艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(57)

「提督が鎮守府を去るなら、ここに未練なんて1ミリも無いですよ?」

浜風はビスマルクを前にあっさり言い切った。

「ビ、ビスマルクが残るって言ってもかい?」

浜風が眉をひそめながらビスマルクに問いかけた。

「提督の居ない鎮守府に残るんですか?ボス」

「いいえ。残らないって言っても提督は信じてくれないの。会社に未練が無いのかって」

浜風はころころと笑い出した。

「あっ、あははっ!面白い事仰いますね提督!ははははっ!」

提督はそっと問いかけた。

「これだけ立派な会社にしたのに?」

浜風はくいっと眼鏡をあげながら笑った。

提督はその姿が、浜風が深海棲艦時代に人間に化けた姿と重なった気がした。

「提督」

「はい」

「先日、漁船が襲撃された時、我々は会社を畳む事を決める寸前でした」

「へっ!?」

「だって海で深海棲艦に漁船が襲われたのに、対策がないんですよ?」

「そ、そうだが」

「社員の命に比べたら会社の存続なんて二の次です」

「・・」

「今、私達が仕事してるのは、提督と長門さんの尽力があってこそです」

「・・」

「この工場をここに作れたのも、艦娘に戻ってなお続けられるのも、提督のおかげです」

「・・」

「第一、私がここに居るのは提督が居るからですよ?提督が居なくなるならついてきます」

「あー・・」

浜風はちょっと目線を逸らせると、

「その・・奥さんになれないのは解ってますけど、傍にいる位、良いじゃないですか」

「あ、あぁ、そう、だね・・何というか、すまん」

「だから迷わず会社を畳んで、皆に退職金払って解散します。そしてついてきます」

「そう、か」

「はい」

ガタリと提督は立ち上がると、

「二人とも、ありがとう。この話は今すぐって訳じゃないからね」

「出来れば閉店セールやりたいから半年くらい前に言ってね」

「あ!良いですね閉店セール!思いきり稼げそう!」

「でしょでしょ!」

「じゃ、じゃあ失礼するよ」

提督は小さく溜息を吐くと、長門達と共に白星食品を辞した。

一行の足は自然と加古の作業場に向かっていた。

 

