艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(54)

提督は頷いた。

摩耶が間宮の説明を適度に噛み砕いた事で、効率よく学べたのであろう。

「やっぱり、完全に艦娘と同じという訳じゃないんだね」

「まぁ、ほら、英語で表現しやすいニュアンスと日本語のそれって違うだろ」

「そうだね」

「そういうもんで、別に優劣じゃねぇんだよ」

「異文化コミュニケーションだね」

摩耶は腕を組んでふふんと笑った。

「そういうこった」

「すると摩耶はさしずめバイリンギャルか」

摩耶は途端にひきつった笑いになった。

「おいおい提督・・なんかえらい古い単語を持ち出してきたな」

「あれっ?ごめん、褒めたつもり」

摩耶の表情が苦笑に変わった。

「まぁ良いけどさ。それってモガとかと似たレベルだぜ?」

提督が肩をすくめた。

「おいおい、待ってくれよ。モガは幾らなんでも酷いでしょ?」

「変わんねぇって」

その時、長門は首を傾げつつル級に聞いた。

「モガってなんだ?」

ル級は肩をすくめた。

「サッパリ解ラナイヨー」

二人は摩耶達に向き直った。

「モガってなんだ?」

提督はふぅと溜息を吐くと、

「モダンガール、略してモガ。ハイカラな女の子って事だね」

二人は更に首を傾げた。

「ハイカラってなんだ?」

「まぁその・・大正時代の褒め言葉だよ」

摩耶が継いだ。

「もうちょっと後の年代だと、ナウなヤング、とかな」

長門が摩耶に尋ねた。

「どうしてそんな古い言葉を知ってるんだ?」

摩耶は途端に渋い表情になった。

「ぐ」

提督がニヤリと笑った。

「え、摩耶さん、もしかして昭和な人?こっち側?ねぇねぇ」

摩耶は顔を真っ赤にして否定した。

「ふっ、フザケルなっ!アタシはまだうら若き乙女だっ!」

だが、面々がぽかんとして沈黙した意味を理解した摩耶は、床にのの字を描き始めたので、提督が苦笑しながら説明した。

「ええと、まぁ大正から昭和の文化に詳しい摩耶さんと言っておくよ」

長門とル級は解ったような解らないようなという顔をしていた。

「ふーむ」

提督は間宮の方を向いて訊ねた。

「ところで間宮さん、予定通りと考えて良いのかな?」

「摩耶さんのおかげで既に1度説明は終わってます。予定より早いですし、充分間に合うかと思います」

「そっか・・あー、私が悪かったよ摩耶、ほら、いじけてないで」

摩耶は相変わらず顔を真っ赤にしたまま床にのの字を書いていた。

「うー」

提督はポンと摩耶の肩を叩いて言った。

「・・解った解った。頑張ってくれたから摩耶さんの好きな食べ物を奢ってあげるよ」

摩耶がちらりと提督を見た。

「何でも良いのか?」

「おお。間宮さんの店でも鳳翔さんの店でも潮の菓子でも良いよ」

摩耶は小さな小さな声でぽつりと言った。

「・・海老フライ定食、海老フライ大盛り」

「解った。長門、鳳翔にいつ作れるか聞いてくれるか?」

「任せろ」

 

ややあって、長門がインカムから手を離すと

「明日の夜、姉妹揃ってお越しくださいとの事だ」

提督も頷いた。

「そうだね。菓子屋の件でも頑張ってるしね」

摩耶ががばりと顔を上げた。

「待て!それなら後2人頼む!」

「ん、ああ。蒼龍と飛龍か」

「そうだよ。食い物の恨みは尾を引くんだよ」

「良いよ、じゃ6人分。摩耶は決まり。後は鳳翔に任せる。提督室付で払っておいてくれ」

「解った」

摩耶が思い出したように訊ねた。

「一応聞いておくけどさ、アルコールは・・」

提督は即答した。

「もちろん自腹でお願いします」

「だよな」

うっかりOKと言えば高雄がここぞとばかりに飲む事を良く知ってる面々であった。

なにより、鳳翔の店のアルコール類は結構なお値段なので隠しようが無い。

そんな領収証を経理方に出せば、

 

「あら~、提督がアルコール?どんな会議だったの~?詳しく教えてくださいな~」

 

