艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード02

「貴方が秘書艦で良いのかな?」

龍田はすちゃりと敬礼しつつ答えた。

「そうよ、司令官。今は私が秘書艦だよ~」

「解った。改めまして。本日着任し、これから世話になるよ。よろしくね、龍田さん」

「・・は、はい」

龍田は返事をしつつ思考を巡らせた。

 

 ・・・龍田「さん」?

 

この鎮守府は新設ではない。

前の司令官が大本営への異動を希望し、代わりに元事務官で司令官経験の無いこの人が寄越されたらしい。

正規のルートではそこまで連絡されていないが、艦娘同士のネットワークは張り巡らされていたのである。

龍田は思い出しつつ溜息を吐いた。

所詮、事務官は事務官。

部下にさん付けなんて、今までではありえない。

事務官が指揮を執るなんてロクな事にならないだろう。

どうせ大本営流の堅苦しい許認可手続きを押し付けるんでしょうね・・・

 

「じゃ、ここのルールについて教えてくれるかな?」

 

龍田は目をぱちくりさせた。考えが読まれてるのかと思ったからだ。

い、いや、そんな筈は無い。船魂同士なら極稀にあるが、司令官は人間だ。

そしてこの話題は厄介だ。いきなり規則系から来たか。

なるほど、事務官らしい。得意なところから攻めるつもりね。

龍田は手にじわりと汗をかきつつ、慎重に答えた。

 

「・・ルール、ですか?」

「うん。鎮守府全体でどんな事が決まってるのか、自然に決まった事も含めてね。でないと」

「・・でないと?」

提督は首を傾げた。

「いや、私一人が間抜けな行動を取ったら迷惑でしょ?」

龍田は眉をひそめた。

普通、新しく赴任してきた司令官というのはローカルルールは自分仕様に引き直すものだ。

だからルールを聞くというのは、その後の

「くだらん!今から俺が決めた通りにしろ!」

という前フリである場合が多いし、だからこそ目的を探る為にわざとワンテンポ回答を遅らせた。

だが、この提督にはそういう鼻息の荒さが無い。

小首を傾げ、メモを手に説明を待っている。

これじゃ警戒している自分がバカみたいだ。

龍田は疑いの目の中に動揺の色をにじませた。

どうにも読めない。今までの手が通じない。こういうパターンが一番困る。

・・・参ったなあ。

とりあえず、自分が秘書艦だと「言っておいて」良かった。

龍田は鎮守府のローカルルールをゆっくり説明しつつ、そう思った。

 

実はこの鎮守府で、歴代の秘書艦を務めてきたのはずっと叢雲だった。

それは最初の司令官が叢雲を指名したから、という些細な理由だった。

しかし、司令官は既に2回代わっていた。

最初の司令官は昼夜問わず職務に励み過ぎたのか、これからという時に過労で死んでしまった。

2人目の司令官は雑な指示で次々と艦娘達を轟沈させたので艦娘達がボイコットし、大本営が左遷させた。

3人目の司令官はたった1カ月で大本営に自ら希望して異動したが、その理由というのが

「夜中に散歩していたら鎮守府の港から深海棲艦が見えた。光って不気味だったので怖くなった」

という理由だった。

ゆえに、鎮守府が出来てから2年になろうというのに、所属艦娘はたった5人しか居なかったのである。

 

通常、鎮守府を束ねる司令官が変わる場合、その所属艦娘達は全員記憶をリセットされる。

さらに、秘書艦のみを残し、他の艦娘達はバラバラの鎮守府に配属される。

しかし、彼女達は記憶も配属も含め、最初の司令官の頃からそのままだった。

なぜなら海軍の中でさえ、この鎮守府の司令官が交代した事はほとんど知らされていないからである。

最初の司令官から2人目の司令官に変わった事実がなぜ秘匿されたか。

今後司令官を民間から募集しようという時に、過労死したという事実は不都合だったのである。

2人目の司令官から3人目の司令官に変わった事実がなぜ秘匿されたか。

艦娘達は従順な味方であるというイメージ戦略を敷く中、ボイコットは不都合な事実だったのである。

3人目の司令官から提督に変わった事実がなぜ秘匿されたか。

司令官として実に情けない異動理由で、これがゴシップとして伝われば海軍の恥だからである。

 

