長門は専従班以外の面々を見渡し、目があった球磨に訊ねた。
「遠征とかでも困ってる事は無いか?」
「んー、強いて言えば飽きてきたクマ」
「まぁ、新しさを求めてするものじゃないからな・・」
「それくらいだクマ。バケツは竹セットのおかげで結構上手く行ってるクマ」
「響達が見つけた方法だったな」
「クマー」
「ふむ。では皆の方はこれで良いとして、次の話題に入る」
「提督の骨休めかクマー?」
「そうだ。誰か良い方法を思いつかぬか?」
天龍が口を開いた。
「提督ってさ、折に触れてはなんだかんだって奢ってくれるよな」
睦月が頷いた。
「この前もお疲れ様会を開いてくれましたにゃー」
天龍は頷いて続けた。
「でもさ、俺達が奢るって事、無いよな」
皆が思い出そうとしたので、一瞬会場がシーンと静まり返った。
「・・そういえば」
「ないわね」
「うん、あたしも記憶にない」
涼風が言った。
「それならさ、あたいらでなんか贈るってのはどう?」
五月雨が応じた。
「プレゼントとかって事?」
伊19が微笑んだ。
「皆で、ケーキ作るのも良いのね」
「料理作れる子も増えたし、持ち寄って祭りにするってのも良くないか~い?」
ふむと長門は考えた。
「そこまでは良い。だが、もう少し工夫したいな」
妙高が口を開いた。
「こちら以外の景色を見るのが気分転換になると仰ったんですよね」
「そうだ」
「教育方で少し考えていたのが、無人島でのオリエンテーリングなんです」
「ほう」
「あらかじめ危険の無い島を選んで、地図だけを頼りにゴールまで行くんです」
「オリエンテーリングをするのか?」
「いえ、その島で、皆で持ち寄った物でパーティをしてはどうかと思いまして」
赤城が頷いた。
「それなら提督も違う景色が見られますね」
「島はここから遠いのか?」
「低速型の方でも3時間あれば着けるかと」
「よし。他に案は無いか?」
皆が頷いたのを見て、長門は黒板に書き始めた。
「では、島で提督を祝う席を設ける為、何をするか、そして役割を決めていくぞ」
長門は意見を捌きながら思った。
提督よ、皆が一丸となって提督の為に動いているぞ。
この鎮守府に着任した時もそうであったが、規模が大きくなっても変わらない。
それは提督のやってきた事が正しいという事の証明だ。
楽しみにしていてくれ。
準備を始めてから数日後の朝。
長門が巡回で小浜に差し掛かった時、ル級から声をかけられた。
「長門、オーハヨーダヨー」
「うむ、おはよう。どうした?なにかあったか?」
「聞イタヨー、提督ノ祝賀会ヤルンダッテ?」
「・・どこから聞いた?」
「昨日ノ夕方、ココデダンスノ練習シテル子ガ居タカラ聞イタンダヨー」
長門は苦笑した。ダンスと言えば1人しかいない。
「舞風か?しょうがないな」
「提督ニハ内緒ナノ?」
「そうだ。骨休めをしてもらおうと思ってな」
「私達モナンカヤリタイナー、混ザッテ良イ?」
「祝ってくれるのか?」
「提督ニハ本当ニオ世話ニナッテルシー」
「そうか」
「ソレニ、私達ガ居タラ島ヲDMZニ出来ルヨー」
「なるほどな。皆武装はしていくが、最初から戦闘なぞ無い方が良い」
「・・良イカナー?」
「提督には内緒だぞ。秘密を守れるか?」
「頑張ルヨー」
「良いだろう。ではどういう形で参加する?」
「エエトネー」
その後、長門は朝食ギリギリまで小浜で話しこんでいた。
「・・ほう、教育班のオリエンテーリングに無人島ねえ」
提督は長門と妙高が提案した話を聞きながら、提示された資料を見ていた。
「良いね。鎮守府内オリエンテーリングだけだとちょっとマンネリ感があったからね」
「外洋で海図だけを頼りに航行する訓練にもなりますし」
