艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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あの日、大本営で(4)

1人で部屋の温度を氷点下にしていく五十鈴。

雷は苦笑しながら言った。

「ねぇ五十鈴、そんなに睨んだら話も進まないわよ?」

殺意に満ちた五十鈴にこれだけ砕けた口調で話せるのは、さすが雷という所である。

「うるさいわね・・私のダーリンにちょっかい出そうってのよ?」

「あら、五十鈴も意外と小さいのね」

「貴方が私なら?」

雷はにこっと笑った。

「決まってるじゃない。こんな状況作らないわよ。そんな人は、最初から居ないの」

五十鈴はジト目で雷を見た。

「先に粛清するって事?それ、もっと酷いじゃない」

大将はふと、着任した後いつの間にか見かけなくなった艦娘達を思い出した。

ま、まさか・・

「とにかく、今日は五十鈴の話だから私は気楽よ!」

五十鈴が雷をちらりと見た。

「こんなに長い事一緒に戦った仲なんだから助太刀してくれたって良いじゃない!」

雷は目を丸くして聞き返した。

「えっ・・へぇ、そう。助太刀が欲しいの?」

途端に五十鈴が渋い顔になった。

「う、あ」

雷がニヤリと笑った。

「歴戦の強者で大本営で最も戦略家と言われる五十鈴が、恋話で助太刀が要るの?」

「ぐ」

「へーへー、次回の龍田会で報告しようっと。へー」

五十鈴が一気にうろたえた顔になった。

「や、やめてよ!それはカンベンして!」

雷はにふんと笑いながら上目遣いに五十鈴を見上げた。

「・・助太刀要る?」

「い、要ら・・ない・・わよ」

「そうよねえ、天下の五十鈴さんだもんねぇ」

明らかに助太刀して欲しそうな顔だったが、こう言われてはぐうの音も出ない。

「う、ううう」

雷はにこっと笑った。

「じゃあ私は大和の助太刀に回るわね」

そりゃ無いだろと目を剥いて絶句した五十鈴を見て大将は思った。

さすが龍田会名誉会長。謀略で右に出る者は居ない。ほんと、愛する妻で良かった。

敵だったらとうの昔に大本営は火の海に沈んでただろう。

「ちょ・・それ・・」

「ちょっと義理があってね。ごめんね!」

あっさり、しかも軽く謝られた五十鈴は途端にしゅーんとなった。

もうこの時点で五十鈴の負け戦確定である。

だが、中将はそんな五十鈴に声をかけた。

「昔、提督が言った事を思い出したよ」

「・・え?」

「これから数名に指輪を渡し、彼女達も慈しむけれど、正妻は絶対に長門一人だと、な」

「あ・・」

「五十鈴。わしは今まで、大和がこんなにも想ってくれているとは知らなかった」

「・・」

「大和はとても立派な艦だ。武蔵と並ぶ、日本を守る最後の砦であり、その名に恥じぬ素晴らしい子だ」

「・・」

「だからわしなど気にしていないだろうと思っておった。もっと良い男を探すだろうとな」

「・・」

「五十鈴に告白した時もダメだと思ったが、五十鈴をこの世に連れ戻すという思いで必死だったのでな」

「ダーリン・・」

「五十鈴が認めてくれて、こんなにも毎日楽しく過ごせて、わしは本当に幸せだ」

「・・」

「だからこそ、五十鈴は絶対に正妻で、これは生涯変わらない。約束する」

「・・」

「ただ、自分もやったから、ここまで面と向かって言うのは本当に勇気が要ると解る」

「・・」

「そして、五十鈴がしてくれたから、仲良く生きていくのは、こんなにも元気が出ると知った」

「・・」

「ケッコンカッコカリは戦闘力強化の為だと881研究班は言うが、そんな事はどうでも良い」

