艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(59)

程なく、最上達が現れた。

「提督、ボクに何か用?」

「看板ならちゃんと作ったわよ?」

夕張の台詞に、長門は答えた。

「うむ、読み易く良い看板だった。さすがだな」

「簡単過ぎて暇だったけどね」

提督がにっこり笑った。

「じゃあちょっと、骨のある案件を頼みたいんだけど」

「なんだい?」

「深海棲艦を艦娘や人間に戻す装置。オペレーター不要な奴を頼むよ」

提督室がしんと静まり返った。

「提督もアメリカンジョークを言うようになったのかい?」

静寂を破ったのは、それでもにこにこと笑っている最上だった。

だが、夕張は目を白黒させていた。

「ちょ!い、幾らなんでもそんな機械は」

提督は両手を上げて夕張の話を遮った。

「すまないが冗談ではないんだ。まずは話を聞いて欲しい」

 

提督は最上達に経緯を説明した。

「なるほどね。提督と長門が鎮守府を去るなら、僕も艦娘を辞めるね」

最上の隣で三隈も頷いた。

「私達が誰も居なくなっても深海棲艦に道を残す為、なのですね」

「そういう事だ」

夕張は頭を抱え込んだ。

「た、確かに睦月ちゃんと東雲ちゃんのデータは今も取ってるけど・・」

「何がネックなんだい、夕張さん?」

「ネックなんて数えきれないけど、最大のネックは組み合わせが多種類過ぎる事ね」

「というと?」

「例えば駆逐イ級から戻すのだって、艦娘の何にでもなる可能性がある」

「うん」

「そして深海棲艦の種類は駆逐艦から鬼姫まである。組み合わせが多すぎるのよ」

「深海棲艦側を艦種別にするとかは?」

「たとえば?」

「深海棲艦の駆逐艦はこの機械、軽巡ならあの機械、みたいに」

「あ、それなら投入側は限定されるのか・・そうねぇ」

提督は全員に目線を戻すと

「そんな感じで、実現に道筋をつけて欲しい。必ず」

最上が顎に手を当てながら言った。

「どれくらいのサイズまで許容されるのかな?」

「耐久性や具現化が優先だけど、少なくとも修繕ドック位にはなって欲しいね」

提督の答えに最上からの返事は無かった。

三隈が心配そうに最上を見たので、提督もつられて見た。

 

最上は微笑んでいた。

正確には、薄く笑っていたが、目は笑っていなかった。

 

「ふふっ・・提督、本当にヘビー級のオーダーをかけてくれたね」

提督は頷いた。

「解っているが、これは最上達でないと絶対に無理だ。最上、必要事項を言ってくれ」

「・・勧誘船の運用、停止するね」

「致し方ない」

「大鳳組、抜けるね」

「解った。伝えておく」

「夕張、借りるね」

「二人も本件に専従としよう。ちと影響が大きいか。長門、東雲と睦月を呼んでくれ」

「ああ」

二人が来る間、最上は眉間に皺をよせ、ブツブツ言いながら指をしきりに動かしていた。

長門がそっと三隈に尋ねると、

「最上さんは本気になると、あんな感じで顔つきが変わるんですよ」

と、にっこり笑った。

数分後、睦月達が入ってきた。

「どうしました提督~?」

「お邪魔・・します」

「東雲、睦月、忙しい所すまないね。まずは説明を聞いてくれるかい?」

 

