隼鷹が入る時、戸口の前の子達がゴネずに譲ったのは、隼鷹が常連だからというだけではない。
隼鷹は引きが悪くなったと見るやスパッと手仕舞うので、譲った所で大して影響がないのである。
今日は15分足らずで10式戦車や歩兵用TOWなど、幾つかの陸軍装備を引き当てた。
これだけあれば1ヶ月は充分晩酌代が払える。
ふと寮の方を見ると、羽黒が足柄の手を取り、ゆっくりと歩いている。
隼鷹は二人に駆け寄った。
「おーい、羽黒ぉ!足柄ぁ!」
「あ、隼鷹さん。こんばんは」
「うーい・・ねぇ隼鷹、バイト今日に変わってたの~?」
「おう、アタシも飲み始めてからインカムで呼び出されて気が付いた」
「あーあ、折角予約してたのになぁ」
「もう酔ってたからな・・悪ぃけどキャンセルしといた」
「泥酔者禁止だもん、しょうがないわよぅ」
「また今度一緒に行こうぜ!」
足柄が思い出したように顔を上げた。
「あー、ねぇ隼鷹!」
「なんだよ?」
「あなた払い過ぎよぅ。なんで肴代全部持ったのよ~」
隼鷹がふいっと目線を逸らした。
「いやほら、一人だけバイト行く事になっちまったからさ」
「良いわよぅ、アタシが掲示板見てないからだし。ほら、1000コイン持ってきなさいよぅ」
財布を取り出そうとする足柄の手を隼鷹はそっと抑えた。
「じゃあ今度さ、多目に払ってくれれば良いって」
「うー?そぉ?」
「ほら、寒くなってきたから早く帰ろうぜ」
「むー、約束よ・・」
「あぁ、約束だ」
足柄を部屋まで送り届け、帰ろうとする隼鷹を羽黒が呼び止めた。
「あ、あの、隼鷹さん!」
「んー?」
「きっと、足柄姉さんは今夜の事を覚えてないと思うんです、だから、1000コイン・・」
隼鷹はニカッと笑った。
「解ってるし、だから言ったの。断ればさ、あげる要らないの押し問答になって羽黒が風邪引くだろ?」
「あ・・」
「だからハナからそのつもり。羽黒も早く寝ろよ!」
隼鷹はざっと片手を振りながら重巡寮を後にした。
羽黒は隼鷹の背中にぺこりと頭を下げた。
「やっほーぅ、タダイマ!」
「おっかえりぃ」
自室の部屋の扉を開けると、飛鷹は机に向かったまま答えた。
いつもの光景だ。
隼鷹は飛鷹の机の上をひょいと眺めた。
「あー、エンジンの整備かぁ」
「ごめんね、妖精もアタシも今ちょっと手が離せないのよ・・」
「解る解る。アタシも2機残ってるからやっちまうか」
ややあってから、飛鷹は眉をひそめて隼鷹の方を向いた。
「あれ?今日は飲んで来る~って言ってたじゃない」
「それがバイトの日程が今日にずれててさぁ。呼び出し食らっちまったのさ」
飛鷹が苦笑した。
「また?もう遅刻でも常連になってない?」
隼鷹はてへへと笑った。
「最近は行列待ちの子がサクッと譲ってくれるようになったぜ」
「威張れないわよ、それ」
「だな。さ、整備やっちまおうぜ!」
「そうね。終わらないと気持ち悪くて眠れないもの」
長距離航路の貨客船、橿原丸として元々魂を授かった隼鷹。同じく出雲丸として魂を授かった飛鷹。
二人は軍特有の、命の割り切りが苦手だった。
乗せる物や人を大切に運び、傷一つなく、怪我一つなく送り届ける。それが民間船の使命だからである。
特に隼鷹は、戦いで1機でも帰ってこないととても辛く、悲しい気持ちになる。
ふと散っていった妖精の事を思い出すと涙が浮かんだりする。
死が日常茶飯事の軍の中で、殊更に明るい雰囲気を求めるのはそういう理由だった。
だから提督の言う、誰一人沈めない、その為に備えよという戦略にいち早く賛意を示した。
そういう隼鷹の姿を見て、次第に飛鷹もそう思うようになった。
