艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(82)

提督に落ち度は無いと言われ、不知火はおずおずと返した。

「そ、そうでしょうか・・」

「だって食事を運んだだけで叱られちゃあ、やってられないでしょ?」

「あ、あの、私が工廠を引き当てちゃったから・・」

「それ自体は別に悪い事じゃない。長門と龍田が命じたんだからね」

「は、はい」

「長門と龍田は監督者として、もう少し気を付けてね」

「はい」

「す、すまなかった」

「さて・・と・・・」

提督の視線を追った面々は、まだ焦げ臭い工廠を見た。

「・・・時に睦月さん」

「なんですにゃー?」

「・・まだ、使えると思う?」

ぎょっとした顔で睦月は提督を見返した。

「あれに入る気ですかにゃーん!?」

「・・・881研究班の装置に入る位ならね」

睦月が目を白黒させた。

「ちょ!ちょっと待ってくださいにゃーん。全体再点検しますにゃーん!」

「慌てなくて良いからね!別に直ちに今入らないといけない訳じゃないし」

その時、加賀が提督の横に立った。

「我々を御使いください。ただ眺めているのは性に合いません。手伝える事はある筈です」

「・・ん、そうか」

「はい」

「工廠長!東雲達を手伝ってくれ!」

「やーれやれ、わしらは文字通り年中無休じゃのう」

「照明を装備している者、工廠に向けて明かりをつけてくれ!」

古鷹を始めとする数名の明かりが工廠を照らし出す。

「睦月!東雲!資材は足りてるか?」

「屋根の修理用に鋼材がちょっと欲しいですにゃーん」

「島風、鎮守府往復にどれくらいかかる?」

「全速力出して良いなら1時間ちょっとかなあ」

「よし、許可する。加賀、夜間着艦は可能かい?」

「島風さんの護衛ですね。探照灯で飛行甲板を照らして頂ければ可能です」

「島風!鎮守府に帰り、補給後、輸送用ドラム缶に鋼材を入れて戻っておいで!」

「はーい!」

「護衛として加賀の航空隊をつける。敵勢力に注意せよ」

「解ったよー」

ル級が言った。

「コノ辺ハ私達ノ海域ダカラ、敵対スル深海棲艦ハ居ナイヨー」

「そりゃありがたい。じゃあ島風、敵勢力より流木とかに注意だね」

「はーい、じゃ、いってきまーす!」

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

「ん。気を付けてな。古鷹、帰投時の照明を頼む」

「加賀さんの飛行甲板を照らせば良いのですね?」

「そうだ」

「はい。では加賀さん、5分前に教えてください」

「解りました」

提督は睦月に声をかけた。

「鋼材が来るまでにも何かできるのかな?」

「屋根の修理以外は先行してやってしまいますにゃーん」

「睦月は小破しているから、怪我には十分注意し・・あれっ?」

「なんですにゃーん?」

「何で直ってるの?」

「さっき東雲ちゃんにちょいちょいと直してもらいましたけど?」

大きく頷く東雲を見て提督は苦笑した。

いつの間にか東雲の服の汚れも綺麗になっている。

絶対、普通の妖精の域を超えてるよ、東雲さん。

「あー、とにかく、また怪我しないようにね」

「今度は失敗しないのにゃーん」

「しっかり調べて、きます」

「うん、行ってらっしゃい」

 

