長門達の一行は1030時過ぎに島に到着した。
時間がかかったのは舟を揺らさないよう速度を落として進んだ為である。
波打ち際に敷設されていた杭に舟から伸ばしたロープを結わえると、提督は空を見た。
「んー、同じ海に囲まれた島でも空気が違うね。海の色もっ!」
提督がぎゅっと伸びをしながら言った言葉に対し、妙高が頷いた。
「海面に出ている島は小さいですが、かなり先まで遠浅なんです」
提督は海水をすくいながら言った。
「なるほど、浅いね。透明度は鎮守府の辺りと変わらないのかなあ」
「ええ。鎮守府の方も、かなり透き通った水色ですからね」
「いやー、今日のように天気が良ければ気分転換にもなると思う。これは良いよ!実に良い!」
何度も深呼吸する提督を見て、長門達はくすっと笑った。
気に入ってもらえたようで良かった。
「オリエンテーリングでは、こういった地図を渡します」
妙高から手渡された地図を見て、提督は頷いた。
「なるほど。白地図に近いんだね」
「ええ。あえて地形とチェックポイントだけにして、木々は書いてありません」
提督は地図と照らし合わせながら島の奥を見た。
「結構木々が生い茂ってるから、地形だけの地図とは違和感があるね」
「もちろん、そこが狙いです」
「そうだね。海図と実際の海域でのギャップも結構あるからね」
「ええ」
「色々自分達で書き込んで、図面と現実の差を理解する、か」
「仰るとおりです」
「良い勉強になりそうだね。さすが妙高だ」
妙高はくすっと笑って続けた。
「それでは、一部のチェックポイントまで、実際に歩いてみたいと思います」
そういって斜面を登り始める妙高に、少し離れてついていきながら提督は言った。
「おぉ、日頃の運動不足が露呈しそうだね」
長門が苦笑した。
「基礎体力訓練に参加しておけば良かったな、提督」
「朝は射撃訓練してるし、それに」
「なんだ?」
「皆との体力差はいかんともしがたいよ」
「訓練に参加しても、人間は提督1人だからな」
「そういう事」
「だったら私と一緒に巡回するか?」
「眠いから遠慮す・・おっと」
言った後で口に手を当てた提督を見て、長門はジト目になった。
「それが本音ではないのか?」
提督はすすっと視線を逸らした。
「さぁ何のことかな?」
長門は小さく溜息をついた。
「まったく」
昼前に最初のチェックポイントへ着いた時、提督は既に上着を脱いで息を切らせていた。
妙高からここがチェックポイントだと聞いた提督は平らな岩に腰掛け、息をつきながら言った。
「斜面は険しくは無いけど、結構距離があるね」
妙高は肩をすくめた。
「旧鎮守府で私達がやっていた山岳踏破訓練、覚えておいでですか?」
「早朝にやってたやつだろ?」
「ええ。今であれの半周分くらいです」
提督は思い出すような仕草をした。
「ん?ええと・・あれって確か」
「1セット3周です」
「・・たしか2セットやってなかった?」
「私達重巡と軽空母、正規空母はそうですね」
長門は肩をすくめた。
「戦艦は3セットで、軽巡以下は1セットだな」
「よくやったね皆。しかも自主的にだもんね・・」
「あの時は艦娘の数も少なくて、Lvも低かったですし」
長門が継いだ。
「今ほど独自の戦法ではなく、大本営のマニュアルに従ってたからな」
提督は肩をすくめた。
「あぁ、訓練に制限無しってやつか」
長門は頷いた。
「そういう事だ。だから幾つも自主的な訓練メニューを作っていた」
「そんなにやって、疲労骨折とか怪我はしてなかったの?」
長門は苦笑しながら答えた。
「今だから言えるが、小破手前の負傷は日常的だったな」
提督がジト目になった。
「・・今はそういう事はしてないだろうね?」
「していない。基礎体力訓練も鎮守府内をランニングするくらいだ」
