艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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皆様のコメント、ありがたく受け取りました。
自身の判断として、一度言ったことのけじめとして、第4章はあれで仕舞いといたしますが、代わりに年明けからの予定だった第5章を繰り上げて始める事で、皆様の温かさに応えたいと思います。

5章はリクエストにお応えしてエピソード編です。
…奇抜さはこっちの方が少ないですからね(実は弱気)
どれくらい続けるか、深堀りするか等は皆様のコメントと評価を見て判断致しますが、いずれにせよ北方事件の前までとなります。
予定では15~20話程度になると見ています。

なお、4章までに比べると理由はありますが、ネガティブなトーンです。
不得手な方は読まない方が良いかもしれません。
ご留意ください。



第5章 提督が鎮守府に着任しました。なのに艦隊の指 揮を取ってくれません。
エピソード01


「うおおっ!似合う!」

「これは・・」

「まさに龍田さんの為に作られたかのような・・」

「・・・んー、何というか、本当に似合ってるなあ」

龍田は一気にジト目になった。

全員一致のコメントとはいえ、これは褒められてるとは言えない。

ゆえに龍田は姉に訊ねる事にした。

「天龍ちゃんはどう思う~?」

だが、天龍は見るからに笑いをこらえたまま、

「わ、わりぃ、フォローしようがねぇ程似合ってるぜ・・」

と返したのである。

龍田は溜息を吐いた。こういう時は素直な姉より気が回る姉が欲しい。

 

元はといえば提督が余計な物を買った事が始まりだ。

「たまにはほら、気分転換でもしようかと思ってさ。どう?似合う?似合う?」

食堂で昼御飯を食べ終えた提督はそう言ってそれを披露したのだが、

「・・あちゃー」

「あ、あの、止めた方が良いのです」

「明らかに似合わないわよ?」

「なんていうか、ダメ」

などと散々酷評された。

どずーんと縦線が入った提督は、椅子に体育座りをしつつ、そっとそれを外してテーブルの上に置いた。

「これがダサいのかしらね・・」

そう言いながらかけたのは暁だったが、周囲から

「うは!間違いなくグレたお子様だ!」

「提督よりマシだけど!」

「違う。なんか違う」

「何て言うか、暁が負けてる」

「そう!ダボダボの特攻服を着た幼稚園児って感じ!」

「あ!解る解る!」

と言われたので、

「ちょっと!誰よ今幼稚園児って言ったの!」

と、アイウェアを外しながら怒鳴ったのである。

 

そう。

提督が買ってきたのはアイウェア、つまりサングラスである。

真っ黒のレンズはかっちり細身のスクエアで、緩くラウンドしている。

弦や鼻当てと言ったパーツは全て細めに作られており、レンズ部のソリッドな感じが強調されている。

いわゆるティアドロップタイプのサングラスとは別方向の迫力である。

そして昼食時の食堂は暁を皮切りに、一体誰ならこんなアイウェアを着こなせるかという事になった。

色々な艦娘達がかけてみるものの、これはという人が居ない。

押しつけられた霧島は眼鏡の代わりに何気なしにかけたが、その時周囲が固まった。

「おぉお・・ぉお」

「・・・あ」

「ハマ・・った」

「霧島さん、似合いますね」

「企業舎弟って感じ」

山城は提督の背中をぷにぷにとつつきながら言った。

「ほら提督!スネてないで見てくださいよ!ああいうのが似合うっていう事ですよ!」

「えー・・」

不承不承振り返った提督は

「うぉおおう!お前はどこぞのエージェントか!」

と、のけぞった。

霧島はそっとサングラスを赤城に渡すと、いつもの眼鏡をかけ直し

「・・・全く嬉しくありません」

そういうとつーんとそっぽを向いてしまった。

霧島をなだめに入った提督を横目に赤城がひょいとかけてみたものの、

「あ、違う」

「赤城さんは似合わないわぁ」

「なんつーか、あれよ。赤城さんは優し過ぎるから雰囲気が合わないんだ!」

「ダメ」

と言われ、嬉しいような悲しいようなという複雑な表情のまま、龍田に渡したという次第であった。

 