こうして、3時間が過ぎた。

いつの間にか空には明るい満月が浮かんでいた。

月明かりに照らされ、砂浜や工廠は青白く神秘的な色に染まっていた。

「ふうーい、屋根もちゃんと修理出来ましたにゃーん」

「一仕事・・終えた」

二人はそう言いつつ工廠から出てくると、提督に

「出来たにゃーん」

「完璧」

と、報告したのである。

提督は二人の頭をわしわしと撫でた後、立ち上がり、一人で工廠に近づいて行った。

見上げる程大きな建造工廠は、3時間前と外見はほとんど変わってない。

提督は隅が焦げた「工廠」という看板をしばらく見上げていた。

睦月達が提督の傍にやってきて、ズボンの裾をつまんだ。

「・・ええと、睦月さん」

「なんですにゃーん?」

「作業受けた後、私も海に浮けるようになるの?」

「そういうのはリンクした艤装が受け持つ機能なので、提督には無いですにゃーん」

「あ、艤装は無いのね。じゃあ何が変わるの?」

「成長が止まるのと、工廠で怪我を直せるようになるって事ですにゃーん」

「疲れたら?」

「もちろん間宮さんのアイスで全快しますにゃーん」

「そういう事か。なるほどね」

二人の後ろに、そっと長門が近づき、心配そうに言った。

「あ、あの、提督の前に他の誰かで試さなくて大丈夫か?」

「どうですか睦月さん」

「確かに船魂からの艦娘化と、人魂の不老長寿化はちょっと違いますけど・・」

「うん」

「東雲ちゃんとなら何とかしますにゃーん」

提督は睦月と東雲を見た。

睦月と東雲はニカッと笑い返した。

提督はそんな二人を見て、ふふっと笑った。この二人なら信じてもいいだろう。

「・・・ん、じゃあやってみようか」

「万が一ダメなら普通の人間に戻しますにゃーん」

「そうしてくれ。猫とかにしないでくれよ?」

「提督を猫にするなんて無理があり過ぎますにゃーん」

「不老長寿化もかなり色々な法則無視してるけどね」

「そろそろ、始める」

「あ、ちょっと待って」

提督はそういうと長門に向き、長門の頬に手を当てながら言った。

「じゃ、行ってくるよ」

「・・成功を、祈ってるからな」

「うん。それなら安心だ」

行こうとする提督の手を長門はとっさに掴んだ。

どうしても、どうしても。

これが提督との最後の思い出になってしまったら、私はきっと生涯後悔するから。

びっくりして振り返った提督に、なおも長門は言葉をかけた。

「・・か、必ず帰って来てくれるな?約束だぞ?」

「あぁ、約束するよ」

「や、約束破ったら針千本飲ますからな!」

「解った。ちゃんと帰ってくるよ」

それでもなお、じっと提督を見つめる長門に、提督はにこりと笑って頷いた。

長門は唸りながら眉間に皺を寄せた後、提督にさっと近づいて口付けした。

突然の事だったので提督は目を見開いたが、長門は既に離れていた。

「・・おまじないだ」

提督はそっと、長門の手を1度だけ握った。

「ありがとう。行ってくるね」

月明かりでも赤くなってるのが解るものだと提督は苦笑しつつ、睦月達と入っていった。

長門は自分の手から消えていく提督の温もりのように、未来が儚く変わるのが怖かった。

本当に提督を装置に入れて良いのか。

今の幸せが一気に崩れてしまうのではないか。

提督が居なくなってしまうのではないか。

つま先から恐ろしい未来が這い登ってくるかのようで、長門は震えた。

だが、長門の肩を叩く手があった。

「姉さん」

「む、陸奥・・私は」

「祈りましょ。皆で」

長門は振り返った。

そこには艦娘も、ル級達も、皆が居た。

皆が優しく微笑みながら、長門を見ていた。

長門はそんな皆を見ながら、おずおずと言った。

「皆・・す、すまない。私一人では怖くて立ち向かえない。どうか、共に祈って欲しい」

皆がニッと笑い返した。

「長門さんに頼まれちゃ仕方ないねぇ」

「いっつもお願いしてたから、こういう時に借りを返さないとね!」

「私達モ精一杯応援シマスヨー」

さざ波のように広がる声を聞き、長門はふふっと笑うと、

「よし!皆で提督の不老長寿化の成功を祈ろうぞ!」

「おーう!」

 

 

そして迎えた、大晦日の夜。

 

「なぁ長門さん」

「なんだ、提督」

ここは鎮守府の提督室。

提督と長門はこたつに入って年越し蕎麦を食べていた。

大本営の休みに合わせて、12月30日から1月3日まではお休みとしている。

だが、提督は他に落ち着く場所もないしと、結局出て来ていた。

長門はそれに毎日付き合っていた。

もちろん、他の秘書艦達がニヤニヤ顔と共に、

「夫婦水入らずの時間があってもいいじゃない」

と言ったからである。

 

「良く考えたらさ、クリスマスの夜ってプレゼント貰える日じゃん」

「そういえば、そうだな」

「工廠があんな島で呼び出せたのも、改造工事が上手く行ったのも・・」

「提督が無事に我々の仲間入りを果たせたのも、神の贈り物かもしれないな」

 

