提督は長門と入れ違いに戻って来た赤城から中間報告を聞いていた。
「そうか。結構現状と名簿がずれていたか」
「ええ。それに、専従なのか班当番と兼業なのかがはっきりしない子も居るんです」
「例えばどの辺り?」
「ええと、大鳳組の鈴谷と熊野とか」
「どういう経緯で?」
「最初から大鳳組だった加古から、大鳳組拡張の時に声を掛けられて入ったんです」
「あーなるほど、専従化かどうかとかの話をしてなかったのね」
「そういう訳です。だから山城さんの意見とか、もう少し確認しないと扱いが見えないです」
「解った。じゃあそれは赤城の特命案件として良いかな?」
「ええ。秘書艦で持ちまわっても誰かがまとめないといけないですからね」
「頼むよ」
「お任せください!」
提督は赤城のやる気に満ちた表情を見て、任せて良かったなと思った。
その日の夕方。
「こちらは私共の代表のビスマルク、私は人事部長の浜風と申します」
「初メマシテ。ソロル海域代表ノル級ト、補佐ノカ級デス」
白星食品の大会議室には白星食品の関係者と深海棲艦、そして提督、長門、赤城が居た。
浜風が続ける。
「今回のお話、どこまでお聞きになりましたか?」
ル級が拳を高く上げながら答える。
「DMZヲ張ッテイタノニ漁船ガ沈メラレ、DMZヲ信用サレナクテ困ッテル、ト」
「その通りです」
「トンデモナイ事ヨー、疑ワシクテモDMZハ守ルノガ筋ヨー」
ビスマルクは溜息を吐いた。
「ただ、その約束はあくまで深海棲艦がDMZ内に居る場合、なのよね」
「マァソウダケドネー」
「だから攻撃した子達の言い分は解るのよ」
ル級は首を傾げた。
「アレ?ビスマルクサンハ、ドウシテDMZノルールヲ、ゴ存ジナンデスカ?」
「この会社に居るほとんどの子は元深海棲艦よ。この仕事もその時の副業として始めたの」
ル級が納得したように頷いたので、提督が切り出した。
「私は深海棲艦側のルールがあるのなら、それに沿った形で漁をしてはどうかと思うんだよ」
ビスマルクもル級も信じられないと言う目で提督を見た。
「な、なんだい?」
「し、深海棲艦側のルールを是とするの?」
「それが一番簡単で、攻撃から確実に乗組員の身を守れるならね」
「アノ、私ガ言ウノモナンデスガ、人間側カラスレバ勝手ニ決メラレタルールデハ?」
提督は肩をすくめた。
「我々のルールと言うか国際条約だって、人間側の勝手でしょ」
「ソ、ソレハソウダケド」
「現状の制海権は深海棲艦が握ってる。それは事実なんだよ」
「ハイ」
「ル級さんのように話し合いに応じてくれるなら話し合うけどさ」
「・・・」
「残念ながら現実は戦争状態で人間側の成果は芳しくない。話し合いなんて滅多にない」
「ハイ」
「一部の人間の記憶で、今頑張って仕事してる乗組員の命を危うくしてはいけないんだ」
「提督・・」
「というわけでね、ル級さん」
「ハイ」
「漁業やってみない?」
「ハイ!?」
その場に居た面々はあまりの急展開に目を白黒させた。
浜風は飲みかけたお茶でむせ込んでいる。
涼しい顔、というより小さな溜息で済ませたのは長門だけだった。
ビスマルクは提督の意図に気付くと、恐る恐る口を開いた。
「う、うちの漁業部隊をル級さん達に任せるって事ですか?」
提督は涼しい顔で頷いた。
「ルールどおりでしょ?」
「こ、こちらの漁法を覚えて頂くのも大変でしょうし・・」
「他に何か方法があるかい?」
