「もう全くもって、提督の推定通りなんだよ」
応接スペースに通された中将は、隣に座る五十鈴と顔を見合わせ、提督の話に肩をすくめた。
「私や事務官が提督の作戦について何度説明しても聞く耳を持たん」
雷は静かに茶を啜っていたが、ことりと湯飲みを机に戻すと、
「桶ちゃんは自分の中で方程式が出来上がると、他の見方が出来なくなるのよね」
五十鈴が頷いた。
「当たる事もあるんだけど、今回は大外れね」
提督が首を傾げた。
「桶やんは私をどう見ているんです?」
中将が答えた。
「犯罪に手を染めていると見ているよ。麻薬の密売とか、艦娘売買とか、反逆とか、な」
「はぁ?」
「今回の作戦が犯罪行為に都合が悪いから、あれこれ言って時間稼ぎをしてるに違いない、とな」
提督は頬杖をついた。
「桶やんも年取って勘が鈍りましたかね?」
「大将候補として軽率な発言は慎んで欲しかったのだがね」
雷がころころと笑った。
「桶ちゃんに大将は無理よ。器が小さすぎるわ」
「たった今、望みは絶たれましたね」
「いや、大将も含めて一致した意見だよ」
「そんなに上層部会で暴れたんですか?」
「よくそこまで仮想の想定の推論で人を黒と決め付けられるなと大将が呆れかえっておられたよ」
「桶やんの中では私は極悪犯罪者になってしまったんですね」
中将がそこでふっと笑った。
「ま、唯一、作戦に面と向かってNOと言ったからな」
文月がスカートの裾をぎゅっと握った。
「蹴っ飛ばし方が悪かったのでしょうか・・」
中将が首を振った。
「理由じゃなく、拒否されるとは一切想定してなかったのだろうよ」
雷がにこりと笑った。
「文月さん、貴方の回答は充分配慮した物だったわ。気に病む必要は無いわよ」
「名誉会長・・」
五十鈴が肩をすくめつつ言った。
「僕ちんが考えた作戦が素晴らしいのは決定的に明らか。それを否定するなんて犯罪的だ。そうだ、犯罪をしてるに違いない」
中将が頷いた。
「要約すればそういう理論だったな」
提督は目を瞑って首を振った。
「確かに自信満々というのが溢れ出ている書類でしたけど、余裕が無いのは本当なので」
五十鈴が口を開いた。
「まぁ、上層部会で桶ちゃんを一笑に付して終わっても良かったんだけど、確認も取らずに全否定するとちょっと可哀想でしょ?」
提督は苦笑した。
「もう桶やんは可哀想な人扱いなんですね」
「あの断定ぶりは他に言いようが無いわね。更迭も決まったし」
「早いですね」
「だから、最後のワガママくらい聞いてから作戦全体を中止にしましょうって事になったの」
「作戦中止ですか?!」
「皆がドン引きだったから大将が最終承認を保留したの。一応はあたし達の結果待ちだけど、否決前提の顔だったわね」
「うわぁ・・」
雷が再び茶を啜り、湯飲みに目線を落としながら言った。
「でね、到着するちょっと前にも見えたんだけど、山田シュークリームって何?」
五十鈴と中将はゆっくりと提督に視線を向けた。
長門はとっさに提督を見た。
龍田は納得したという風に頷いていた。
提督は組んだ両手に顎を置きつつ、机の木目を見て微笑んでいた。
桶やんの話は事実かもしれないが、手土産というか、懐柔する為の前ふりだ。
山田シュークリームの調査。それが主目的。
もしかすると、桶やんが衛星写真辺りで悪事の証拠として出した可能性もある。
大本営も知らなかったから説明に困ったのだろう。
だから、桶やんの言いがかりを名目として調べに来た。
そういう事か。
提督は顔の前で手を組んだまま、困ったという笑顔をした。
「さて、どこから説明したら良いでしょうかね」
五十鈴が静かに言った。
「私達は他の事に興味は無いから、2日間そのまま使って良いわ」
提督は時計を見た。良い頃合だ。
「そうなった背景を理解頂く為、幾つか説明が要ります。全てをお話しするより、実物をご覧頂くほうが早いでしょう」
雷がちらりと提督を見た。
「私達としてもその方が助かるわ」
「よし。ではまず、地下工場に行きましょうか」
「地下工場?」
提督は席を立ちながら答えた。