「・・へ?辞めるの提督?」

「いや、もしもの話」

「ほうほう」

加古は提督と長門を交互に見た後にやりと笑い、

「いよいよ長門さんとご結婚で引退なのー?」

と言った。

提督は肩をすくめると

「話題の発端はそうだけど、皆の都合もあるからね」

加古は一瞬きょとんとした後ぷっと吹き出し、続いて腹を抱えて笑い出した。

「お、おい。何もおかしい事は無いだろう?」

ひとしきり笑い終えた加古は、涙を拭きながら答えた。

「て、提督が、艦娘の都合聞くなんて聞いた事ないよ。何の冗談?」

「冗談じゃないよ。私は」

真面目に返そうとする提督を加古は手で制した。

「ごめん。提督が真面目なのは解ってるんだけど、あまりにもおかしくてさ」

「おかしい?」

「だって、他の司令官は100%、全て自分の都合で身の処し方を決めるよ」

「・・」

「辞めたい時に勝手に辞めていく。私達には何も言わずにね」

「・・」

「更に言えば、私がこの仕事を続けたくても、新しい司令官がダメだと言えば終わり」

「・・まぁ、そうだね」

加古は右手をくるくると仕事場全体に向かって回した。

「ついでに言えばさ、こんな仕事認めてくれるの世界で提督だけだよ?賭けても良いよ」

「・・」

「艦娘が戦いに出ず、民間船直したり改造したり、その構想を練ってるんだよ?」

「加古がちゃんと考えたビジネスだから私は良いと判断したんだよ、それに」

加古は指一本で提督を再び制し、へらりとした表情を止め、すっと眉をひそめた。

「ちゃんと考えた考えないじゃない。艦娘に商売を許す司令官なんて居ないの」

「うーん・・あぁ、ありがとう古鷹」

古鷹が提督達にお茶を配り終えると、加古の隣に腰を下ろした。

加古は古鷹を見ながら言った。

「私は今も、寝る前、目が覚めたら全部夢だったってならないよねって不安に思う」

「・・」

「それくらい、ここはアタシにとっての楽園・・ううん、天国なんだよ」

「・・」

「前の司令官は、セオリーから手順を1つ前後させるだけで厳罰に処した人だった」

「・・」

「兵装も全部司令官が決め、いつ誰とどこに出撃するかも全部司令官が決めた」

「・・」

「逆らったら私は幽閉されたし、別の子は解体されたりしたよ」

「・・」

「でも、それは決して異常じゃない。私が聞いたここ以外の鎮守府は皆そうだった」

「・・」

「だからここに来て、古鷹があっけらかんと言った事全てが信じられなかった」

古鷹は肩をすくめた。

「でも、私の言った通りだったでしょ?」

「そうだね。未だに現実だって信じきれてないけど」

「・・」

「ここはあまりにも他の鎮守府と違い過ぎて、あまりにも艦娘に都合が良すぎたからね」

提督は寂しそうな視線で加古を見続けていた。

「別に、私は・・」

加古は提督に頷きながら言った。

「勿論提督はサボってないし、私達に迎合してもいない。提督の指導は間違ってない」

「そう、か」

「ただ、こんな形で保たれてる鎮守府があるって事は、恐らく他には秘匿されてるよ」

「なぜだ?」

「司令官に都合が悪すぎるよ。こんなに艦娘が勝手に動ける鎮守府はさ」

「・・」

「他の司令官はもっと、艦娘に言う事を聞かせたいと思ってる筈だし」

加古はふっと笑うと

「提督の言う通り、自分のプラン以上の結果を艦娘が勝手に出したら心配になるのさ」

「うーん」

「ま、提督が気に病む必要はないよ。少なくともアタシは提督に莫大な恩がある」

「恩?」

「そうだよ。着任以来今日までどれだけ好き勝手させてもらえたかは理解してる」

続けようとする加古を提督は遮った。

「好き勝手って、何も悪い事はしてないし世の役に立ってる。むしろ功績と言って良い」

加古がギヌロと提督に目を見開いた。

「だーから、そんな事言う司令官なんて提督しか居ないの。最後まで聞いてよ」

提督は両手を挙げた。

「OK。最後まで聞こう」

「ありがと。だからさ、提督が長門と結婚して引退したいならそれで良いんだよ」

「・・」

「誰かが文句言うならアタシが黙らせる。引き受けてもいいよ」

「いや、それは・・」

「それくらい恩を感じてるってこと。嫌がるだろうけど、提督の為に命張っても良いよ」

「間違いなく嫌だね。私の為に加古が命を落とすなんてあってはならない」

加古はふうと溜息をつき、古鷹はくすりと笑った。

「普通、こう言うと司令官達はそうかそうかって喜ぶもんなんだよ?」

「私には耐えられん」

「それはつまり、提督は私達を対等に見てるって事なんだよ」

「当たり前だ」

加古はズビシと提督を指差した。

