提督と響の会話を聞いていた川内は首を傾げながら言った。
「うちの姉妹は部屋以外ばらんばらんで行動してるけどなあ」
異動前の鎮守府で建造された神通。
深海棲艦に壊滅させられた鎮守府から響を追って来た川内。
遠い海域で赤城と仲良くなって艦娘に戻った那珂。
全く違う地からやってきて、ここで落ち合った3姉妹。
神通は水雷戦隊の長として、川内は経理方として、那珂は遠征要員として、それぞれ忙しい毎日である。
「だからこそ部屋では話題が尽きないよ。みんな違う事やってるから面白いんだ」
提督が笑った。
「数多く姉妹の形があるのは良い事だよ。じゃあ本人に聞いてみようか」
「へっ?経理方?」
「なのです?」
「良いわよ」
聞き返した暁と電に対し、陽炎はあっさり頷いた。
「お、陽炎さんやる気だね」
「んー、まぁ妹達が近いとこに居るしね」
「あーそうか。事務方に2人居るね」
妹、というのは不知火と黒潮の事である。陽炎はこくりと頷いた。
「ゆっきーや舞ちゃんは遠征で成果あげてるけど、私はそこまでじゃないし」
ゆっきーは雪風、舞ちゃんはもちろん舞風の事である。
「浜風は白星食品の人事部長だしなあ。陽炎姉妹は大活躍だね」
陽炎は肩をすくめた。
「長女のあたしは地味なんだけどね」
「コツコツ成功し続けるというのは安心出来るし大変な事だよ。後輩の面倒見も良いと聞いてる」
「う・・あ、ありがとっ」
「陽炎が遠征要員から減るのは痛いが、それでも経理方を引き受けてくれるなら嬉しいよ」
「決まりねっ!」
「うん。んで、暁お姉ちゃん」
暁がジト目で提督を見返す。
「・・なーんかお子様扱いされてる気がするんだけど?」
「そんな事ないよ。暁型の長女だもんな!」
「そ、そうよ!」
「立派なレディーだもんな!」
「その通りよ!」
「で、暁は経理方行く?それとも今のままが良い?」
暁は電の方を向いた。
「電はどうするのよ?」
電は暁から視線を外しながら言った。
「今もあまり出撃はありませんけど、その、出来れば経理方で・・」
「うぐ」
提督は肩をすくめた。
「川内のとこみたいに姉妹それぞれ別の役割って形もあるけど」
暁はしょぼーんとして、俯いて椅子に座ったまま、ペシペシと靴で床を蹴っている。
「べっ、べつに・・」
「暁の場合は姉妹揃った方が頑張れるんじゃない?」
暁はちらりと提督を見上げた。もう泣きそうだ。
「・・」
「暁。私は皆が一番楽しく頑張れる所で頑張って欲しい。暁の願いはなんだい?」
提督の問いに対し、暁はしばらく黙っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「みんなで・・出撃したいなぁ」
「そうか」
「姉妹皆揃ってるのに、雷も響も一緒に来てくれなくて・・」
「ふむ」
「た、たまには、どーんと成果をあげたいもん」
「戦果って事かな?」
「そうよ。だって私達は軍艦だもん。戦う為に作ってもらったんだもん」
「そうだね」
「なのにお掃除が好きとか、戦うけど轟沈させないとか、川内と居たいとか」
「・・」
「・・みんな・・みんな、みんな勝手なんだもん!」
暁が叫んだ事に扶桑は眉をひそめたが、提督は小さく首を振って制した。
「ふむ。お姉ちゃんとして今まで色々考えてきた訳だ」
「当たり前じゃない!お姉ちゃんなんだもん!」
「考えたけど、妹達を前には言えなかった。そうだね?」
暁は消え入りそうな声で言った。
「・・だって、言ってる事は解るもん」
「軍艦として果たすべき役割と、妹達の願いの間で困っちゃったんだね?」
「そうよ。大人しく軍艦の責務を果たす事が楽しいって言ってくれたら苦労しないのに」