「ええ。大規模作戦の中枢です。すべてはここから始まります。龍田、警備システムの操作も行えるようにしてくれ」
「かしこまりました~」
「しょ、食堂の地下に深海棲艦向けのシュークリーム専用工場があるのか!?」
階段を下りながら中将はしきりに辺りを見回していた。
雷はくんくんと通路に漂う香りを嗅いでいた。
「良い匂いね~」
先を行く提督が振り向いた。
「あの工場で今作っています。試食されますか?」
「出来るの?」
「恐らく間に合うはずです・・・あ!高雄!」
提督が手を振ると、高雄がマスクを外しながら外に出てきた。
「提督、どうされ・・ちゅ、中将殿!五十鈴殿に・・あの、まさか」
「大本営の雷です。お邪魔してるわ!」
「大変失礼致しました。この工場の運営責任者の高雄です」
「気にしないで!それより、あの」
提督が継いだ。
「悪いけど、今、そこで出来上がったシュークリームを4個持って来て欲しい」
「すぐお持ちします!」
「先に、頂きますね」
提督は毒は無いと言うつもりでシュークリームにかぶりつこうとしたが、
「わぁ!まだあったかい!」
「んー!サクサクで美味しいわね~」
「クリームが!クリームがたまらんのう!」
信用されてるのは良い事なんだがと思いながら、提督は長門と目を合わせて苦笑した。
高雄が説明を継いだ。
「ここでは最大、1日で1万個作る事が出来ます」
中将は積み上がっているシュークリームを指差して言った。
「あれで1万個なのかね?」
「いえ、1度に作るのは2500個ずつです。希望者数に応じて調整します」
「今は大体、7500個で済むか、1万個作るか、どちらかですね」
高雄が工場の方をチラチラと見ているのに気づいた提督は声をかけた。
「ありがとう高雄、持ち場に戻っていいよ」
「すみません。これから搬送準備に入りますので失礼致します」
「うん」
提督はそのまま雷達をトロッコ駅に案内した。
「ここで製造したシュークリームを、このトロッコ列車に乗せて運びます」
「だいぶ先まで続いてるのかしら?先が見えないわね」
「後で線路を辿りますが、浜辺の所まで続いています」
「まぁ2500個となると運ぶのもしんどいな」
「その通りです。そしてこの先にあるのが、調理室です」
「調理室?」
「毎日、当番となった班が深海棲艦向けに500食分の食事を作るんです」
提督が指差した先の調理室からは、トマトの香りがしていた。
「今日のメニューは何だっけ?」
長門がリストを確認しつつ答えた。
「望月達の班で、イタリアンランチセット、だそうだ」
「ありがとう。ではご案内します」
調理室の前で手を振ると、調理器具を仕舞っていた菊月が出てきた。
「提督、視察か?」
「察しが良いね菊月さん。こちらは大本営の中将殿、五十鈴殿、そして雷殿だ」
「よろしくね!」
「ソロル鎮守府の菊月だ。お会い出来て嬉しく思う」
「今日のランチセット、ちょっとサンプルとして見たいんだけど」
「数食分は余剰がある。用意しよう。少し待っててくれ」
「ありがとう」
入口で菊月を待つ間、龍田がセキュリティシステムを説明していた。
「へぇ、この操作パネルにセンサーがあるのね!」
「はい。他に操作すべき物がありませんから、絶対ここに来ます」
「後は罠の真上に来た時点で」
「床を開いて落とし込めば終わりです~」
「・・この檻、随分良い匂いがしない?」
「ええ、換気扇の導風口なんですよ~」
五十鈴が眉をひそめた。
「なんでそんなところに檻を?」
「美味しそうな匂いだけ嗅がせてあげようと思いまして~」
雷が苦笑した。
「あー、真っ暗な中で空腹抱えて匂いだけ嗅いでろって事ね・・」
「そういうことです~」
「ギンバイしようって子には特に効果がありそうな刑罰ね」
「はい~」
説明を聞いた加賀はようやく納得した。
赤城の言っていた妄想地獄とはそういう事か。
赤城は檻に背を向けて震えている。思い出したくない体験だったのだろう。
加賀は赤城の背中を優しく撫でた。
龍田が檻を格納しおえた時、調理室のドアが開いた。
「待たせてすまなかった。これが今日のランチセットだ」