「決定的な違いはそこ。他の司令官は艦娘を代えのある兵器としてしか見てない」

「・・」

「提督は同じ加古でも、私ともう1人を別の個体として見るっしょ?」

「記憶や思考方法が違うんだから当然だ。その違いを無視するなら人間だって変わらん」

「けど、司令官でそんな事まで気にしてる人は居ないんだよ」

「中将は違うと思うけどなあ・・」

「何万と居る司令官の中で数人がそう思っていてもゼロの誤差でしかないよ」

「そうか・・」

「てことで、アタシは虎沼さんに謝ってから仕事畳んで人間に戻り、提督の近くで暮らす」

「へ?」

「どうせ人間に戻ったって家族が居る訳じゃなし、恩師の近くで暮らすよ」

「恩師って・・あ、古鷹はどうする?」

古鷹は加古に向かってにっこり笑うと

「加古と一緒に、提督のお傍で暮らします」

「引退した私の近くで暮らしても、何もしてあげられる権力は無いよ?」

「別に権力の為に提督の近くに居たい訳じゃないですから。ね、加古?」

加古はニヤッと笑うと

「うん。提督の近くに居ると、絶対変な事が起きそうな気がする。毎日楽しそうじゃん」

提督は頭を抱えた。

「なんかそう言われるとそうなる気がするから言わないでくれる?」

「あはははっ。だって最上や夕張とかも行くでしょ。絶対あるね」

「なんで最上達が?」

「残る理由が無いじゃん」

「なんで?」

「他の司令官があんなに実験を認める訳無いっしょー」

「あ」

加古は椅子に座りなおすと、ジト目になって言った。

「あのさ提督、あれだけ艦娘達に好き放題自由にさせといてさー」

「・・」

「次の司令官からは厳しい軍隊生活になりますって言ったら、誰も残る訳無いっしょ?」

提督は頭を抱えた。

「ビスマルクが真っ平と言ったのはそういう事か。確かに軍隊としては甘かったかな・・」

加古はぽんぽんと提督の肩を叩いた。

「お父さんは娘達に超甘かったからねぇ。もう手遅れだと思うよ?」

加古の説明を聞いて、提督は唸りながら言った。

「だが、別に厳しくする理由も無かったからな・・成果は十分出てるんだし」

「提督辞めたら全員ついてくるんじゃない?」

「は?」

「あれだけデレッデレの加賀とか扶桑とかが残るなんて言う筈ないし」

「・・」

「言わないだけで提督の事慕ってる子達、結構多いよ?」

「・・」

「そういう気持ちが無くてもアタシみたいに面白さ期待してついてく子も居るだろうし」

「い、いや、さすがに全員て事は・・・」

「じゃあこの鎮守府の艦娘で、普通の鎮守府に行きた~いって話、聞いた事ある?」

提督が僅かな希望の目を長門に向けつつ聞いた。

「・・長門、聞いた事ない?」

長門は肩をすくめて首を振った。

「無いな。受講生なら変わった鎮守府だと言った者も居たが、批判では無かったし」

加古がとどめを刺した。

「当たり前じゃん。理不尽が一切なくて、平等で、自由にさせてくれるんだもん」

提督は手で額を押さえた。

なんか加古の言う事が現実になりそうな気がする。頭痛がしてきた。

提督は再び長門を見た。

「なぁ長門、この展開を予想してたの?」

長門はにこっと笑った。

「ついてくる所までは解らなかったが、提督の願いを邪魔する子は居ないと思ったな」

「なぜだ?」

「加古も言っていたが、我々は提督に恩義を感じているからな」

「うーん。でも私のせいで今出来ているやりたい事が出来なくなるのは可哀想だなあ」

加古と古鷹が再び笑い出したので、提督は頭を掻いた。

「何で笑うんだよー」

「もう本当に断言してあげる。絶対、全ての艦娘がお供するってさ」

「じゃあ皆の再就職先を考えないとなあ・・」

加古がこらえきれずに笑い出した。

「ぷっ・・あはははははっ!」

「おいおい、こっちは真剣に悩んでるというのに・・」

「あー面白い。自分が辞めるからついてくる艦娘の再就職先を心配する司令官なんてさ」

「頭痛くなってきたからそろそろ失礼するよ。邪魔したね」

「はいはーい」

去りかけた提督は、くるりと加古に向くと

「背中を押してくれて、ありがとう。おかげで吹っ切れそうだよ」

と言って、微笑みながら頭を下げた。

加古は提督が去るまで苦笑しながら手を振っていた。

ありゃあ、そこらじゅうに火種を撒いてるなあ、きっと。

いっそアタシも・・とか言ったら面白そうだなあ。やってみようかな。

古鷹が加古の目を覗き込んだ。

「ん?なに?」

「・・悪い事考えてる目だよ~?」

加古はぎくりとした。古鷹は怒ると怖いのだ。

 

 


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