「・・」

「私がこんなにも楽しいように、私を想ってくれた大和にも、楽しく毎日を過ごして欲しい」

「・・」

「五十鈴。今までのように24時間365日一緒とは行かなくなるが・・」

雷は頬を掻いた。

そこまでべったり引っ付いていたのか。寝るのも一緒っぽいわね。

大将はちらりと雷を見た。

二人のようにもっとずっと一緒に居たいと言ったらひっぱたかれるだろうか。

「・・」

「五十鈴、大和ともケッコンカッコカリをする事を、許して欲しい」

五十鈴は頬を赤らめながら、

「・・せ、正妻の、特権は?」

「わしの部屋に入れるのは五十鈴だけだ。これは今後も変えない」

「御仕事中は?秘書艦は?」

「1日おき・・か?」

「・・私3日、大和1日」

雷がニヤリと笑った。

「独占欲強いわねぇ」

五十鈴が真っ赤になりながら叫んだ。

「だっ!だって!だってダーリンの事が大好きなんだもん!」

大将はぽっと赤くなって俯いた。そんなセリフを雷に言って欲しいものだ・・

だが、案外その願いは早く叶った。

「あら、私だって私に命じる事が出来るのは愛する主人一人だけよ?」

そう言いつつぽんと大将の肩に頭を預ける雷。

大将はぎゅっと雷を抱きしめた。

「ちょっ・・んもう、しょうがない人ね」

大和は真っ赤になる五十鈴や、抱き合う雷と大将を見てぞくりとした。

なにか大変な秘密をぞろぞろ見聞きしてる気がする。この後消されるのかしら?

中将がおほんと咳払いすると、

「五十鈴2日、大和1日、で、どうかの?」

五十鈴が上目遣いに中将を見た。

「・・ば、晩御飯は毎日一緒に食べてくれる?」

「うむ。五十鈴の手料理をな」

大将は中将の方を向いた。

「ほう、中将も手料理の晩御飯を食べられるようになったか」

「五十鈴の晩御飯は美味しいですよ」

「そうか。それは良かったな」

大将の腕の間からひょこっと顔を覗かせた雷は、五十鈴に

「それで良いんじゃない?それならそんな変わらないわよ」

と言ったので、五十鈴は不承不承頷いた。

大和はがくりと肩から力が抜けた。良かった。私まだ生きてる。

明日の朝日を拝めるかは解らないけれど。

「や、大和」

声をかけられたので、大和は中将を見た。

「はい」

「・・ありがとう。気付いてやれなくて、すまなんだな」

「・・はい」

「指輪は明日一番で手配するから、少しだけ待ってくれるか?」

「ええ。御待ちします。信じてます」

五十鈴が中将の背後に回り、ぎゅむっと抱き付きながら、

「ダーリンを困らせたら承知しないんだからね!」

と言ったので、大和は

「私の身も心も、もう中将のものですから」

と言って微笑んだ。

雷はくすくす笑った。

「あら、大和の方が正妻っぽいわね」

「んなっ?」

「旦那さんを困らせる女は見捨てられるわよ?」

しゅんとした五十鈴は横からそっと中将を覗き込んだ。

「ダーリン・・」

「だっ、大丈夫だよハニー」

「・・ほんと?」

「本当だとも」

大和はふと、雷が自分を見ているのに気付いた。

そっと視線をかわすと、雷はちょこっと首を傾げた。

大和は目を瞑ってぺこりと頭を下げた。

雷はそれをみてにこりと笑うと、

「じゃ!五十鈴・五十鈴・大和って順番で秘書艦やるのね!了解したわ!」

と言い、五十鈴も小さく頷いた。

「じゃ、今日の仕事終わり。解散しましょ」

「ん。皆、お疲れ」

 

ガタリ。

 

皆が大将の声に応じ、ほっとしつつぞろぞろと戸口に向かう中。

「中将っ!」

呼び声に振り向いた中将に、大和はぎゅむっと抱き付いた。

「んお!?」

そしてそのまま、唇に吸い付いた。

ありったけの想いを込めて。

 

