艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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一と五(2)

 

翔鶴がじっと待っている事に耐え切れず、ついに瑞鶴は口を開いた。

「・・い、今までの私を、全部否定されたら、嫌なの」

消え入りそうなくらい小さな小さな声で、瑞鶴は言った。

「どうしてそう思うのですか?」

「か、加賀さんと私は、本当に考え方が逆で、加賀さんが歴戦の強者だから」

「今日、そう言われたのですか?」

「そこまで言ってない。挨拶から帰るまで5分もなかったから」

翔鶴は溜息を吐いた。

瑞鶴は仮定に基づき、実際を確かめずに防衛行動に走る癖がある。

「自分を全て否定されるのが怖くて、加賀さんが何も言う前からわざと喧嘩したんですね?」

「ぐ」

「良いですか、瑞鶴。あなたは実戦投入されている正規空母なのですよ」

「・・」

「提督の指示に従って数多の敵を撃破し、沢山の成果をあげて来たんです」

「・・」

「それは提督もご存じですし、褒めてもらった事も沢山あるではありませんか」

「そ、そうだけど・・」

「今回、私達に一航戦の方々がなぜ手ほどきしてると思いますか?」

「それは、自分達の方が格上だって解らせる為にわざと」

 

バン!

 

瑞鶴はびくりとして言葉を途中で止めた。

翔鶴がちゃぶ台を叩くのは最上級から2番目に怒っている時だからである。

ちなみに最上級になると平手打ちが飛んで来る。3番目は無期限のおやつ抜きである。

「・・瑞鶴、本当にそう思ってるんですか?」

瑞鶴はごくりと唾を飲んだ。

翔鶴の声色が低い。とても低い。

だめだ、どれだけ恥ずかしくても本当の事を言わねばもっと悪い結果になる。

「・・わ、解らない、です。加賀さんの、意図が」

翔鶴は一度深呼吸をした。

瑞鶴は上目遣いに姉を見ながら、非常に良くない状況が続いていると瑞鶴は悟った。

深呼吸しなければならない程怒ってる。

「今日、赤城さんは私に仰いました」

「・・はい」

「一航戦が退役を迎えた時、直系となる後継は貴方達しか居ないと」

瑞鶴は翔鶴を見た。

「だから、今自分達が知ってる事を全て伝える、その上で自分に合った答えを見つけて欲しいと」

瑞鶴は翔鶴の真っ直ぐな視線を受け止めきれず、目を逸らしながら言った。

「あ、赤城さんは、そう、かも、しれない、けど」

翔鶴は黙って加賀の残したテキストの最初のページを開き、瑞鶴に向けた。

「ここに全く同じ事が書いてあります。一航戦の方達を無意味に卑下するのは私が許しません」

「翔鶴姉ぇ・・」

「良いですか瑞鶴。貴方を馬鹿にする為だけにここまで手の込んだ書物を作ると思いますか?」

「・・」

翔鶴はテキストの1ヶ所を指差した。

「ここを御覧なさい」

瑞鶴は渋々目線を合わせた。

「貴方がより高みを目指す為に、ここから必要な物を補ってくださいとハッキリ書いてあります」

「・・」

翔鶴はぐっと身を乗り出し、瑞鶴の目を覗き込んだ。

「これでもまだ貴方は、加賀さんが貴方を馬鹿にする為にわざわざここに来たと言い張るのですか?」

瑞鶴はのけぞりつつ、涙目で翔鶴を見た。

もう四方八方囲まれている。自分の理屈は火の海に沈んだ。

ここは素直に白旗を上げないと余計こじれてしまう。

瑞鶴は蚊の鳴くような声で答えた。

「・・違います」

翔鶴はすくっと立ち上がると、瑞鶴を見下ろしながら言った。

「私はこれから、加賀さんと赤城さんに謝って、次回も来て頂くよう、とりなしてきます」

「しょ、翔鶴姉ぇ・・」

「本当は貴方が行く方が良いのですけど、困るでしょう?」

「うぅ」

「私が戻るまでの間、考えをまとめなさい。戻ったら聞きます。良いですね?」

 

パタン。

 

翔鶴が出て行った扉を見つめた後、瑞鶴はしょぼんと頭を垂れた。

ちゃぶ台の上には開かれたままのテキストがある。

瑞鶴は上目遣いにテキストを見て呟いた。

「・・本当に、本当かなあ」

にわかには信じられない。

あれだけ普段、目を合わせただけで苦虫を噛み潰したような表情をする加賀が・・

でも、テキストにはそう書いてある。

間違いなく加賀の筆跡だ。

瑞鶴はそっと、テキストの文字を目で追い始めた。

 