「そうだね。いきなり外洋遠征じゃ可哀想だよね」
「という訳で、如何でしょうか」
「うーん、まぁ良いんだけど」
「はい」
「その島は安全なのかな?」
妙高はニコッと笑って頷いた。
「ええ、その辺は確認しています」
だが提督は、もじもじしながらこう言った。
「あーその、島を実際に歩いてみなくても、その、良いかなって、な」
提督が視察に乗り気だと見た長門は満を持して言った。
「そこなのだが、やはり視察は必要だと思う」
「うんうん、そうだよねそうだよね」
「提督の予定を見たが、明日と明後日は締切もないし、視察に出る時間もあろう」
「私も今朝気付いたがぽっかり空いてるね。まぁ大本営も休みたい人が多いのだろう」
もちろん事務方が調整を重ねて作り出した空白の2日間である。
「少し距離もあるし、折角だから泊りがけで行くのはどうだ?」
「泊まれるの?」
「テントでキャンプでも良かろう」
妙高が頷いた。
「毒のある生物は居ませんし、キャンプしても安全です」
「ほぅ、キャンプか。花火は毎年やってるけどキャンプは久しくしてないね」
「そうだな」
「うん・・予定もないね。なら視察に行こうよ。同行は長門と妙高の2人かな?」
「その予定だ」
提督はふふっと笑った。
「ん、よし。じゃあ明日を楽しみに今日を頑張るかね」
秘書艦の加賀が頷いた。
「仕事を残さぬよう、今日中に3日分きっちりやってしまいましょう」
「ん、ん、そうしよう。加賀、よろしく頼むよ」
「お任せください」
嬉しそうに微笑む提督を前に、長門達はそっと目配せをした。
翌朝。
「随分早くから出発するんだね。そんなに遠いのかい?」
「一応、全ての時間帯をご覧頂いた方が良いかと」
「そりゃそうだけど・・まだ日の出前だよ?」
「朝ご飯はあの舟に積んでおきましたので」
「は、早いね。まあ良いけどさ」
「舟は私が引っ張る」
「長門の曳航なら安心だね。よろしく頼むよ」
「じゃ、早速入ってくれ」
「慌しいね。まだ目が覚めきってないよ。ふわわわ・・」
提督をぐいぐいと曳航用の舟に押し込むと、長門と妙高は急いで出航した。
鎮守府の島全体が見える程の沖合いに出たところで、長門は海中に合図を送った。
すると、舟の死角となる位置にル級を始めとする数体の深海棲艦が浮上した。
無論、舟に仕掛けたDMZが本物であるという事を示し、無用な戦いを避ける為である。
なぜこのように朝早く出たか。
1つは艦娘達が既に誰も居ない事を提督に気付かれない為である。
食堂が開いておらず、人の声がしなくてもおかしくないのは夜明け頃しかない。
更に、提督がまだ寝惚けていれば判断力も鈍るし、深海棲艦の護衛も見つかりにくい。
「小さな船なのに全然揺れないね。動いてるのかなあ?」
提督は曳航される舟の中で、そっと障子窓を開けた。
窓ガラスの先の空は、出航前は濃紺色だったのに、いつの間にか朱色に染まっている。
「おぉ、暁の水平線か。そういえば海上からの眺めは久しく見てないなぁ」
提督が外を気にする時間、太陽との位置関係、窓から見える周囲の風景。
それらを事務方が全て厳密に計算して航路を決めていた。
更には前の日の晩、扶桑と山城が晴天祈願まで行う念の入れようである。
日がすっかり登るまでうっとりと眺めていた提督は、そっと朝食の蓋を開けた。
朝食は焼き鮭、海苔、ほうれん草のおひたし、それに大根おろしであった。
「ほうほう」
提督は目を細めた。全て好物で揃っていたからだ。
「今日は良い事あるかもね」
味噌汁の蓋を開け、お櫃からご飯をよそいながら提督は鼻歌を歌っていた。
長門達の一行は島を目指して静かに航行していった。