艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(55)

陸奥の工房で書類を捌く提督の傍らで、長門はすやすやと眠っていた。

「そういえば、長門の寝顔見るの久しぶりだなあ」

提督が手を止めてポツリと呟くと、陸奥が宝石デザインのスケッチ作業から顔を上げた。

「あら、前はいつ見たのかしら?」

「ええとね・・あれは私の部屋で長門が狸寝入りしていた時だね」

あまりの意外さに、弥生はカッティング中の石を勢い余ってざっくり2つに割ってしまった。

「・・あっ」

聞き耳なんか立てるんじゃなかったと青くなる弥生をよそに、陸奥はがっつり食いついた。

「何で狸寝入りなんかしていたのかしら?」

「ええとね、多分陸奥さんのせいだよ?」

「なんでよ」

「私の傍で狸寝入りしてれば私からプロポーズされるとか何とか言わなかった?」

「あ」

「・・やっぱりそういう事言ったんだね?」

「引っかけたわね!?」

「だって長門が起きた後、「陸奥!全然だめじゃん!」みたいな事言ったしなぁ」

「・・あー」

「あれが最後かなあ」

「それ以来って事は、随分久しく見てないのね?」

「そもそも、それ以外はせいぜいうたた寝位しか見た事無いよ。それもかなり浅い」

「それはいつの事?」

「姫の島事案で島が突撃してくる前の夜とか」

「良く覚えてるわね」

「頭をゆすりながらこっくりこっくりしてるのが可愛かったんだよ」

「ふうん」

「そういや長門さんは寝相良い方なの?」

「別に普通だと思うけど?」

弥生は再びカッティングしていた石をパキンと割ってしまった。

だが、弥生はその事に気付いていなかった。

全神経を提督と陸奥の会話に集中していたからである。

寝相と言えば、提督は重要な秘密を保持している。

そう。我々睦月型姉妹の極めて重要な秘密。

墓まで持っていくと約束した秘密を・・まさか・・

弥生はそっと足元に置いてある酸素魚雷を見た。

いざとなれば・・止むを得ません。

だが、何気ないふりをしつつ悲壮な覚悟を決める弥生とは異なる方角に提督達の会話は進んでいった。

「陸奥は夢とか見る?」

「んー、たまに宝石のデザインで良いのが出来たーって夢を見るわね」

「そのデザインは覚えてるの?」

「いいえ、出来たーって喜んでる自分だけ見えるの」

「ほほう」

「だから、良いからその作った物を見せなさーいって叫んで目が覚めるわ」

「続きはCMの後でって感じね」

「むしろWebサイトでって感じね」

「そうか。夢じゃ見られないんだからな」

「ええ。次の日は気になっちゃってスケッチが進まないわ」

「デザインてどうやって思いつくの?」

「基本的にはテーマを決めて、馴染む単語とかイメージをあてはめていくわね」

「テーマって?」

提督達の会話の展開に安堵しつつ、手元の機械に視線を戻した弥生は2度見した。

み、磨いてた筈の石が、根元から綺麗さっぱりなくなってます・・

砥石で全部削ってしまったんです、ね・・

も、もう少し簡単な作業に切り替えることに、します。

参りました・・

陸奥は取り出したブローチを見ながら言った。

「例えばこの前の提督と姉さんのデートに貸したこのブローチは、気品ある淑女、ね」

「うんうん、確かにそういう雰囲気あったよ。上手い物だねえ」

陸奥が頬を染めた。

「これで商売してるしね」

「いや、宝石に疎い私でもそう感じるように作れるってのは素晴らしいと思うよ」

「あ、ありがと」

「ちなみに・・そのブローチって高いのかな?」

陸奥がニヤリと笑った。

「なーに?買ってくれるの?」

「無茶な額を言わなきゃね」

「どうしようかなあ・・クリスティンに出す予定なのよねー」

「その為に作ってるんだからそうだよね。でも人手に渡ると思うと寂しいなあ・・」

「そういえばそろそろ次回の発送が迫ってるわねー」

振り向いて、まだ1ヶ月先ですと言いかけた弥生に陸奥は片目を瞑って合図した。

そのまま弥生は提督を見て納得した。かなり本気で買う事を考えている。

弥生も陸奥と一緒に商売してきたので、客の本気度合いは見れば解る程度にはなっていたのである。