司令官にまつわるトラブルに限っても、これだけ全国津々浦々にあればそれなりの件数になる。

だが、1つの鎮守府で、2年も経たないうちに司令官が3人も交代するような事は初めてだった。

3人目から異動希望を受けた大本営は、あの鎮守府は呪われてるのかと頭を抱えた。

周辺住民からも、鎮守府が妙に静かだったり騒がしかったりするが大丈夫なのかと問われてもいた。

ゆえに大本営の中でも、この鎮守府の処遇を巡って意見が真っ二つに分かれていた。

全て仕切り直すか、どうにかして立て直すか、である。

喧々囂々の論議の果てに、審議委員会は結論を出さずに両意見を併記、つまり匙を投げたのである。

裁定を求められた中将は悩んだ挙句、あえて戦果を二の次にする作戦を思いついた。

あの鎮守府は混乱しているのではなく、新しい取り組みをしているのだと世間へ説明しよう、と。

だからこそ、あえて司令官経験が無く、中将と親交の深かった提督に白羽の矢を立てた。

事情を全て打ち明け、とにかくまず混乱を収束させてくれと中将は提督に告げた。

数日後、提督は中将を再び訪ねて赴任条件を提示。中将が頷くまで再三念を押した。

中将は苦笑しながらはぐらかし続けたが、最後には苦り切った顔をしつつ承認した。

大本営にとって提督は、この鎮守府に対するラストオプションだったのである。

 

この鎮守府で、叢雲は、歴代の司令官達に辛抱強く仕えてきた。

戦果が上がらないのは自分が上手く司令官を導けなかったからだと言って。

でも3人目がそんな理由で去ると知った時、叢雲の何かが切れた。

「もう私、司令官の世話をしたくないわ」

部屋で体育座りをして壁をぼうっと眺めている叢雲を見て、龍田は溜息を吐きつつ、

「じゃあ私が司令官を見定めて、良さそうなら引き渡すわ。それで妥協してくれないかなぁ?」

といった。

叢雲はしばらく龍田を見た後

「・・龍田もいっぺん司令官の本性を見てみると良いわ」

「そんなに酷いの~?」

「ええ。3ヶ月も見れば解るわ」

という事で、龍田は秘書艦を引き受ける事になったのである。

 

「大体こんな感じかなあ」

龍田がルールを説明し終わると、メモを取っていた提督はふむと顎に手を当てた。

「・・ねぇ龍田さん」

ほら来たぞと龍田は思った。

詳しくメモを取っていたから、評論家のようにケチをつけるつもりか?

龍田はそれぞれのルールにある背景や理由を思い出しつつ答えた。

「はーい」

「間食に関して何かルールある?」

「・・はい?」

龍田は首を傾げた。何言ってるんだこの人。

「かん・・しょく?」

「あぁ、えっとね、間食ってのは、おやつとか、夜食とか、とにかくその、時間外の喫食の事だよ」

「それは解ってるわ」

「おぉ、良かった」

「決め事は無いけど、売店も無いから~」

「んなにいいっ!?」

提督が立ち上がって大声を上げたので龍田はのけぞった。

「・・は?」

「あ、ご、ごめんね大声出して。あ、あの、えっと、じゃあ食事は今どうしてるの?」

「今は艦娘の皆で交代で作ってるよ~」

「デザートも?」

「デザートなんて作ってないわよ?」

「じゃあヨーグルトとかケーキとか発注してるの?」

「してないわよ~」

「えっ?」

「えっ?」

提督から信じられないという目で見られた龍田は内心激しく困惑していた。

この人は何に疑問を感じてるんだろう?

「こんな小さな鎮守府なんだから、間宮さんを迎えるほどの資金的余裕はないわよ~?」

 

間宮。

 

元は給糧艦の名前であるが、現在の位置付けは鎮守府で食事の世話を引き受けてくれる艦娘の事を指す。

戦闘に出ず、給糧関連の仕事に従事するがゆえ、艦娘といっても専用の契約を結ぶ事になっている。

その契約金が割と高いので、ある程度の規模を持つ鎮守府でないと雇えない。

どうしてもといって複数の鎮守府が合同で募集する事もあるが、専属より待遇が悪いのでなり手が居ない。

なお、軽空母の鳳翔を迎えた鎮守府では、小料理屋や居酒屋等の店を持たせる事もある。

ただしそれは周辺地域に向けたPR活動の一環であり、鎮守府の外に店を構えさせる事が多い。

無論、店を持たせられる程の財政規模が必要であり、こちらはもっと大きな鎮守府でなければならない。

 


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