大和が唇を離すまでの時間は30秒程の事だった。

だが、その時の五十鈴の様子を、のちに雷がぽろりと漏らした言葉によれば、

「鬼姫になる2秒前って感じだったわね」

そして続けて

「大和もあの根性があれば五十鈴と戦えるなって安心したわよ?」

と、ニヤリと笑ったのである。

 

そして今日に至る。

大和はゆっくりと、目を開けた。

あの日の事はこうして、今でも鮮明に思い出せる。

口付けをした時、最初は驚いていた中将が最後にはそっと頭を撫でてくれた事も。

全身が震えるほど嬉しくて嬉しくてたまらなかった事も。

その後、中将がちゃんと指輪と書類を持って、求婚してくれた事も。

泣きながら返事した事も。

「中将が不老長寿化してくれて、良かったなぁ」

そっと机の上をえへへへと笑いながら撫でていた時。

 

ガチャ。

 

「・・・んお?わしの席で何しとるんだ、大和?」

「・・あぇええっ?中将殿!?なぜこんな朝早くから!?」

「朝早く?いつも通りじゃよ?」

大和はハッとして時計を見た。

既にもうすぐ0830時になろうとしている。

あぁ何てこと。朝やろうと思ってた仕事がそのままだ。

更に大和は致命的なミスを犯していた。

「・・朝早く、わしの席に座っておったのか?」

ボンと真っ赤になった大和はぎこちなく中将を上目遣いに見ると、

「あ、あの、その・・・はい」

「そんなに窓際の席が良ければ、隣に置くか?」

「えっ?で、でも、隣は五十鈴さんの席・・」

「いや、反対側」

「えっ、いえ、あの、そう言う意味・・あ、それもいいかも」

「?」

「あっ、そのっ、ぜひ、お願いします・・良いでしょうか」

「良いよ。じゃあ動かすか。手伝ってくれるかい?」

大和は涙目でにこりと笑った。

「はい!」

ほら、毎日毎日、一つずつ良くなっていく。

まるで種から草が芽吹き、大きくなっていくように。

 

その日。

 

中将の所に訪れた面々は、並んで座る大和と中将に驚き、にこにこ微笑む大和を見て苦笑した。

そしてこう噂した。

あの鈍い中将殿も、やっと大和の想いに気付いたか、良かった良かったと。

そう。

大本営の面々は、大和の想いにとっくの昔から気付いていた。

知らぬは中将と五十鈴のみ、だったのである。

雷は廊下でそう噂するのを聞いて微笑んだ。

これで大和が怖いという相談も減るかしらね。

あの子、中将と五十鈴がイチャイチャする程プリプリ怒って廊下とか歩いてたから。

雷は肩をすくめた。

やれやれ、大本営内も日々騒がしいわ。

前はこういう時に白雪が動いてくれたけど、ソロルに取られちゃったし。

そうだ、モナカ持ってヴェールヌイの所に遊びに行こうかしら。

きっと分厚い本の山からひょいと顔を覗かせて、

「またサボりに来たのかい?」

って困った顔するでしょうけど、アタシは気にしないし。

諭す割にちゃっかりモナカは平らげてるし。

よし、うん、決めた!待ってなさいヴェールヌイ!

 

雷はタタタと走り出した。

外は綺麗な日本晴れだった。

 




また木曜で終わってしまいました。
5話構成にはちょっと短すぎたんです。

さて、何話位あれば「集」と言って良いのかとふと思う訳です。
一応まだ続きますがね。

なお、5章についてちょっとだけ。
1章には届きません。予定では30話未満です。
(自滅フラグは立てないのです)
ただし、実は2つ、あるんです。
どちらを出すかというより、最初に書いたシナリオがあまりにも奇抜で没にするか迷っているという。

とりあえずは短編集が続きます。

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