 

コンコンコン。

 

「はぁーい、どうぞー」

そうっと赤城達の部屋の引き戸を開けた翔鶴が最初に見たものは

「スネてなんかいません!」

と、涙目で部屋の隅に体育座りしている加賀と、溜息を吐いている赤城だった。

 

「本当に、本当に申し訳ありませんでした」

 

翔鶴は板の間にきちんと正座し、加賀に深々と頭を下げて謝っていた。

加賀は翔鶴が土下座したまま動かないので、バツの悪そうな視線を何度かチラチラと送った後、

「いえ、その、翔鶴さんは何も悪くないので・・あの、頭をあげてください」

「妹の不始末は姉の責任です。加賀さんがどれほどの思いであのテキストを執筆頂いたか」

加賀がぎくりとした顔になり、赤城が首を傾げた。

「テキスト?」

「あ、あわわわわ」

加賀は翔鶴に言うなとジェスチャーしたが、土下座したままの翔鶴が見える筈も無く。

「翔鶴さん、テキストってなんですか?」

翔鶴は頭を下げたまま訊ねた赤城に答えた。

「加賀さんが瑞鶴の為に、理論やノウハウを丁寧に記したテキストを作ってくださったのです」

途端に赤城がにやりと笑った。

「なぁんだ。やっぱりあの時隠した紙の束は瑞鶴さん向けのテキストだったんですね?」

加賀は真っ赤になって壁の方を向いてしまったので、赤城は翔鶴の手を取って言った。

「さぁさぁ、同じ正規空母同士、土下座なんて要りませんよ」

「で、ですが」

「それより、この後どうするかを話しませんか?」

翔鶴は赤城を見た。

赤城は翔鶴に微笑んだ。

加賀はちらりとその様子を見て溜息を吐いた。

ああいう関係だったら、本当に時間をかけて教えたい事が山ほどあるのに。

 

「・・すごい」

瑞鶴は翔鶴に言われた事をすっかり忘れ、夢中でテキストを読み続けていた。

あの時舵が空を切って敵の弾に追い込まれたのは、攻撃機がしくじったのは、敵が上手く避けたのは。

「・・そういう事だったんだ」

知らなかった。

全ては偶然ではなく、自分の行動が予測され、相手の都合の良いように追い込まれていたのだと。

もっと知りたい。もっと解りたい。もっと自分も強くなりたい。

もっと。もっと。もっと。

瑞鶴はペンを片手に次々とページをめくっていった。

 

壁に向かってむすっとした表情のまま座る加賀に向かって、赤城は声をかけた。

「で、加賀さんはいつまで壁の方を向いてるんですか?」

「・・」

「あ、あの」

翔鶴が再び謝ろうとするのを赤城は手で制した。

赤城には加賀が振り向くタイミングを逸して困っているのが良く解っていた。

そして今、更に謝られては完全にどうしようもなくなってしまう事も解っていた。

ゆえに赤城は涼しい顔でガタリと席を立った。

「そろそろ晩のおやつにしましょう。翔鶴さんも召し上がっていってくださいね」

「え?」

「今夜は加賀さんが取り寄せたチーズケーキなんですよ~」

加賀がピクリと肩を震わせた。

加賀はこのチーズケーキを月に何度も頼むくらい溺愛している。

「さぁて翔鶴さん、ちょっと運ぶの手伝ってくださいな~」

「え、あ、は、はい」

赤城について翔鶴が出て行った後、加賀はさささっとテーブルにもう1脚椅子を運んだ。

その椅子にちょこんと座って俯く。

あのチーズケーキだけは何があっても頂きます。

恥もへったくれもありません。

 

そして数分後。

 

ガラリ!

 

「わ、私も頂きま」

照れた顔で入口を見上げた加賀は凍りついた。

そこにはテキストとペンを手にした瑞鶴が呆然とした顔で立っていたのである。

 

「加賀さん、一緒に召し上がってくれるでしょうか」

翔鶴が不安そうに赤城に言うと、赤城はニッと笑って返した。

「加賀さんは時折、木に登って降りられなくなった子猫みたいになる事があるんです」

「え?」

「そういう時、手を伸ばしても怖がって掴んでくれないんです」

「・・」

「だから自分で降りられるように板を渡して、そっと離れておけば勝手に降りてきます」

「そ、そうなんですか」

「ええ」

翔鶴はにこりと微笑んで、ケーキを乗せた盆を持った。

「・・赤城さんは加賀さんを良くご存じなんですね」

赤城はティーポットとマグカップを手にして答えた。

「もちろん。命を預けるに足る、生涯最高の戦友ですからね」

 

 


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