艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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文月と白雪(4)

「かんぱぁい!」

「お疲れぇ!」

ガチャガチャとコップがかち合う音が響く。

今日は事務方と経理方合同のお疲れ様会である。

食堂の一角を借り、夕食を兼ねて一緒に食事を取る事にしたのである。

そう。

事務方からも経理方からも酒席を望む声は無かったので、

「どうせなら美味しい晩ご飯食べたいじゃない!」

と、陽炎が黒潮を巻き添えにして幹事を引き受け、間宮と話を付けたのである。

ゆえにコップの中に入っているのは麦茶とかウーロン茶である。

もっとも、皆が気にしているのはコップの中身ではなく、

「炭火焼きハンバーグうまっ!旨ぁああっ!」

「アジフライ大好き~!コロッケも美味しいのです~」

「山掛け麦飯が美味しいです。たまりません」

「天丼美味しいなぁ」

「・・とんかつ定食は、最高の贅沢」

「んー、広島焼きもなかなかええもんやなぁ」

「チャーハンぱらっぱら!」

そう、間宮が一人一人の希望に応えて腕を振るった料理である。

同じメニューの子もいるが、ほとんどがバラバラである。

文月は大テーブル1つを占める、総勢14名の顔を見ながら思った。

最初、たった4名でスタートした事務方。

当時の仕事はお父さんの代わりに出撃や遠征の指示をするという単純な物だった。

その後、そう言えばあれも困ってた、これもどうしようという事を引き受けて。

鎮守府の移転があって、仲間が増えて、毎日毎日大変だったけど。

皆の知恵で乗り越えて、経理方が出来て、ようやく全員が定時少し過ぎに終わるようになって。

ここに居る誰が欠けても物凄く困る。お父さんが居なくても困る。

そう。

今日のこの会も陽炎が企画して手配してくれたが、承認してくれたのはお父さんなのだから。

 

数日前。

お疲れ様会を開く事を一応報告しようと、提督室を訪ねた時。

提督は驚いたように書類から顔を上げた。

「え?自腹でやるの?」

「お父さんが居れば会議に出来ますが、多分緊張しちゃうと思うので」

「私が居なくても会議費使えば良いじゃない」

「他の子達へ厳密に対応する以上、自らを律さねば示しがつかないですから」

「・・ふむ」

そういうと提督はちょいちょいと手招きした。

「お父さん?なんですかなんですか?」

「えっと、私もその会に出席するよ。でも私は当日、ちょっと体調が悪くて急に休んじゃうから」

「・・ふえ?」

「間宮さんは察しが良くて、急に休んだ私の分はキャンセルしといてくれるんだよ」

文月はジト目になった。

「だぁめですっ!そういう事すると際限なくなっちゃいます!」

「そっか」

提督はふふっと笑うと立ち上がると、書棚から百科事典を1冊取り出した。

首を傾げる文月を見つつ席に戻った提督は、裏表紙の革の下端、折り返した所をカッターで切った。

「・・お父さん?」

怪訝な顔をする文月を前に、提督は切り口から茶封筒を抜き出すと、

「今見た事はナイショだよ、特に長門にはね」

自らの唇に人差し指をあててそう言った後、提督は茶封筒を手渡した。

文月が中を見ると、3万コインが入っていた。

「!」

「会費の足しにしなさい」

「で、でも!」

「規約に提督からへそくりを貰ってはいけませんという事はないだろう?」

「あう」

「いつも頑張ってるんだから、たまには、ね?」

そういって提督は、文月の頭をわしわしと撫でた。

文月は戻った後、陽炎に提督から費用を協力してもらえたとだけ伝え、茶封筒を手渡した。

「やるわね!さすが文月さん!わお!3万コインも!」

「何とかなりますか?」

「もちろん!だって普通の食事だもん!これなら御釣りが出るわよ?」

「じゃあ、御釣りが出たら返してください」

「解ったわ!」

 

こうして、皆が大満足した食事会が終わり。

寮に引き上げる皆を縫って、陽炎は文月に茶封筒を返した。

「はい御釣り。えっとね、一人600コインしか使わなかったから2万コイン以上余ったわよ」

「えっ?どうしてそんなに安いんですか?」

「晩御飯のオプション扱いなんだって」

「今晩の夕食とはメニュー全然違いますけど?」

「でも私達にとっては、これが晩御飯だからって、間宮さんが」

ふと文月が厨房の方を見ると、間宮がにこにこ笑いながらこちらを見ていた。

文月は深々と頭を下げた。

「あ、間宮さんから伝言。百科事典の背表紙の中とは提督も考えましたねって。何の事?」

文月はびくりとしつつ、陽炎から返してもらった封筒をしげしげと見た。

良く見ると封筒の端に糊の跡があるし、百科事典特有の革の香りが僅かに残っている。

文月は迂闊だったと思いつつ、自分の手でぴしゃりと額を叩いた。

・・本当にこの鎮守府は油断ならない人ばっかりだ。

 

