艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

411 / 526
長門の場合(56)

 

陸奥は肩をすくめた。

「でも、提督が軍を去るとなったら鎮守府中が大騒ぎよ?」

「だよね・・」

「白星食品なんて世界中に顧客が居るから、そう簡単に店仕舞い出来ないわよ?」

「とはいえ、後任の司令官が現状を受け入れるとは到底思えないんだよね」

「深海棲艦に警護してもらう艦娘の漁船、なんてね・・」

「そのノリで言うと虎沼海運と取引してる加古と古鷹も・・」

「深海棲艦が営業部長やってる日向さんの基地も・・」

「・・もう一体どこから説明すれば良いんだろうって状態だろ?」

「そうね」

「付け加えて言うなら、長門と離れて暮らす位なら今の方が良い」

「でも、それも善し悪しよ?」

「年の差でしょ」

「ええ、そういう事。ますます開いちゃうから」

 

艦娘は基本的に、年を取るという概念が無い。

10年経っても20年経っても今日と同じ姿である。

解体等を経て人間になると、そこから時が動き出す。

一方で司令官達人間は普通に年を取っていく。

ゆえに、長い間艦娘として従事していると司令官との別れを何回も経験する事になる。

それが辛くて人間に戻ってしまう熟練艦娘も居るので、実は根の深い問題だったりする。

大本営の五十鈴などは達観しており、

「その時の旦那様を精一杯愛して沢山好きって言ってもらうわ!後悔しないようにね!」

と、脇目も振らずに中将と熱愛中である。

 

「でも私も、現時点で長門を迎えたとしても相当な年の差だよ」

「・・まぁね」

「下手すると可愛い一人娘と言ってもしっくりくるからね」

「そこまでじゃないでしょ?」

「んー、文月くらいの娘が居てもおかしくはないよ?」

文月と聞いて弥生が振り返った。

「えと、長門さんが奥様になったら、文月は、養子になれるんでしょうか・・」

提督は頷いた。

「構わないんだけど、事務方として雇い直さないと・・鎮守府が止まるね」

「あ」

陸奥が頷いた。

「もう姉さんと結婚する時に鎮守府ごと民営化した方が早いんじゃないかしら」

提督が首を振った。

「いや、我々が軍人か民間人かは深海棲艦にとって大きな差だよ」

「というと?」

「反撃出来ないと解ったら、今護衛についてくれてる子達も牙を剥くかもしれない」

「・・・」

「パワーバランス、だからね」

「となると・・」

「大本営と協議するけど、深海棲艦と関連のある商売は畳む算段をつけるしかないね」

「白星食品と基地はもろに直撃するわね」

「山田シュークリームも同じ理屈でほぼ不可能だろう」

「私達はどうかしら?」

「土地さえあれば皆で運んじゃえば良いさ。海に出る必要もないし」

「そう、か、そうね」

「加古達の商売は貿易へのダメージが大き過ぎるから存続させてもらえる・・かなあ」

「そうねえ」

「最上達の研究開発は・・後任の司令官次第だな」

「それを言ったら潮ちゃんの甘味処もそうよね」

「事務方、教育方、研究方、大鳳組もグレーだね」

「結局ここ全部じゃない」

「ごく普通の司令官がここに着任して、じゃあよろしくと言われたら卒倒するだろうよ」

陸奥が溜息を吐いた。

「姉さんが結婚するのは相当先になりそうね」

「あるいは・・」

「何?」

「私が余命いくばくも無くなるか、だね」

陸奥と弥生は息をのんだ。

もし提督が急逝したら、この鎮守府は大変な事になる。

提督は長門の頭を撫でながら、寂しそうに笑った。

「色々な糸が絡み合ってさ、どう解決したら良いか解らなくなるんだよね」

その時、ふっと長門が目を覚ました。

 

「なんだ、そんな事を悩んでいたのか?」

妙な雰囲気を察した長門は提督達からすっかり話を聞いた後、そう言った。

「簡単な問題じゃないよ、これ」

「簡単な事だぞ?」

提督が眉をひそめた。

「何で簡単なのさ?」

長門はうーんと言いながらカリカリと頭を掻いた後、

「では試しに、ビスマルクに話を聞きに行こう。陸奥達も来るか?」

戸惑いながらも陸奥と弥生は頷いた。

 

