艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file04:2日目ノ夜

3月30日深夜、某海域

 

今日は十六夜、か。

浮かび上がる月を見ながら、加賀は思う。

周りでは護衛部隊が電探等を駆使して警戒に当たっている。

敵は深海棲艦だけではない。今輸送している物は他の鎮守府からすれば宝の山だ。

33号対水上電探や徹甲弾、酸素魚雷など可愛い物だ。

実験段階である筈の暗視装置、誘導ミサイル、潜水艦用防爆装甲などなど。

木箱に収めた物を全て開封すれば、海域の1つや2つ無傷で吹き飛ばせる。

強奪もありえなくはない。

しかし、それを行おうとする者が居たら悲惨な目に合うだろう。

何故なら今夜航行している艦娘は、それらを装備し十分な訓練を受けているから。

普段は「ちーっす!」などと軽い口ぶりの鈴谷も出航後は一言も発せず、暗視装置越しに海原を睨んでいる。

中将がせっつくのも解らなくはないと、加賀は思った。

特殊部隊といっても良い位なのだから。

しかし、だからといってあの異動命令を許せるわけではない。

必ず大本営に一泡吹かせる。一泡どころか泡に溺れて頂きたいくらい。

 

「最後の取引相手を確認、随伴艦1隻。ただし圏内で深海棲艦反応あり。位置特定に至らず」

今日は取引相手が多く、既に深夜2時を回った。集中力が切れてくる。しかし妙だという事は理解出来た。

「加賀、どうする」

気に入らない。全く気に入らない。珍しくいらだった口調で応答した。

「広域探査に変更。位置特定して」

「島の近海に一部を残すか?」

一瞬迷うが、特定しなければ対策が取れない。

「全員で探査」

「了解」

 

秘書艦を伴った制服姿の男は、島に上陸すると不安げに周囲を見回した。

他の鎮守府が置いていった資材はどこにある?

大量にあるはずなのだが。

「時刻通りの到着ですね、司令官、秘書艦さん」

加賀が岩陰から現れる。秘書艦は響か。良い船だ。

「あぁ。約束の物は」

「こちらに」

「頂こう」

手を伸ばすが、加賀はすっと別の方に歩みだす。

「なんだ?」

「引き換えの品はどちらに?」

「あぁ、秘書艦が持っている」

指差された秘書艦は大きなスーツケースを出す。

「では、お互いに確認しましょう。台がございますからこちらへどうぞ」

司令官が小さく舌打ちする。あまり水から離れるのは良くない。

「解った。響、行ってきなさい」

加賀が振り向いた。

「司令官は確認されないのですか?」

「秘書艦を信用しているのでね」

響に明らかに動揺の色が走った。

「でも、司令官。私は暗視装置の使い方など知らない」

「ほら、とっとと行きなさい」

不思議そうに響が歩き始めるのを、司令官はじっと見ている。

なんだろう。

いつもはあんな言い方を、司令官はしない。

本来の秘書艦である川内は入渠しているから、今夜だけ秘書艦として来て欲しいと言われて来たのだが。

司令官は少しずつ後ずさりをする。ここは陸の上だし距離が近すぎる。

鉄のコンテナの上に、お互い持参した物を置く。

加賀が木箱を開けると、中から出てきたのは赤外線暗視装置が2つ。

「使ってみる?」

「使い方が解らないよ」

「では、教えてあげましょう」

その時、水面の感覚を足に感じた司令官がニッと笑った。

発射するには一旦元の姿に成らねばならない。

機材に気をとられている今が頃合か。やや距離が短いが致し方ない。

一方、加賀は暗視装置を響に被せ、スイッチを入れていた。

「響、こちらを向いてご覧なさい。私が青白くみえますか?」

「うん、はっきり見える」

「では、そのままぐるりと周囲を見てみなさい」

響が言われたとおり、ゆっくりと振り返る。

そして司令官の方を向いた時、不気味なシルエットが浮かび上がった。

「か、加賀!司令官が!チ級に見える!」

顔を上げた加賀も薄暗い闇の中に、赤く浮かび上がる雷巡チ級の目を見つけた。eliteか。

「夜ニハ無力化スル空母ダケデ残ルトハ、油断シタナ」

加賀は響を背後から抱き寄せた。

響は驚いて振り向きかけたが、加賀に「そのまま」と言われ、慌ててチ級に向き直った。

響は考えた。あれが深海棲艦なら、司令官はどこに行ったんだ?

