艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(66)

雷を前に、提督は説明を続けた。

「この配布所がパニックにならないよう、他海域の深海棲艦達には自分達が提供すると申し出てくれたのです」

「あの、ル級さんが?」

「ええ。ですから我々は工場で大量生産したり、配布する為のノウハウを教えた」

「・・・」

「結果、出来上がったのが、この海域の深海棲艦達が、海域外深海棲艦の為にシュークリームを製造する工場である」

雷はその先を継いだ。

「山田シュークリーム、なのね」

提督は頷いた。

「仰る通りです。ちなみに山のように作るから山田シュークリームなのだそうです」

「え?あの名前、提督がつけたんじゃないの?」

提督は苦笑した。

「何で私が」

「いや、どんな理由があるのかしらと聞こうと思ってたんだけど・・って!」

「はい?」

雷はある事に気がついて呆然とした。

「ちょっと待って・・それ、シャレって・・こと?」

「ええ。駄洒落以外の何者でもありませんね」

雷はがくりと頭を垂れた。

あの工場名は・・深海棲艦が考えた駄洒落・・

いったいどうやって上層部会に報告しろっていうのよ・・

いいえ、報告は出来るが、主人以外に誰が信じてくれるのだろう。

提督は腕をさすりながら言った。

「では、そろそろ冷えてきたので部屋に戻りましょうか」

中将は頷いた。

「そうしてくれ。頭痛が酷い」

 

提督棟に向かう間、雷はずっと腕を組んで考え事をしていた。

五十鈴はふらふらと歩く中将をずっと支えていた。

「さぁどうぞ、おかけください」

提督室で応接席に腰を落ち着けた雷は、ややあってから訊ねた。

「どうして、ル級はそこまでこの鎮守府を守ろうとするのかしら?」

提督は頷いていった。

「鳳翔と、摩耶のおかげです」

「というと?」

「私はヲ級と出会ったとき、カレーを喜んで食べる事に気がつきました」

「うん」

「そこで鳳翔がカレーを毎週作り、摩耶達が配った。悩み相談も受けました」

「ええ」

「長い間週1度ずつカレーを配った事で、食べたいと願う子達が住み着いた」

「・・多い割に友好的な深海棲艦しか居ないのは、そういうカラクリなのね」

「はい」

中将が呟いた。

「なぜ、他所から反抗的な勢力が来ないのだろう」

「先程のル級さんいわく、それなりの頻度で来ているそうです」

「ほう」

「ですが、追い返すか、仲間に引き入れてしまうのだ、と」

中将が幾らか生気を取り戻した顔で提督に言った。

「それではまるで・・鎮守府の警備員ではないか・・」

「見方を変えれば、食事を提供する代わりに鎮守府近海の治安維持をして頂いてるとも言えますね」

五十鈴が頭を抱えだした。

「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って」

「はい」

「治安維持を頼んだ先が隣の鎮守府の艦娘ってんなら解るわよ。なんで深海棲艦とそんな関係が結べるのよ・・」

「我々を滅ぼせば、週に1度のカレーが食べられなくなるからです」

「カレー・・恐ろしい威力ね」

「今では日替わりのメニューになりましたが、いずれにせよ深海棲艦達は味に飢えている」

「味?」

「自分達では調味料が手に入らない。だから塩味しかない」

「なるほど、カレー等、味付けされた食べ物は極めて貴重なのだな」

「はい」

雷は軽く頭を振った。

「中将じゃないけれど頭痛くなってくるわね。思考を自分の常識が邪魔するわ」

提督は頷いた。

「いえ、こんな短時間でここまでご理解頂けるとは思ってもみませんでした」

雷はへちゃりと机に伏して言った。

「私は深海棲艦との奇抜な事例は結構見てきた方だと思ってたのだけどね」

そしてくいっと頭だけ提督に向けると

「ここはあらゆる意味で常識が通じないわ」

「すみません」

「でも・・」

提督達は雷の次の言葉を待った。

「全ての鎮守府でここと同じ事が出来れば、戦争は終わるわね」

提督は頷いた。

「将来の状況を変える布石を打つ準備も、始めました」

「どういう事かしら?」

「山田シュークリームとは少し話がずれますが、よろしいですか?」

五十鈴が頷いた。

「良いわ。ちょっと気持ちを切り替えたいから」

「では、お話します」

 