「あら提督、仕事辞めるの?」

社長室で人払いをしたビスマルクは、長門から話を聞いてそう答えた。

提督は肩をすくめた。

「いずれかは来る話だよ。今じゃないけどね」

ビスマルクは顎に手を当てると

「もし予定があるなら半年前に言ってくれれば助かるわね」

「半年前?」

「お店畳む前に挨拶回りとかしたいし」

提督と陸奥はビスマルクを見つめた。

「えっ?」

「えっ、て・・何よ?」

「畳むの?」

「当たり前じゃない」

ぽかんとする提督の横から陸奥が突っ込んだ。

「なんで?世界的にこれだけ有名な企業なのよ!?」

こくこくと頷く提督に対し、ビスマルクは軽く両手をあげた。

「提督以外こんな副業認めてくれる筈無いし、今更他の司令官に従うなんて真っ平よ」

提督が首を傾げた。

「んー?浜風はともかく、ビスマルクは別に私にその気はないだろう?」

「あぁ、別に恋愛感情じゃないわよ」

「じゃあどういう事?」

ビスマルクは困ったものだという風に目を閉じた。

「どうして他の事には鋭いのにこの辺だけ鈍いのかしらね」

「この辺て?」

「あのね」

「はい」

「艦娘と対話し、言い分を聞き、戦果より艦娘を大事にしてくれる司令官なんて皆無なの」

「・・まさか」

「私の元の司令官の口癖は国の為に命がけで戦って来い、だったもの」

「それは檄を飛ばすというか、戦意高揚の為じゃないの?」

「提督からそんな台詞聞いた事無いわよ?」

「言う必要が無いからね」

ビスマルクはふっと目を細めた。

「さらに言えば、元の鎮守府では月に1人は誰か沈んでたわよ」

提督が僅かに気色ばんだ。

「・・な・・に?」

ビスマルクは自らの両手をきゅっと結び、諭すように提督をじっと見つめた。

「提督」

「あ、ああ」

「それが普通なのよ。だって海は戦地なんですもの」

「・・」

「だから私達も、仲間の艦娘が沈む事について殊更に悲しまないようになってる」

「・・なってる?」

「艤装にそういう制御装置があるみたいね」

提督はずっと引っかかっていた事に、ようやく納得出来た気がした。

あの時。

北方海域で第1艦隊がほぼ壊滅し、大鳳達が沈んだ時。

とてつもない喪失感に苛まれた提督と違い、艦娘達は冷静だった。

だからこそ今日があるのだが、その温度差に提督は少なからず戸惑った。

何故、姉妹が、親友が沈んだ事にそこまで冷静でいられるのか。

同僚の兵士が死んだとしても、人間なら戦意を喪失するか、自暴自棄になるというのに。

黙りこんだ提督に、ビスマルクは優しく言葉を続けた。

「ええとね、提督。ここは色々な意味でありえないわ」

「ありえない、か」

「ええ。戦い以外の仕事を好きにさせてくれて、大事にされて、誰も死なない」

「・・」

「そんな奇跡を提督のおかげで楽しませてもらえた。だから、提督が去るなら去るわ」

「・・未練はないのか?」

「繰り返すけど、提督以外の司令官がこの奇跡を認めてくれる筈が無い」

「も、もしかしたら大本営が認めて」

ビスマルクは言いかける提督にひらひらと手を振った。

「私、無駄な苦労や分の無い賭けには手を出さないの。リ級時代の教訓」

「そんなに低いか・・し、しかしどこかでは」

「私だけじゃ不安なら・・そうね、加古ちゃんに聞いたら?」

「加古、か?」

「ええ。響ちゃんや川内ちゃんでも良いと思うわ。外から来た子に聞いて御覧なさいな」

提督が口を開きかけた、その時。

「失礼しま・・あ、お話し中でしたか」

書類を読みながら入ってきたのは浜風であった。

「表に入室禁止って札を下げておいたのだけど、見てなかったの?」

「すみません。出直します」

出て行こうとする浜風に、提督が声をかけた。

「あ、いや、浜風待ってくれ」

「え?」

ビスマルクが頷いた。

「あぁ、浜風もそうね。丁度良いわ」

浜風が首を傾げると、目元のメガネがするりとずれた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。