艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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あの日、大本営で(3)

事務員から通信が入ったと知らされた大和は、詰めかけた群衆を振りきって通信室に逃げ込んだ。

「ごめんね長門、本当に感謝するわ」

大和はぜいぜいと息を切らしながら長門に言った。

「いきなり上官が居なくなった後の混乱は、嫌というほど解っている。酷そうだな」

「良きに計らえとも言えないしね・・あ、提督も脱走癖あったわね」

「最近は鳴りを潜めてるが、酷い時は年3回もあったからな」

「こんな日が3回もなんて冗談じゃないわ」

「その通りだ。1度秘書艦の気持ちになってみろという事で、させた事がある」

「提督が秘書艦の仕事を?」

「そうだ」

大和は想像しながら口を開いた。なんか良い展開が見えないんだけど。

「・・どうだった?」

長門は深い溜息の後に返した。

「これが酷い物でな。何にでも、「良いよ任せるよ」と言ったものでな」

「う、うわあ・・」

「天龍と球磨はここぞとばかりに1日中実弾演習するわ、空母達はボーキサイト食いまくるわ」

「酷いわね」

「1日で全ての資源が半減し、結局龍田と事務方が怒り狂って私も含めた全員が叱られた」

「どうしようもないわね」

「勿論元凶である提督には右ストレートを御見舞いしたがな」

「すごいわね」

「当然だ」

「・・で、提督は反省したの?」

「・・そんな事で反省してくれるなら、世界は天使で溢れてるだろうさ」

「それって皆死んでるって事?」

「・・あながち違うとも言い切れないところが何とも言えないな」

「死ななきゃ治らないってね。ところで大将達は姿は変わったの?」

「あぁ。一応五十鈴と雷に要望を聞いてな、出来る事はした」

「二人はどんなリクエストしたの?」

「簡単に言えば2枚目の若い男にしてくれと」

「無茶苦茶ね」

「睦月がある程度整形出来るとうっかり言ってしまってな」

「で?」

「本人の希望もあって、大将は少し若返らせた。本人より雷が喜んでたな」

「他には?」

「大将は鍛えておられたから、特にそれ以外はしていない」

「ふうん。中将は?」

「あーその、まずは体脂肪率を減らした」

「まぁ・・妥当ね。他には?」

「あとはその、髪の毛を、な」

「黒く染めたの?」

「増やした。主に頭頂部の辺りをな」

「日々櫛を見て溜息ついてたからねぇ・・で、増えたの?」

「ああ。自毛でふさふさだ」

「白髪で?」

「そうだ。後は少し顔の皺を減らしたぞ。五十鈴の看病の時に老け込んだらしいからな」

「ええ。あの時はご飯もロクに食べなかったから・・」

「そうか。まぁ出てきた時、五十鈴がキャーキャー言ってたからな。良かったんじゃないか?」

大和はちょっと想像した。少し痩せて、顔の皺が減って、髪がふさふさの中将・・

「・・悪くないかも」

「まぁ、後は実際に見てくれ。変化度合いは中将の方が断然多い」

「楽しみにしておくわ」

「到着時間を考えれば、あと1時間の内にはそっちに戻るだろう」

「良かった。それなら国賓のいらっしゃる晩さん会には出席してもらえそうね」

「あ、大和」

「なぁに?」

「その・・中将は余程の事が無い限り我々と同じ時を歩める」

「うん」

「だからその、五十鈴と話し合ってはどうだ?」

「え?」

「五十鈴は、人間はあっという間に亡くなってしまうから、生きてる間に目一杯愛すると言っていた」

大和はハッとした。

「・・そう、だったんだ」

「だから、心配が無くなった以上、その、大和とも付き合っても、良いのではないかとな」

大和は悲しげに笑った。

「どうかなあ。中将が私の気持ちに気付いてるとは思えないし、ね」

「大和」

「んー?」

「わ、私の場合はな」

「うん」

「て、提督が、ずっとちょっかいを出してくれたから、いつの間にか言えた」

「・・そっか」

「だが、大和の状況がそうでないとしても・・大和には、笑顔が似合う」

「・・」

「そ、その、あれだ。言うのは一時の恥というではないか」

「聞くのは、でしょ」

「う、そうだったか?」

大和はくすっと笑った。

あの不器用な長門が一生懸命後押ししてくれるなんて。

「ねぇ長門」

「なんだ?」

「提督が旦那様になったら、楽しかった?」

しばらく無線機が沈黙した後、

「・・あぁ。今まで生きていて良かった。これほど幸せな日々は無いぞ」

「きゃぁーっ、臆面も無く言うようになったわね長門!」

「き、聞いたのは大和ではないか!」

「あはははっ!」

大和はひとしきり笑った後、

「・・・解ったわよ。それほど長門が言うなら、当たって砕けてみるわ」

「いつか結果を知らせてくれ」

・・よし、ダメでもともと。言うだけ言ってみよう!