「それは暁達が、沢山の事を見て来たからじゃないかなあ」
「・・」
「暁達は軍艦だった時、それは長い事戦っただろう?」
「・・そうね」
「沢山の事を目の当たりにして、それぞれが自分だけの強い思い出があって」
「・・」
「たとえば響は、一人だけ残った事にすごく悔しい思いがあって」
響がふいと目をそむけつつ言った。
「残ったというか、皆の元へ帰れなかった事に、かな」
提督は頷いた。
「電は敵を助けた事が嬉しかったんだろ?」
「それもありますけど、助けた人達は全然怖くなかったのです。命を奪う事は無いのです」
「ずっと、ずっと、沢山思いを積み重ねてるから、一番個性が強い姉妹かもしれないね」
暁は下を向いていた。
「だからね、暁」
「・・うん」
「作られた目的だからといって、戦わなきゃいけないって頑張らなくて良いんだよ」
暁は黙ったままそっと、提督を見上げた。
「響達の言う事も、暁の言う事も、どちらも間違ってない。けど同時には叶えられないよね」
「うん」
「暁が一人で我慢しなくても良いけど、同じように妹達に我慢を強いてはダメだ」
「うん」
「そこで改めて聞くけど、暁は何か一番嬉しい?深海棲艦と戦う事かい?」
「戦うっていうか・・」
暁はもじもじと両手の指を絡めた。
「褒めて欲しい。暁達が居て良かった・・って」
「うん」
「役に立ってるって、自分で思いたい」
「うん」
「生まれて来て良かったんだって・・思いたい」
「・・そっか」
提督はガタリと席を立つと、腰をかがめて暁の目線に合わせると、帽子をひょいと取った。
「あ!なにす・・」
ポン。
提督は暁の頭に右手を置くと、ゆっくり撫でながら、
「暁はちゃんと色々考えて、与えられた任務を頑張ってるよ。私はよく解ってる」
「・・」
「暁も、雷も、電も、響も、良くやってくれている、うちに無くてはならない子達だよ」
「・・」
「出撃だろうと、遠征だろうと、専属方だろうと、してくれた事に貴賎は無い」
「・・」
「運営に貢献してくれているのだから、一番幸せな形で毎日を過ごして欲しいと私は思う」
「・・」
「暁、まずは今まで良くやってきてくれたね。ありがとう」
暁は椅子からぴょんと飛び降りると、そのまま提督にぎゅむっとしがみ付いた。
提督はぽんぽんと背中を叩きながら、
「うん。お姉ちゃんとして、使命を果たそうと頑張ったね。偉かったよ」
ついに暁は堰を切ったように泣き出した。
扶桑は提督にしがみついて泣く暁の姿を見て、優しい笑顔を浮かべた。
そういう事でしたか。
「私も経理方に行くわね!見てなさい!」
ひとしきり泣いた後、暁は笑顔でそう言った。
「それで良いんだね?」
「ええ!電も響も面倒見ちゃうわよ!」
響はフンと鼻をならすと、
「足手まといにならないと良いね」
「なによもう!暁はちゃんと出来るんだから!」
「計算いっぱいあるよ?」
「うぐ」
そこで電が
「お姉ちゃんは綺麗好きだから、書類の分類とかお願いしたいのです」
というと、暁は目を輝かせて
「お片付けは得意よ!しっかりやってあげるんだから!」
と胸を張った。
提督は白雪の方を向いて、
「という感じだけど、増員はこの3人で良いかな?」
と聞き、白雪は、
「賑やかになりそうですね」
メンバーの戦力配分先を考えつつ、そう返したのである。
こうして、暁達が来てから2週間が過ぎた。
「ほら、終わった書類貸しなさい!」
今ではおなじみの光景だが、暁は書類カゴを持って書庫と白雪達の間を往復している。
書類棚の間に置かれた巨大な作業机が暁の城である。
白雪は顔を上げ、暁に作業済の書類を手渡した。
にこりと笑って受け取り、戻っていく暁の背中を目で追いながら思った。
人は見かけによらないな、と。