翌日。

 

「え?御釣り?」

「はい。余りにも余ってしまったので」

今日は秘書艦が長門なので、文月は提督の膝の上に座り、二人はひそひそと会話している。

「幾ら余ったの?」

「2万1600コインです」

「なんで?!せっかく皆で集まったのにアイスしか食べなかったとか?」

「いえ、間宮さんにお父さんのへそくりだとバレまして、代わりに一人600コインで良いと」

「あちゃぁしまった。大きなネタ押さえられちゃったなぁ」

「ごめんなさいですお父さん。うっかり封筒ごと渡してしまって」

その時。

「・・二人して何をこそこそ話してるんだ?」

文月と提督はびくりとして長門に向き直った。

長門は首を傾げ、書類を手に怪訝な表情をしている。

「あ、あぁ承認の書類かい?」

「そうだが・・今」

「ん、ん、ハンコを押してしまおう。文月、ちょっと降りて」

「はーい、長門さん、貸してください!」

「え?いや、何の・・話・・」

「ん、ん、問題無いね。ほら、押したから朱肉が付かないように持ってって!」

「はい長門さんどうぞ!」

「な、なんだなんだ。なぜそう急がせる」

「気のせいだよ」

「気のせいですよ?」

長門は生乾きの2枚の書類を両手でそれぞれ持ちながら

「なんか騙されてる気がするな・・」

といいつつ戻って行った。

文月はタタタッと戻ってくると

「なので、御釣りが出ちゃったんですけど」

「ここはもうダメだ。今戻そうとすれば長門が勘付くし、明日まで置いとけば雷が気付く」

「あー」

「だから文月、それは事務方と経理方で開く宴の基金としなさい」

「・・良いんですか?」

「昨日渡した時点で無い物と思ってる。それで良い」

「わ・・解りました」

「そうだ。封筒はシュレッダーで処・・ひいっ!?」

ふと目線を上げた提督は、棚の陰から頭半分だけ出してジト目で見る長門に気付いたのである。

「・・・」

「なっ、なにかな長門さん!?」

「・・んー」

「なっ、何もしてないですよ?」

「・・また脱走とか良からぬ事を企んでるんじゃあるまいな」

文月がにこっと笑った。

「長門さんと同盟を結んだ通り、お父さんの脱走には一切手を貸しませんから!」

提督はげっという顔になった。

「いつの間にそんな同盟を・・」

「だから宿の手配とか、一切してあげないですよ~」

「とほほ。じゃあ今度、長門と文月連れて温泉旅行でも行こうかなあ」

「ふえっ!?」

「最初から一緒に行けば脱走じゃないでしょ?」

「ま、まぁそうですけど・・これはOKなんですか長門さん?」

「んなっ!?私に振るのか?」

「同盟国としては聞いておいた方が良いかなって」

じーっと二人から見られた長門は渋い顔で唸っていたが、

「まぁ、その、事務方とかに迷惑がかからない日程なら、良いんじゃ・・ないか?」

「お墨付きが出ましたよお父さん!」

「良かったよ文月!じゃあ今年の秋ごろでも行こうか!」

「行先を教えて頂いたら大本営とも調整しときますね!」

「さすが文月さん!話解る!」

「えへへへへ~」

「じゃあ長門!行先とか希望を考えておいてくれ!」

「わ・・解った」

長門は秘書席に戻りながら首を傾げた。

どうも・・何か丸め込まれている気がするのだが。うーん・・・

そっと長門を見送った提督と文月は、茶封筒を挟んでにっこり微笑み、頷きあった。

こうして事務方・経理方共通の宴会基金は通称「茶封筒」と呼ばれるようになったのである。

 




これにて終了でございます。

なお、本話ではクオリティの低下を指摘される事態となりました。
検討の結果、章構成の練り不足等、私に落ち度があったとの判断にいたりました。
よって、この事態の責を取り、年内一杯を予定していた4章の残りの話を全て破棄し、ここで終了とさせて頂きます。

誠に申し訳ありませんでした。

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