通信機のスイッチを切った大和は席を立った。

そして大和が中将の部屋に戻った後、程なくして帰航の知らせが入ったのである。

 

「大和、ごめんなさいね。長門にやんわり叱られちゃったわ」

大将と中将の周りには書類を手にした黒山の人だかりが出来ている。

執務室には到底入りきらないので、会議室を臨時の執務室にしていた。

二人の間で五十鈴は夕雲達を上手に指揮しつつ仕事を捌いている。

そんな様子を雷と大和は少し離れた所で眺めていた。

「雷様が、長門に、ですか?」

「あら、あたしは正しい事を言うのなら誰の話でもちゃんと聞くわよ?」

「いえ、そういう意味では」

「ふふ。意地悪言っちゃったわね。とにかく、大和が大変だろうから考えてやってくれと」

「そう、でしたか」

「大変だった?」

「・・はい」

「主人も、中将も、飄々としてるようで毎日大変なのよ」

「そうですね」

「・・ところで、長門はこうも言ってたんだけど」

「え?」

「大和と中将の仲を取り持ってやってくれって」

大和は真っ赤になって俯いた。そんな事まで頼んでたのか!

「え、あ、うぅぅ」

「・・今も好きなのね。よく解ったわ」

「五十鈴さんと中将の恋話は、ここではもう、伝説みたいになっていて」

「そうね」

「だから、その、そんな所に私もなんて、言えなかったんです」

「そっか。まぁ、余計な事を言う人も居るかもね」

「仲を引き裂くつもりかとか、邪魔するのかとか、そんな事を言われないかなって、怖くて」

「うーん・・」

雷は腕を組んだが、

「これだけの大人数が働いてる以上、何をしても誰かは陰口を叩くわよ」

「・・そうですね」

「まずは中将の気持ちを確かめないといけないわね。とっとと片付けるわよ」

「へ?」

「こんな事百年悩んでても片付かないし、今日はチャンスよ」

「え、あ」

「間もなく業務終了時間だから、その後ね。大将と私も立ち会うわ」

「で、でも、あれだけ群衆が居るのに」

雷はニヤリと笑った。

「何の為に五十鈴に全部任せたと思ってるのよ」

「え?」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

終業の本鈴が鳴った途端、ぞろぞろと群衆が帰り出した。

そして本鈴が鳴り終わった後には2人ほどになり、それぞれ

「すみません。時間外までお願いしてしまって」

と、何度も頭を下げて出て行ったのである。

大和はそこに残る五十鈴達を見てぞくりとした。

中将と大将の後ろで、全員が凄まじい殺気を放っている。

笑顔なのに!

雷はそっと呟いた。

「五十鈴は終業時間までは有能で親切だけど、それは中将と定時後にイチャイチャしたいから」

「皆解ってるから、終業の鐘が鳴ったら諦めて撤退してくれるわ」

大和は答えた。

「そ、そんな人に挑むんですね・・」

雷は微笑んだ。

「あら、恋は戦争よ。昔から言うじゃない。さ、いくわよ」

 

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。

 

青ざめた中将を前に、大和もガタガタと震えていた。

中将への一世一代の告白を、全て言い終えた。

だが。

大和はその事を少し、いや、かなり後悔していた。

何故なら今、かつて自分が沈んた時よりもはるかに怖い時を味わっていたからである。

もちろん艦娘として生を授かってからの間で一番恐ろしい時間だ。

鬼姫との遭遇なんてこれに比べればどうという事は無い。

まだこの場に、雷と大将が居る事がせめてもの救いだった。

 

そう。

眉を寄せ、

腕組みをして、

氷のように冷たい目で、

苦虫を噛み潰したような顔で、

仁王立ちして自分を睨みつける五十鈴が怖いのである。

 

 


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