龍田はそれまで、アイウェアを特に気にした事は無かった。

視力は悪くないし、望月のように伊達眼鏡をかけるほどポップなオシャレに興味も無い。

なによりヘッドセットを付けたりする時に不織布のマスクでさえ邪魔なのに、余計な事はしたくない。

そう思っていた。

皆の畏怖の念溢れるコメントに龍田はムッとした表情のままアイウェアを外したが、提督が

「・・うん、じゃあ私は全会一致で似合わないって言われたから、それあげるよ。はい、ケース」

と言ってアイウェアのケースまで差し出してきた。

龍田は首を傾げながら答えた。

「・・え?別に要らないんですけど」

「龍田が一番似合うのは間違いないし、私が持っててもしょうがないし」

「提督がかけたら皆さんに笑いを取れますよ~?」

「そういう為に買った訳じゃないし!」

涙目の提督からケースをぎゅっと握らされた龍田は、

「・・はぁ、まぁ、貰っときます、ね」

といって、肩をすくめながらアイウェアをケースに仕舞った。

明日の会合にでもかけて行こうかしら。

なお山城に弄られる提督を見ながら、龍田はくすっと笑った。

本当に、変わった人。

 

時は2年程遡る。

提督は着任時から異例づくめの人だった。

赴任の連絡を受けた龍田は鎮守府から迎えを出しますと連絡したが、返事は

「大丈夫です。鎮守府で待っててください」

との事だった。

龍田は抜き打ちでの来訪を警戒し、数日前から敷地内全ての掃除や警備を引き締めた。

こういうのは最初が肝心だ。最初から叱られてはその後に悪影響を及ぼす。

そして当日。

徒歩でやって来た提督は、入り口に立つ警備兵に

「こんにちは」

と、にこやかに頭を下げて鎮守府に入っていったのである。

警備兵は一瞬自分の身に起きた事が理解出来ず呆然とした。

明らかに高い階級章を付けた人が、徒歩で、自分に頭を下げて、とことこ入って行った・・・だと?

ハッとした警備兵は偽物と疑った。ゆえに

「まっ!待て!止まれぇぇぇえ!」

と、両手で銃を構えてピタリと狙ったのである。

 

「良いね良いね!ここの警備はしっかりしてる!」

 

本物と判明した後、警備兵と共に司令室に入った提督はころころ笑いながら続けた。

「別の鎮守府の警備兵なんて、私が建物に入るまでぽかーんとしたままだったよ」

警備兵はクビを覚悟しつつ答えた。

「ま、誠に申し訳ありません」

「いえ、おかしいと思ったから制止させる。実に正しい行動です。何も謝る必要はないですよ」

提督が本当に怒ってなさそうだと気付いた警備兵は恐る恐る訊ねた。

「あ、ありがとうございます・・・ところで、あの」

「うん?」

「何故徒歩でいらしたのですか?鎮守府近辺とはいえ、反対勢力が居ないとも限りませんし」

提督は目を細めた。

 

反対勢力。

 

特定の鎮守府というより、海軍そのものに異を唱える人々の事である。

彼らの主張は

「海軍が深海棲艦を作ったに違いない。自作自演だ!」

「この経済状況で巨大な軍を維持する必要はない!」

「今すぐ海軍を全面解体し、その予算を国民に回せ!」

といったものである。

世間的には彼らの主張には無理があるので多数派にはなっていない。

だが、表立って行動している。

過去、過激なデモの果てに艦娘や司令官に対する暴行事件も起こしており、公安も動いている。

警備兵が呆然としたのは、司令官が、それと解る格好で外を歩く事の危険さを物語っている。

提督は持参したスポーツバッグをポンポンと叩いて言った。

「いやいや、近所までは私服で来たんだよ」

「専用車でお迎えに上がりましたのに・・」

「ちょっと、この周辺も見ておきたかったんでね。そこの角にある喫茶店のトイレで着替えたんだよ」

「はぁ」

「見た所、周辺住民の方ともそれほど剣呑な関係じゃないみたいだね」

「ここは元々ひなびた農村で、のんびりした土地柄ではありますが・・」

「そうそう。喫茶店のミックスフライ定食頼んだら美味しかったよ」

「あれは職員にも好評ですよ。カツサンドも美味しいです」

「そうか。それは今度食べに行かないといけないね」

「・・・いやいや、あまり無闇な外出はお控えください」

「のんびりしてるんでしょ?」

「しょっちゅう出歩かれると、その噂が立って、余計な者が来ないとも限らないですから」

提督は警備兵をじっと見た後、にこりと笑った。

「・・うん、なるほど。貴方がここを警備してくれるならここは安泰だ」

「ええっ!?あ、ありがとう、ございます」

「これから艦娘も増えるし、色々あるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「あ、いや、自分は職務をしているだけでありますので、あ、頭を上げてください!」

「では、そろそろ秘書艦の子と話をするので・・」

「はい、自分は持ち場に戻ります!」

「うん、ありがとう」

 

パタン。

 

龍田は秘書艦席から立ち上がると警備兵を送り出し、ドアを閉めてから提督の元に向かった。

 


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