今も暇を見ては艦載機の整備に時間を割くのは、整備不良で命を落とすのは可哀想だという思いからである。
ゆえに、隼鷹、飛鷹と乗組員たる妖精達との絆は、まるで家族のように太く強いものだった。
戦いとなれば互いに不眠不休で、互いの無事を祈って力を尽くす。
周囲からは運の強さを羨ましがられる隼鷹だが、実はこの絆がもたらした成果の方が多いのである。
「この前整備しきれなかったのは、この・・2機だよな?」
隼鷹は格納庫から機体を取り出して呟くと、机の上に居た妖精達が大きく「○」とサインを出す。
「こいつから始めるか。何か違和感あった?左前輪・・あ、タイヤ欠けてるじゃん。変えようぜ」
妖精達と一緒に2機の整備を終えたのは、それから1時間ほど経った後だった。
隼鷹が部品類を格納庫に片付けていると、妖精達が話しかけてきた。
「ん?そうか。最近はあまり全機飛行させる事も無いよなぁ・・1度やっときたいのは確かだけどさ・・」
その時ふと、鳳翔の店で龍驤が言った事を思い出した。
あれ本当かな?一応飛鷹には言っとかないとな。
「なぁ飛鷹、龍驤の奴が誘ってきたんだけどさぁ」
本を読んでいた飛鷹は胡散臭そうな顔になった。
「なになに?また変な話?」
「にわかには信じられねぇんだけど、一応伝えとこうと思ってさ」
「乗るの?」
「んー、微妙。他に誰が噛むかだな」
「とりあえず聞かせてよ」
「あいよ」
翌日。
「昼になったから来たで!」
ガラリと隼鷹達の部屋の戸を勢いよく開けたのは龍驤であった。
途端に飛鷹がジト目になった。
「なに?あの怪しい話?」
龍驤はニヤリと笑った。
「それがそうでも無いんよ?ほれ、これ見てみ」
そう言って取り出したのは1枚の航空写真だったが、隼鷹達は釘付けになった。
「今朝撮影させてきたんや。ほぅれ、言った通りやろ~?」
「マジか」
「・・嘘みたい」
「翔鶴瑞鶴とちとちよは1枚噛んだで」
ちとちよはともかく、翔鶴姉妹が噛むのは珍しい。まぁこの写真があれば信じざるを得ないしな。
だが、それなら・・
隼鷹は龍驤に訊ねた。
「・・赤城は?」
「今日秘書艦なんやて。勿体ない言うてたわ」
隼鷹は合点が行った。この計画に赤城の影が見えないのが引っかかっていたのだ。
龍驤が続けた。
「でな、今日は赤城が秘書艦やん?」
「あぁ」
「せやから、外部活動許可もかーんたんに取れるんやで?」
飛鷹が眉間に皺を寄せた。
「・・赤城さんを抱き込んだわね?」
「ちょーっち分け前をはずむだけやで」
「提督は何て言ってるのよ?あとで大目玉なんて嫌よ?」
「アホか君ら。提督がOK言うんなら赤城抱き込む理由が無いやんか」
「えー」
「えーやなくて。どうする?乗るか?反るか?人数は足りてるから1300時から行くで」
隼鷹は少し考えたが、飛鷹に二言三言耳打ちした。
「なるほど。それなら良いわね」
「だろ?」
龍驤が眉をひそめた。
「なんやねんな」
「こっちの話。解った、乗るよ。じゃあ1300時に何持ってどこ行けばいい?」
「97艦攻16機と投網を4つ。武器は最低限。格納庫出来るだけ開けといてや。集合場所は砂浜やで」
「工廠側の港っていうか、小浜じゃなくてか?」
龍驤がチッチッチと指を振った。
「あっちは1400時まで深海棲艦がわんさかおるやんか。砂浜の方が誰も居らん」
「許可取っていくんだから良いじゃん」
「ごみごみした所を行ったら燃料食うてまうやんか。それに砂浜の方が方角的にちょっち近いんや」
「あっそう。ま、解ったよ」
「ほなパパッと許可取って砂浜行くから集まっといてや」
「はいよー」