そう。

あの夜。

提督の不老長寿化作業は多少時間がかかったが、30分弱で終了した。

装置から出てきた提督は、あまりの変化の無さに中止したのかと思った程だった。

「どこか痛いとか無いですかにゃーん?」

「どっこも。え?処置したの?」

東雲が頷いた。

「完璧に終わってます。変化は何も無いですか?」

「そういえば・・なんか体が軽くなった気がする」

睦月がニッと笑った。

「体脂肪は控えめに修正しておきました。サービスですにゃーん」

「ありがとうございます睦月様!」

東雲がジト目で言った。

「でも、食べ過ぎれば元通り・・気をつけてくださいね」

「頑張るよ」

そんな事を言いながら工廠を出た提督を待っていたのは、長門の熱い抱擁だった。

長門はぽろぽろと涙をこぼしながら次々と言葉をかけてきた。

「提督!終わったのか!無事か!幽霊では無いな!記憶はちゃんとあるな!」

長門の肩越しにニマニマ笑う皆と対峙する事になった提督はしどろもどろになった。

「ちょ、な、長門、み、皆の前!皆の前だって」

だが、その声を聞いた面々は一斉に後ろを向いた。

「えっ!?いや、そういう意味じゃないよ!なにその雑な対応!」

だが、長門はしっかりと提督を抱きしめたまま続けた。

「良かった・・良かった。私の旦那様。なあ睦月、上手く行ったのか?」

睦月はぐっと拳を突きだした。

「大成功ですにゃーん」

「ならばこれから、提督とずっと同じ時を歩めるのだな?」

「はい。大丈夫ですにゃーん」

「礼を言う・・礼を言うぞ睦月・・」

だが、提督は真っ赤になりながら言った。

「ちょ・・なが・・と・・苦しい・・です・・」

慌てて長門が離れたのも、カメラで一部始終を録画していた青葉が舌打ちしたのも。

翌日には報告を聞いた中将どころか大将までが装置に飛び込んだのも。

全て、今となっては笑い話である。

 

提督は蕎麦を食べ終え、箸を置きながら言った。

「神様の贈り物、か」

「あぁ。私はそう思っている」

「・・そうだね。サンタさんのプレゼントは別にあったしね」

長門が思い出すような仕草をした。

「他に・・何かあったか?」

提督はニコッと笑った。

「もちろん、長門の愛の篭ったキスだよ」

 

長門は真っ赤になって俯いた。

提督はそっと長門と肩を寄せ合った。

ラジオは新年の到来を告げていた。

 




長門編、そして3章終了でございます。
まずはこの長い話にお付き合い頂いた事に感謝致します。

82編にも渡り、途中で何度か長門が1回も出てこない回もあった訳ですが、皆様お分かりの通り、これは3章全体の締めでございます。
色々、このまま終わらせたくないという所に光を当てた結果です。

今年の3月4日に始まり、本日11月27日の投稿分までで書いた数が437話。
9ヶ月弱だから月に48話。1日1.5話ちょい。
うーん、どこまでも中途半端な数ですね。
年末どころか11月の終わりにそろえる訳でもなく、今日は週の終わりでもない木曜日、更に500話と言ったキリの良い数字でもないのは、いかにも私らしい半端感だなあと苦笑しています。
逆に言えば、書きたいだけ純粋に書きました。
揃える為の工作は一切していないという事です。

実は、ラストについては提督の死後、年老いた長門に語ってもらうという事も考えました。
しかし、穏やかなものであっても人の死に様というのは難しいのでございます。
それに、提督の死を思い出したら長門は泣くと思うから。締めがそれじゃ可哀想だなと。
ならば優しい未来を予感させる形のまま締める方が私らしいじゃないか。
そう思ったのが今回の結末です。
皆様は如何思われたでしょうか?
全体を振り返って印象に残った話とか、好きだった話とか、感想を頂けたら書いてきた甲斐があったなあと思いますので、ぜひお願いします。

なにはともあれ、皆様の激励によって始まった3章は、第1章や第2章を飲み込んで余りある話数まで成長し、ここに閉じる事となりました。

ちなみにこの後どうなるのと聞かれたら、何もプランはありません。
未定です。
ただ、もし私が再び筆を握るとしたら、きっとこの鎮守府の話を書くでしょう。
愛着はありますし。
書くとしたらという仮定の話ですよ?
かなりネタ切れ感が強いんですよ。
例えるなら、コメントがまさかの555件突破で短編をちょろっととか、評価がまさかの9突破で4章開始と言うレベルです。
いや、幾らなんでも無理でしょという喩えですよ?
オウンゴールフラグは建てないって2章の終わりで学びましたからね。
…た、建てませんよ?建てて…無いよね?

最後になりましたが、暖かいコメントを寄せて頂いた方々に、そして高い評価をつけて頂いた方に、厚くお礼申し上げます。

しんどい時、新着感想ありの知らせは本当に嬉しくて励みになりました。

それでは皆様、ありがとうございました。






…。
上を書いたのが昨日なんですが。
何気なく確認したら、評価9.03のコメント558…
いや、コメントはね、なんとなくクリアするかなとは思いました。
来週位に555達したら短編集考えないとな~とか、漠然と思ってました。
あぁ、もちろん評価9なんて無い無いHAHAHAと100%思ってました。


おほん。
あえて、あえて先に一言言わせてもらいます。

「一晩で達成なんて1ミリも予想してないよ!」

見事なビッグウェーブというか自爆フラグ達成しちゃったので、少なくとも短編集はなんとかしますよお代官様。

という訳で、執筆中フラグはそのままと致します。
や~、参った!完敗でございます。












ありがとうね。
めっさ嬉しかったです。
さて、どこをどう書こうかなあ…

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