提督はしばらく沈黙した後に訊ねた。

「む、陸奥さん」

「はーい?」

「・・お幾らでしょうか?」

「弥生、開始価格幾らだっけ?」

弥生は陸奥の問いかけにおやっと思った。

こういう時はいつも、落札予定額は幾らかと問うのに。

「は、はい」

弥生はストックリストを開いて調べると

「ええと、85万スタート・・です」

提督が白目を剥いて唸った。

「うおぉおぉぉぉ・・」

陸奥は溜息を吐いた。

「ちなみにスタートは85万だけど、落札はそんな物じゃないわよ?」

「もっと上なの?」

「これなら大体290~320位でしょうね」

弥生が頷いた。

「いつもの雰囲気なら、それくらい・・もう少し上、かな?」

陸奥がハッタリではなく、最初から素直な額を言うのも珍しい。

いつもとは違うのだなと弥生は思った。

しかし、提督は手で顔を覆っていた。

「320だと・・最上のロケットに乗って月旅行する方がまだ現実的だ」

「原価だってそれなりにかかってるのよ。開始値は吹っかけてないわ」

「良い作品なのは認めるよ。だからこうして悩んでるんじゃないか・・」

提督はそっと長門を見た。

穏やかな顔をしてすやすやと眠っている。

たっぷり1分ほどギュッと目を瞑って考えた提督は、キリッとした顔で陸奥を見た。

「60回払いで良いですか?」

「いいけど、金利が高くつくわよ?」

「毎月の支払額考えたら120回とか無いかなって思う位なんだけど」

「10年!?」

陸奥はローン計算表を見ていたが、

「48回払いで行けるんじゃない?」

「あれ、私の計算がおかしいのかな。48回で毎回幾ら?」

「19574コインよ」

提督は少し考えた後、眉をひそめた。

「うん?開始値で良いの?」

陸奥は肩をすくめた。

「300貰うつもりなら開始値なんて言わないわよ」

「そ、そうか。月2万なら、まぁ・・」

ほっとする表情を見せる提督を前に、陸奥はニヤリと笑った。

「お義兄さん相手だから手加減しないと、ね」

提督が真っ赤になった。

「あ、あ、あのね」

「姉さんをお嫁さんにしてくれるんでしょ?」

提督は陸奥を見た。

陸奥は冗談めかして言ってるが、その目は真剣だった。

提督は深く頷いた。

「・・うん。そこは信用してくれ。結婚するなら長門しか居ないよ」

「ふーん」

反論しない陸奥を見て提督は頷いた。一応は納得してくれたようだ。

「じゃ、このカードでお願いします。48回払いで」

陸奥はカードを受け取りつつ、ブローチのケースを取り出した。

「いつでも良いけど、ちゃんと姉さんにプレゼントしてよ?」

「他に渡す相手居ないよ」

陸奥はくすっと笑った。

「・・そう。じゃあ弥生、悪いけど出品リストから外しておいて」

「はい」

「思わぬ大出費をしてしまったなあ」

ケースに入ったブローチを受け取ると、提督はポケットにしまった。

「・・ただ、長門と結婚するのはかなり大変な道だよ」

陸奥はカードを返しながら眉をひそめた。

「なんで?」

「長門を奥さんにするには、人間になってもらわないといけない」

「そうね」

「なら、誰を次の旗艦にする?あれほどの調整役を誰に任せる?」

「あ」

「さらに言うと、私は単身赴任はしたくない」

「妹としても姉さんが一人で家にいる絵図は可哀想だから勧めたくないわね」

「そうなると、奥さんになった長門をどうやってここに呼び寄せるか、だよ」

「あ」

「一番前例が無いんだよね・・司令官の家族同居ってのは」

 

そう。

艦娘と司令官のケッコンカッコカリまでは割と多いが、それ以上となると極端に減る。

元艦娘にせよ人間にせよ、妻を鎮守府に呼ぶなどと大本営に申請すれば

「聞かなかった事にするよ。疲れてるんだろ?」

と言われてしまう。

真面目に相談した司令官も居たが、諸々の規則と希望があまりにも添わない。

結局、司令官が艦娘と結婚する場合は連れだっての退任というのが定説になっていた。

 

 


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