「そ、それは・・え?」
ル級はカ級と二人でしばらく相談していたが、
「ア、アノ、漁業ソノモノジャナクテ、説明ト、イザトイウ時ノ応戦ナラ大丈夫デスヨ?」
と言ってきた。
提督が茶を啜っているのを見て、長門が口を開いた。
「船にはDMZを仕掛ける。深海棲艦が寄って来たらル級達が説明する」
ル級が頷いた。
「ソレデモ喧嘩売ッテクルナラ、漁船ダケ逃ガシテ、コチラデ応戦スルヨー」
提督はビスマルクに訊ねた。
「うちの海域の外に出るのは何隻位あるの?」
「ええと、確か・・」
浜風がパソコンのキーを叩きながら答えた。
「在籍船数は139隻ですが、外洋向けは90隻ですね」
「1隻ずつバラバラに行くの?」
「いえ、3隻1班の30班です」
長門が口を開いた。
「3隻を護衛するなら5人位は必要ではないか?」
ル級がカ級に言った。
「150程度ナラ・・アノ子達ニ頼メバ良イネ」
「ソウデスネ」
提督が聞いた。
「あの子達?」
「ウン。浮砲台組ノ子達」
「・・護衛に関しては信用して良いのかな?」
「元海境警備部隊ノ子達ダカラ結構実力アルシ、心配ナイト思ウヨ?」
「海境警備部隊って何?」
ビスマルクが答えた。
「巨大な深海棲艦の軍閥同士が隣接した場合、消耗戦を避ける為に互いのエリアを決めるの」
「ふんふん」
「特に好戦的な軍閥との海境付近で自分の海境線を守る護衛部隊が海境警備部隊よ」
「警備員みたいなものかな?」
ビスマルクは手を振った。
「いいえ。好戦的な軍閥は昼夜問わず隙があれば仕掛けて来てエリアを奪おうとするわ」
「ほう」
「だから海境警備部隊といえば、大体はその海域最強クラスの攻撃部隊が置かれるの」
提督が静かに深呼吸して続けた。
「要約すると、物凄く強い浮砲台が150体以上居るの?」
ル級がこくりと頷いた。
「大体250体位カナア」
カ級が首を振りつつ訂正した。
「第5班ハ人間ニ戻ッチャッタカラ200体位デスヨ」
長門はふと、思い当たる事があった。
「この間、工事中の小浜に1体来ていなかったか?」
ル級はしばらく天井を見て思い出していたが、
「ソウソウ、アノ時居タ浮砲台サンガ浮砲台組ノ組長ダヨー。ドウシテ解ッタノ?」
「解った訳ではないが、強そうで、かつ、落ち着いていたのでな」
「アノ人ハ頭良イデスヨー。ヨク仲裁シテクレルシ」
「ル級さんから話してくれないかな?良さそうなら私から正式に頼むからさ」
「大丈夫ダト思ウケド、ダメナラレ級隊ニ頼ムヨー」
ビスマルクが提督を見た。
「これは当社の問題で、提督にそこまで動いて頂く訳には・・・」
提督がにこっと笑った。
「良いじゃないの。ビスマルクも浜風もうちの所属艦なんだしさ」
「ですが・・」
「一応、ル級さんと面識があるのは長門なり私でしょ。浮砲台さんとしてもさ」
ビスマルクは少しの間考えていたが、
「すみません。これが上手く行けば本当に助かります。ル級さん、よろしくお願いします」
ル級達が立ちあがった。
「ジャアチョット話シテクルヨー、1時間位後デー」
カ級は先を行くル級に話しかけた。
「モシ、コノ交渉ガマトマラナカッタラ、本当ニ漁業スル事ニナルンデショウカ?」
ル級はぶるぶるぶると首を振った。
確かに白星食品の製品は美味しいし、自分だって末永く食べたい。
だが、ベーリング海の全てを凍らせる荒波の中でカニ漁なんて真っ平御免だ。
絶対に交渉を成功させてみせる!