加賀が口を開いた。

「そうよ、私は攻撃できない。だから一つ教えて」

「ナンダ」

「この子の司令官はどうしたの?」

「砲撃シタ。今頃ハ秘書艦ト共ニ海ノ底ダ」

響が目を見開いた。

「なっ!司令官を殺したのか!?」

「私達ヲ見殺シニシタ人間ナド、要ラヌ」

「司令官は、司令官はそんな人じゃなかった!」

「所詮ハ人間ダ。イツカ裏切ル」

「違う!違う違う違う!」

響の12cm砲が素早くチ級に向き、即座に連射される。

ズズズズンという音と共に砂煙が上がる。この距離なら着弾しただろう、が。

「ククククク。ソンナ弾、痛クモ何トモナイ」

「くっそおおおお!」

加賀はインカムに話しかけたが、応答は無かった。

「無駄ダ。妨害電波ヲ出シテイルカラ聞コエナイ」

砲撃の煙に気づくかしら?いや、広域探査中だ。多分島に背を向けている。

気づいたとしても引き返す時間がない。

「サテ、オ喋リハ嫌イダ」

チ級の砲口が照準を合わせ始める。後はあれしかない。

「響、聞きなさい」

「な、なに?加賀」

「敵の向かって右後方の岩場に向けて、ありったけ砲撃して」

「なんで?」

「早く!」

「ウラーーーーー!!!」

響の12cm砲が数回に渡って火を噴き、チ級の脇を掠めていく。

「当タッテモイナイゾ、錯乱シタカ?」

「撃って、撃ち続けて!」

間に合わなければ、この子だけでも逃がす。

チ級の砲門が止まる。これまでか。

加賀は腰をかがめ、目一杯響を放り投げる体制を取った。

その瞬間、岩が光を発した。

勝利を確信していたチ級が振り返る。

「ム?」

 

凄まじい轟音に、広域探査をしていた艦娘達は振り返った。

火柱が空高く上がっている。

島の方角?!まさか、探査網を抜けられたのか?

「全艦、島へ全速前進!急げ!」

「加賀!?加賀!?応答して!応答してぇぇぇ」

 

「ゲッ!ゲホッ!ゲホッ!」

響は口の中に入った砂を吐き出した。

起き上がろうとするが、何かが被さっていて動けない。何があったんだ?

必死に息をしながらチ級が居た所を見ると、背後にあった岩場ごと完全に吹き飛んでいた。

その外側にある木々は、立ったまま燃え盛っていた。

そうだ、加賀はどこだ?

「加賀っ!加賀っ!」

「大きな声を出さずとも解りますよ」

目一杯のけぞると、加賀の顔があった。覆いかぶさっていたのは加賀だったのだ。

「大丈夫そうね。良かった」

ゆっくりと加賀が起き上がると、響は加賀の前に立ちはだかった。

加賀の装備は所々歪んでいたが、怪我はなさそうだ。

「一体、何があったの?」

「貴方に撃って貰ったのは、他の鎮守府と取引して集めた弾薬類のコンテナよ」

「それじゃ、あの爆発は」

「そう、貴方の砲撃で誘爆させたの。信管は外していたから賭けだったけれど」

「チ級は?」

「倒したわ。跡形もなくね」

響はヘナヘナと腰が抜け、ぺたんと座り込んでしまった。

「仇は討った、というところかしら」

そうだ。チ級は倒したけど、もう司令官も、川内も居ない。

たった2人の艦娘と司令官だけの小さな小さな鎮守府。立ち上げたばかりの鎮守府だった。

司令官は出撃の度に破損して帰ってくる私と夜戦好きの川内の為に、高価な暗視装置を導入しようとしたのだ。

それなのに。

「もう、誰もいない」

加賀は響を見た。その通り。敵を討っても、轟沈した味方は帰ってこない。

加賀は目を瞑った。あの時のやり取りが蘇ってくる。

 

 

「こぉのバカモノ!中破で夜戦突入など下策中の下策だ!」

「しかし提督、敵は1隻を残して轟沈しており1隻も中破でしたし、実際討ち滅ぼしました」

「そういう問題ではない!」

珍しく青筋を立てて叱り飛ばす提督、腑に落ちない加賀。

A勝利を持ち帰って何故叱られるのだ?

