て、扶桑がとりなした。

「ま、まぁまぁ。夕張さんは発電機の開発等で多大な貢献をされてるのですし」

「そっ、そうですよね扶桑さん!」

提督が肩をすくめた。

「天才と認められてるんだからな。たまに紙一重ずれるだけで」

夕張が眉をひそめた。

「ええと、それって褒められてるのか、けなされてるのか、どっちでしょう?」

「日本特有の表現だね」

扶桑が頷いた。

「玉虫色ですわ」

だが、青葉と衣笠は、あまり良い意味の割合は高くないなと感じ取ったし、納得した。

夕張が研究と言って消費する資源や資金は、最上と並び鎮守府内で突出している。

先程の例のような事故は夕張の方が件数が多く、程度は軽い。

せいぜいポットを爆発させる位ではあるが、週に1回はどこかで何かしている。

最上の方はたまにしか事故を起こさないが、1回が酷い。

食堂防衛システムの事故では結局食堂そのものを建てなおす羽目になった。

他の艦娘達は

「何であのマッドサイエンティスト達を提督は放任してるのかしら・・」

と、不思議がる声も多い。

最上が大事故を起こしても半日ほど座敷牢で再発防止策を考えなさいと言われる程度である。

夕張なんかは事情を説明するために提督室に呼ばれるが、

「ちゃんと片付けて、失敗の原因をよく考えるように」

と諭されるだけである。

それについては過去、扶桑は提督に問いただした事があるが、

「新しい事っていうのは安全策も解らない。失敗を厳罰化したら挑戦出来ないよ」

と、言った後、

「スイッチを入れる前に仲間に被害が出ないかなという配慮は学んでほしいけどね」

といって溜息を吐いたのである。

ゆえに、提督は最上や夕張に頼み事をする時は、必ず三隈と島風にも声を掛ける。

三隈達が最上達を理解した上でリミッター役になる事を期待しているし、実際応えてきた。

だからこそ提督は二人の行動をあまり制限しないとも言えるのである。

 

衣笠がまとめた。

「えっと、じゃあ私達で原稿を仕上げて、夕張さんに渡せば良いですか?」

「そうだね。夕張と島風は看板化と設置を頼みたい」

「ハイ質問!」

「なんでしょ夕張さん?」

「その看板は、夜も見ます?」

「こっそり読みたいって子も居るだろうねえ」

「わっかりました!」

「話は最後まで聞きなさい」

「ふえ?」

「だから、看板の上に、看板が読める程度の照度があるLED照明を付けなさい」

「えー」

「なに?」

「文字が光るとか、動画で説明する為に4Kディスプレイを看板風にして設置するとか」

「却下」

「つまんなーいつまんなーい!」

「今回は真面目でつまらないお役目です」

「ちぇー」

「時に扶桑さん」

「はい?」

「さっき保留にした束、持ってきてくれるかな」

「は?はい」

提督はさらさらと束をめくり、1枚の紙を取り出した。

「あぁこれだこれだ」

夕張が目を見開いた。

「ちょ!私が書いた来年度の研究開発予算稟議書!」

「これさ・・幾らなんでも高過ぎるって文月コメントがあったんだよねぇ・・」

「ま、まま、待ってください!だって広域無人索敵機の開発には色々基礎技術の開発が」

「それは文月も解ってるから、如何した物かって私に判断を求めて来たんだよねー」

夕張は提督の発言の意味する所を理解した。

「ぐ」

「・・・大人しく看板作ってくれるかなー?」

「ひっどーい!来年度予算を盾にするなんて!提督の横暴を許すなー!」

「・・・扶桑、却下のカゴに入れといて」

「みー!」

「・・・大人しく看板作ってくれるかなー?」

「しょうがないわね・・」

「文月が決めて良いよって言っておいて」

「喜んでさせて頂きます!」

「じゃあ出来栄え見て決めるから、保留のカゴに戻しておいて」

「ぐっ」

提督は皆に向いて言った。

「えっと、だいぶ回り道したけど、そういうわけで皆、よろしくね」

「はーい」

ブツブツ言う夕張を引っ張っていく島風、早速東雲達に確認し始める青葉達。

そんな皆が帰った後、扶桑がお茶を運んで来た。

「お疲れ様でした。そろそろ今日の業務を終わりに致しませんか?」

「ありがとう。その前にちょっと状況整理に付き合ってくれるかな」

「解りました」

「今回の深海棲艦事案だけど、まずは大本営への説得は完了」

「はい」

「追加食糧の発注は事務方に依頼済、保管場所は調理室の冷蔵庫」

「はい。港から保管場所までは地下鉄経由で運びます」

「食事の調理は各班持ち回りで毎日500食、デザートは高雄達が地下工場で製造」

「シュークリームを1万個ですね」

「うん。出来た料理とデザートは地下鉄というかトロッコ列車で輸送」

「トロッコ列車は運行試験まで工廠長が実施済、現在は高雄さん達がリハーサル中です」

「地下通路は工廠前で一旦地上に出て、更にトンネルで小浜へ続く」

「地下通路出口は600mm鋼板の非常扉があり、いつでも封鎖出来ますわ」

「その動作試験も終わってるよね?」

「ええ。工廠長さんの報告書にありました」

「トンネルの建造も終了」

「トンネルは両端を非常扉で閉められますし、中央にある階段で山の上に出られますわ」

「ハリケーンの高波対策だね」

「はい。もちろんテスト済です」

「店舗の方も完成、喫食用の丸テーブルと椅子、それにクッションも準備済」

「喫食セットは店舗と反対側の倉庫に全数仕舞えます」

「店の調理場の動作確認はされてるかな?」

「菓子店は高雄さんがリハーサルでやってます。料理屋の方は工廠長さんがしていますね」

「後はリハーサルの完了報告と、作ってもらってる看板を立てれば良い、か」

扶桑はリストを追っていたが、

「ええ、それで良いと思います」

「やっとここまで来たね」

「はい」

扶桑が頷いた時、提督室の扉がノックされた。

「どうぞ、お入りください」

「失礼致します!最終リハーサルが無事完了致しましたので、ご報告に参りました!」

「ありがとう。実際やってみてどうだった?」

高雄は少し頬を掻くと

「料理とお菓子では結構勝手が違いますね。運び方とかも」

「あー、シュークリームは潰れやすいか」

「そうですね。ただ、4回目のリテイクで概ね問題は無くなりました」

「全部一度に運ぶの?」

「いえ、2500個ずつ作っては運びます。追加するかは当日の様子次第です」

「そうだね。その方が無駄が出ないね。ところで高雄」

「はい」

「調理班の方を配慮する余裕はありそうかな?」

「ええ。リハーサルでもそれを見越した人員配分にしています」

「さすがだね。ハッキリ頼んでなかったから無理かなと思ったんだけど」

「ご心配なく」

「うん。高雄に任せて良かったよ」

高雄は頬を染めると、少し俯いた。

「それじゃ、明日から忙しいと思うから、休みなさい」

「はい!では失礼いたします!」

高雄が帰ったのを見て、提督は扶桑に言った。

「よし、看板はそう早く出来ないだろうし、今日は閉めようか」

「解りました」

「扶桑、今日もありがとうね」

「はい」

「じゃあ看板の件と確認が済んだ事、すまないけど秘書艦の皆には伝えておいてくれ」

「解りました」

「では本日閉店。お疲れ様!」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。