と、龍田が冷たい目をした白雪を従えて事情聴取にやってきて、あっという間にバレる。

今だって相当おまけしてもらっているのだ。

平和を自ら壊したくない。

 

提督室に戻ってきた時、提督は長門の変化に気づいた。

「あれ、長門。その指輪はどうしたの?」

長門は手を見た後、頷いた。

「あぁ、この指輪は先日深海棲艦から貰った奴だ」

「随分綺麗になったね」

「陸奥に預けてクリーニングしてもらったのだ」

「さすが陸奥さんだね」

「やったのは弥生らしいがな」

提督は長門の手を取りながらしげしげと見つめた。

「なんかあつらえたように長門の手にピッタリ収まってる感じがするね」

「そ、そうか?」

「うん。それにこれ、結構上等な石のような気がする」

「あぁ、陸奥も手放すなと言ってたな」

「良い物だって?」

「ええと・・色々言ってたので忘れてしまった」

「ちょっと気になるね。聞きたいな」

「今日の書類は大丈夫なのか?」

「大本営からは例の作戦書しか来てないし、大丈夫だよ」

長門は小さく肩をすくめた。

きっと他の鎮守府では出撃準備命令が出て走り回ってるのだろう。

今一つ、この鎮守府が現時点で超大規模作戦を展開中と言われても実感が無い。

 

「そうよ・・って、さっき説明したじゃない、姉さん」

「すまぬ、覚え切れなかった」

「もー」

頬を膨らませる陸奥に、提督が言った。

「あまりに綺麗で気になったんだよ。教えてくれないか?」

「良いわよ。その指輪は今では貴重な2つの石が付いてるの」

「どれかなあ」

「まずはこれ、ファンシーブルーダイヤモンドよ」

「え、これってアクアマリンじゃないの?」

「とんでもなくランクの高いダイヤよ。この1粒で1200万は下らないわ」

長門は金額を聞いて硬直したが、提督はふんふんと言っただけだった。

「で、対を成してるこの石はアレキサンドライトよ」

「エメラルドかと思ったよ」

陸奥はふふっと笑うと、弥生にカーテンを閉めるよう言った。

そして白熱電球を点けると、その下にリングをかざした。

「おお・・赤に変わった・・こんなにハッキリ変わるんだね」

「ハッキリ変わるほど高価なの。これも800万クラスね」

「リング部分もこの青色の波打つ線が綺麗だね」

「ラピスラズリを波状のリングにして、同じく波打たせたプラチナのリングで挟んである。物凄い加工精度よ」

「凝ってる割にはゴテゴテした印象がないね」

「デザイナーは相当なセンスの持ち主ね。当然依頼主は貴族や王様でしょうね」

「陸奥さん出来る?」

「自力では無理。出来上がったのを見た時は20枚くらい模写したわ」

「模写?」

「アイデアを自分の引き出しに入れるにはそれを見ながら模写するのが一番よ」

「なるほどね」

「姉さんが貰ったんじゃなければ私が買い取りたいところなんだけど」

「軽く2000万はするんだもんな」

「クリスティンなら3500くらいまで行くんじゃないかしら」

「ほう。長門良かったね・・・なーがと?」

提督が長門の目の前で手を振ったが、反応が無かった。

「気絶してたね」

陸奥は白熱電球を消しながら言った。

「そうみたいね。あ、弥生、カーテン開けてくれるかしら」

「解りました」

「ちょっと書類取ってくるから、長門見ててくれる?」

陸奥は首を傾げた。

「ここで仕事するの?」

「長門が目を覚ますまでね」

「背負っていけば良いじゃない」

「出来るけど、長門はそういう姿をあまり見せたがらないだろ?」

陸奥はくすっと笑った。

「そうね。姉さんは自分の弱さをさらけ出すの、上手くないわね」

「という訳で、行って来るよ」

パタン。

陸奥が上機嫌だと察した弥生が訊ねた。

「どう、されたんですか?」

「姉さんを解ってくれる旦那様で良かったなって、ね」

「そうですね・・姉妹を大事にしてもらえるって、嬉しい・・」

「ええ。だからよ」

陸奥は長門を見ながら微笑んだ。

 

 


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