「・・・いいか、加賀。良く聞きなさい」

息を整えながら、提督は言葉を続ける。

「絶対に、二度と、小破以上のダメージで進撃するな。轟沈の可能性があるなら撤退しろ」

「・・・私達は兵器です。幾らでも建造が可能です」

「敵なんざ幾らでも沸いてくる。うんざりするほど沸いて来るんだ。しかし苦楽を共にし、鍛え上げた艦娘は轟沈したら戻ってこないんだ」

「でも」

「デモもストライキもない。今建造した加賀は、昨夜赤城と間宮羊羹を楽しく食べた記憶を持っているか?」

「・・・いいえ」

「今建造した加賀は先週、鎮守府の皆で海水浴に行ったとき、スイカ割りを一発で決めて小さくガッツポーズした記憶を持っているか」

「見てたんですか提督」

「加賀。今ここにいるお前は唯一無二の加賀なんだ。信頼を築き、腕を磨き、仲間と笑い、守る意味を体得した熟練の艦娘なんだ」

「・・・・・」

「大本営が何と言おうと私はお前達を只の兵器とは見ない。信頼して背中を預ける仲間なんだ。簡単に轟沈とか言うな」

「て、提督・・・」

「私は二度と、二度と、仲間を差配ミスで失ったりはしない。もう1度、もし誰かが沈んだら」

「・・・・・」

「私も自決する。加賀、お前が沈んでもだ」

「そんな・・・」

「だから加賀。轟沈の可能性がある時は絶対に総力を挙げて撤退しろ。これは命令であり・・・」

提督が加賀の双肩を力一杯掴む。物凄い力で。

「・・・お願いだ」

加賀は困惑した。提督は一体何を言っているのだ?戦闘兵器である私達をそこまで大切に扱ったら苦しいだけではないか。

そう思う一方で、腹の中に何か温かい物が宿るような、不思議な感じを覚えた。

よくは解らない。でも、提督は私達を失うと自決するといった。提督が居なくなるのは、嫌だ。

何故嫌なのだろう?指令を発する役割の人を護るという規則だけでは説明がつかない。

埒が明かないと判断した加賀は、渋々返事をした。

「解りました。ご命令ならば」

「ありがとう」

その夜、赤城にすっかり話して聞かせた。すると赤城は

「ふぅーん、へぇー、へぇー」

と、急にニヤニヤしだしたかと思うと、

「加賀さんにも春が来たのね~」

と、付け加えた。

春って腹の中にあるの?それは赤城だけのような気がするけど。

 

 

加賀は目を開いた。

そうね。春とは言いえて妙ね。今なら解ります。

そしてこの子は多分、理解出来る。

 

加賀は響を向いて、言った。

「あなた、私と共に来ない?」

「え?」

「私の鎮守府で、守る為の術を覚えない?」

「守る・・術・・」

「そう。きっと貴方にもこれから守りたい人が出来る。その時の為に守る戦い方を学ぶの」

「加賀は・・・居なくなったりしない?」

「ええ、傍に居ると約束します」

「信じて・・良いの・・?」

「ええ」

一呼吸置いて、双眸に涙を一杯に溜めた響が加賀に抱き付く。そして、

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

響の慟哭は、海原を急ぐ艦娘達にまで届いたという。

「忘れるなんて無理。出来ない事はしなくて良い。抱えたまま私についてきなさい。貴方なら出来る」

加賀は静かに、響の頭を撫でながら囁いた。

 

さて、爆発させてしまった資材はどうしますかね。

猶予は今日1日。

加賀は空を仰いだ。うみねこが鳴いていた。

 




「深海棲艦って喋れるんだっけ?」
「仕様です」

「深海棲艦って変身出来るの?」
「仕様です」

時間関係の記述を変えています。

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