「では私達は、基地から来る子の医療対応のみになる、という事ですね?」

「あとは小浜で看板を読んで、数名規模で来る子達の対応」

「おー」

「それと、最上達が困っていたら助けて欲しい」

「はい!」

睦月と東雲は話を聞いてにこにこし始めたので、提督は訊ねた。

「なんか嬉しそうだね?」

「御仕事は楽しかったんですけど、ペースがちょっときつかったんですにゃー」

「そう、か。これからは勧誘船の分だけ減るね」

「ほとんどが勧誘船対応でしたから、一気に楽になりますにゃー」

「連休も・・取れる」

心底喜ぶ二人を見て、提督は頭を下げながら

「そこまで苦労してたのか。すまなかったね・・その、温泉でも行くかい?」

だが、東雲がとてとてと提督の隣に来て、1点の曇りも無い真っ直ぐな瞳でこう言った。

「すき焼き!」

提督がよしよしと頭を撫でながら

「解った。じゃあ鳳翔の店に行こう。長門、予約が取れるか聞いてくれないか?」

「あぁ」

インカムで鳳翔と連絡を取っていた長門は、

「ちょ、ちょっと待て。折り返す」

というと、困ったという顔で提督を向き、

「今週だと今しか空いてないそうなのだが、どうする?」

「良いよ」

その時、夕張がにひゃりと笑った。

「一緒に行っちゃってもいいかしら?」

島風も加勢した。

「東雲組に電子カルテシステム作ってあげたもんね~」

そして二人で肩を組むと、

「食べたいなー」

提督は苦笑しつつ返した。

「まあ良い。景気付けとして皆で行くか。文月さん、会議費として認められるかな?」

文月は溜息を吐くと、

「ちょっと鳳翔さんとご相談しますー」

といい、インカムでぼそぼそと長い事話していたが、

「すき焼きのコース、9名分、予約しました。移動しましょうか」

と答えた。

大歓声と共に睦月達は出て行き、提督が支度するのを長門と文月が待った。

「・・文月も食べたかったんだね?」

文月は提督の問いに、真っ赤になってこくんと頷きながら言った。

「お会計は私の方で処理しておきますので」

提督はぴくんとなり、文月の方を向いた。

「ちょい待ち。まさか自腹切らないよね?」

「あ、ええと」

言いよどむ文月に提督は、

「一人幾ら?」

「4200コインです」

「会議費で出せるのは?」

「さ、3500コインです」

「じゃあ、これを持っていきなさい」

そういって1万コイン札を渡した。

「えっ!?お、お父さんに自腹切らせるのは」

「いいよ。全額払うよりは安いさ」

「でも・・」

「だって、文月が払う理由の方が無いでしょ」

提督は笑ったが、文月はじっと提督を見た後に言った。

「だって、お父さんだって頑張ってるのに、お父さんには、誰も奢らないじゃないですか」

提督は予想外の答えだったのできょとんとした。

「え?」

文月は次第に涙ぐみながら続けた。

「あたしは、お父さんがずっと頑張ってるのを見てます。だから・・」

「文月・・」

「た、たまには、たまには、わ、私達から、お父さんに、ありがとうって・・言いたいじゃないですか」

提督は膝を曲げて文月と目線を合わせると

「ありがとう、文月。その言葉で充分だ。嬉しかったよ」

「お、お父、さん。うっうっうっ」

文月はきゅっと提督に抱きつき、提督はわしわしと文月の頭を撫でた。

長門は二人を見ながら思った。

この二人は、本当に親子であるかのように深い所で繋がっている。

提督を常に立て、気にかけてきた文月と、慈しんできた提督。

きっと人間になった後も、この二人は仲良くやっていくだろう。

長門は微笑みながら、二人に言った。

「ところで、鳳翔の店で争奪戦が始まってしまうのではないか?」

はっとしたように顔を上げた二人は

「行きましょうお父さん!」

「肉は自分で育てないとね!」

「その通りですお父さん!」

「長門!ぼやぼやするな!いくぞ!」

長門は二人についていきながら苦笑した。

本当に・・似た者親子だな。

 

「カンパーイ!」

そう言いながらカチンとコップを重ねたが、中身はウーロン茶やサイダーである。

単純に、酒を所望する人がこの中には誰も居なかっただけである。

「今夜は何の会なんですか?」

野菜のカゴを手渡しながら、鳳翔は提督に聞いた。

「東雲組のお疲れさん会なんだよ。今まで頑張って艦娘化を引き受けてくれたからね」

睦月はカシャカシャと全速力で生卵を溶きつつ言った。

「明日からはうんと楽になるんですにゃー」

「あらあら、それならお肉、サービスしましょうね」

「やったー!」

「良いのかい、鳳翔さん?」

鳳翔はくすくす笑うと

「良い席が盛り上がるのは、嬉しいですから」

と言いながら戻っていった。

 

 


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