「なっ!ちょ!だっ!だめよ提督!」

「・・はい?」

提督は前提である、長門と結婚し一緒に暮らす為に辞める予定である事を告げた時だった。

口をパクパク、目を白黒させて言葉にならない中将の代わりに、五十鈴が身を乗り出して発言したのである。

「なっ、何言ってるの!?提督が居なくなったらバランスが滅茶苦茶になるわよ?」

中将が辛うじて頷く事で意志を示した。

提督は寂しそうに目を伏せた。

「ですが、今のままでも私は年を取り、引退する日が来ます。長門も幸せにしてやりたいですし」

まだ言葉を足そうとする五十鈴に、雷は手を上げて制止した。

「続きが、あるんでしょう?」

「はい。これは前提です」

提督は深海棲艦を艦娘や人間に戻す機械を作ることについて説明した。

雷は頷いた。

「なるほどね。確かにそういう装置が鎮守府にあれば、戦うだけじゃなくて、他の対応が取れるわね」

「メンテナンスもありますから、無人島とかには置けないでしょうが」

中将がポツリと呟いた。

「絶望させない、か」

「はい」

雷はしばらく提督と長門を見ていたが、

「辞職するなら、完成させて、かつ、少なくともこの海域の子達は説得しておいて頂戴。荒れ狂った1万体を相手にしたくないわ」

と言った。

五十鈴はぎょっとしたように雷を見て言った。

「ちょ!み、認めるの!?」

「言ってる理屈は解るし、間違いでは無いわ」

「で、でも!」

雷は肩をすくめた。

「じゃあ五十鈴は提督をあの機械に放り込めとでも?」

「うっ」

提督が首を傾げた。

「あの機械、とは?」

雷はちらりと提督を見て言った。

「司令官の成長というか、老化を止める装置よ。要するに不老長寿。艦娘研究の副産物」

「要するに・・艦娘と永久に働けるってわけですね」

「そういう事。ただ、今はネズミで実験のレベルだし、あの881研究班が主導してるのよね」

加賀が顔をしかめた。

「881研究班・・年がら年中奇怪な実験してる変態連中ですよね?」

「せめてオカルトも対象範囲としている特殊な部隊といってあげて」

提督は肩をすくめた。

「なんというか・・永久に軍人というのは勘弁してほしいですね」

「ずっと若いままの長門と暮らせるわよ?」

「中将殿は実現したら処置を受けたいですか?」

中将がきょとんとして答えた。

「無論。五十鈴といつまでもイチャイチャ出来るからな!」

「清々しいほどの即断でしたね」

「完成をずっと待っておるからな」

「なるほど」

雷は肩をすくめた。

「まぁそっちは置いといて、帰るまでに報告書を書き起こすから内容確認してくれる?」

「もちろんです。お伝えしきれなかった必要事項があれば、見れば思い出すでしょう」

「そうね。じゃあこの応接セット、帰るまで借りて良いかしら?」

「解りました」

提督は言葉を区切った後、雷に訊ねた。

「ところで・・ありのままを報告されるのですか?」

雷は首を振った。

「出来る筈が無いでしょ。そんな事したら気が狂う司令官も出てきそうだもの」

「安心しました」

五十鈴は溜息をついた。

「まぁ、あれだけの深海棲艦を前にしていたら桶やんの作戦には参加出来ないわね」

提督は肩をすくめた。

「他にも、旧鎮守府で日向が基地を運用してるんですが・・3000体の深海棲艦と協力して」

雷がジト目になった。

「そうだったわね。ホントに良く過労死しないわね貴方達!」

「正直全く余裕がありません」

「充分解ったわ。その辺はちゃんと伝わるように書きましょう、五十鈴、中将」

「はい」

「主な報告事項をリストアップして、分担を決めましょ」

「はい」

提督は微笑んで頷いた。

以前、中将殿が五十鈴達を引き連れてきた時は完全にバカンスだった。

だが今回は、明らかに仕事モードである。

龍田達の緊張感も凄い。

雷が居るからだろうなと、提督はひとり納得した。

そしてこの分だと、地上組については触れる事はなさそうだと思った。

目を回しかけている中将等、既に手一杯の様子だからである。

 

そんな提督を、雷はちらりと見て目を閉じた。

 




すいません。
1ヶ所単語を間違えていたので直しました。

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