「ええと、それは皆には軽いって事?」
「ウォーミングアップ程度だな。軽く動いた方が頭は冴える」
「それなら良い。効率よくLvを上げていく方が戦力は目に見えて上がるからね。変な根性論は無用だよ」
妙高が提督を見た。
「では次のポイントに移動してよろしいでしょうか?」
提督が苦笑した。
「えっと・・ポイントは幾つだっけ?」
「全体では20箇所ですが、今回行くのは次で終わりです」
提督は深呼吸すると、立ち上がった。
「・・・よし、お手柔らかに頼みます」
「ほー」
「ここは、静かですね」
「結構な高さだが、風も穏やかで絶景だな」
提督達が2つ目のチェックポイントに着いたのは夕方だった。
丁度太陽が西の海に沈むのを高台から望む形になったのである。
「長門が朝引っ張ってくれた時も、朝焼けが綺麗に見えてね」
「そうか」
「うん。海上から見る日の出は久しぶりで、とても素敵だった。ここの眺めも良いね」
「我々はよく海原から日の出日没を見ているがな」
「そうだね。皆が頑張ってくれるからこそ今日がある。ありがたい事だよ」
妙高が振り返った。
「そういえば、提督が指輪を贈った方は人間に戻ると伺いましたけど」
提督が苦笑した。
「・・あれなぁ」
「なにか問題でも?」
「いやね、大本営の雷さんとその話題をした最後にね、雷さんがさ」
「はい」
「司令官の不老長寿化装置が出来たら真っ先に放り込んでやるって呟いたわけですよ」
妙高が目を見張った。
「そんな装置があるんですか?」
「開発中なんだってさ」
「・・うわぁ」
「いや、装置を作ってるのが881研究班って事を差し引いてもだね」
「えっ!?途端に胡散臭くなりますよ?その話、本当なんですか?」
「なにせ881研究班だもんね・・」
「数字をそのまま読んでヤバイ研って言われてるのに・・」
「やってる事からしてそう呼ばれる事にフォローしようがないんだよね」
「完成したとか言って体の良い人体実験されそうな予感がするんですけど・・」
「なんかされそうだよね・・雷さんのあの目はやる気満々だったし」
「で、でも、もし失敗して提督が居なくなったら鎮守府は立ち行かなくなりますよ・・」
「うーん・・なぁ長門」
「なんだ?」
「もし私が881研究班の実験で失敗しちゃったとか言われたら・・」
長門がさらっと言った。
「最上のICBMを大本営に全弾打ち込んだ後、北方棲姫と共に攻め上る」
「・・あー」
「あぁ、伊19もSLCMを幾つか持ってるから、あれも打ち込むだろうな」
提督は水筒からごくりと水を飲んだ。
恐らく、長門達は今言った通りやる。そんな気がする。
更に言えば、長門達がやらなくても北方棲姫は独自に動く気がする。
ル級達はどうだろう?ちょっと解らないけれど。
・・人体実験で召集されないよう、この事を先に中将殿に言っておくか?
いやいや、そんな事を言ったら国賊扱いされる。
やっぱり言わないでおこう。
考え込む提督の傍で、長門はふむと考えた。
あの881研究班なんかの実験台になぞさせるものか。
丁度今夜は全員揃うし、話をしてみるか。なんと言って切り出すかな。
不気味な沈黙を破ったのは妙高の一言だった。
「では、今夜の宿泊場所に移動しましょう」
提督が膝をさすりながら聞いた。
「あ、ええと、ここから遠いのかな?」
「いえ、先程分岐した小道を下れば5分もかからず着きます」
「助かったよ。お腹も空いたし、日も沈んで暗くなってきたからね」
「お昼食べ損ねちゃいましたね。すみません」
「いやいや、私が遅かったから仕方ないよ」
妙高は食べ損ねた、と言ったがもちろん計画の内である。
「では、参りましょうか」
「うん、長門、行こうか」
提督は考え込む長門の前に手を差し出した。
ようやく気づいた長門はその手を取り、にこりと微笑んだ。