提督からデザートを受け取った面々は、しばらくプリンを眺めた。
その後、美味しそうに食べる提督を真似てスプーンを手に取り、そっと口に運んだ。
彼女達にとって初めての甘味だったからである。
最初に目を丸くしたのは文月だった。
「お、美味しいです!これがプリンという物ですか!」
提督はにこりと笑った。
「気に入ってくれて良かった。明日から何かしらのデザートを出すからね~」
「あ、あの、これは買ってきたのですか?」
「材料は買って、龍田さんがご飯作ってる横で私が作ったんだよ」
ピタリ。
全員が手を止めて一斉に提督を見た。
「・・あれ?なに?」
「司令官・・が・・」
「キッチンに・・立ったのか?」
「え?なんか驚く所?」
「き、聞いた事無いのです」
「そう?もっと南方の前線基地だと、皆それぞれ自分のテントで調理してるよ?」
叢雲が溜息をついた。
「どこの陸軍の話をしてるのよ」
「あれ、陸軍だっけ。ところで味はどう?あと、嫌いな物とか教えてくれないかな」
真っ先に返事を返したのは文月だった。
「あたしは美味しいと思います!嫌いな物はとっても辛い物です~」
「い、電は、ナスが嫌いなのです」
プリンて意外と旨いなと思いつつ天龍は答えた。
「俺は特にねぇぜ」
提督はメモを取りながら訊ねた。
「ふんふん。龍田さんと・・叢雲さんは?」
その一言を聞いた叢雲が、ゆらりと殺気立ちつつ、そっとスプーンを置いた。
「・・あんたに一言あるんだけど」
龍田がぎょっとして叢雲を見た。
まだこの司令官が立腹した場合の反応は見ていない。
それに、気持ちは解るけど、貴方はまだ提督と会って30分も経ってないんだから喧嘩仕掛けるのは早いわよ!?
「あ、あの、叢雲ちゃん」
「龍田は黙ってなさい」
龍田は目を瞑りつつ肩をすくめた。
こうなった叢雲は言い切るまで言わせないと拳でそこらじゅうの物を叩き壊す。
叢雲は真っ直ぐ提督を見て言った。
「あんた、司令官、よね?」
「んー、そう・・だね」
「アタシ達はあんたの言う事を聞いて動く手駒で忠実な犬よ。敬語使ってどうするの?」
提督が眉をひそめたので、電はびくりとなった。
だが、提督の口から出てきた言葉は予想とは違う物だった。
「叢雲さん、私はさっきも言った通り、大本営で事務官をしていたんだ」
「それが?」
「そこでやっていた仕事はね、失敗学に基づいた研究とリポートなんだよ」
「失敗学?」
「そう。どこで誰が何を失敗してしまったか、成功した子達との違いは何かを研究していた」
「・・・」
「そこには轟沈事故も含まれるし、当該鎮守府と合同調査委員会を作って検証したりもしてきたよ」
「・・・」
「そんな調査とリポートを延々と続けたら、気付いた事があったんだ」
「なによ?」
「艦娘を大事にしてる鎮守府では、轟沈等の重大事故は少ないんだ」
「・・出し惜しみしてるってだけじゃないの?」
「いや。出撃数と轟沈数に有意な関係性は認められなかったよ」
「まどろっこしい言い方しないでくれる?」
「OK。要するに、皆に気を配って丁寧に運用する方が良い戦果を上げられるって事だ」
「・・」
「さっき叢雲さんは」
叢雲はたまらないと言わんばかりの表情でテーブルを叩きつつ叫んだ。
「司令官!」
「ん?」
「さん付けは止めて。私達は命令を聞く側なの。形だけの敬語は止めて!」
提督は叢雲を優しい目で見返しながら、噛んで含めるようにゆっくりと答えた。
「・・形だけじゃないよ。私は皆と運用全てを考えたいんだよ」
叢雲が眉間に一層皺を寄せた。
「は?」
「どこの海域に出撃するか、遠征や演習の達成目標といった決定は私が行うよ」
「・・」
「でも、例えば、海域での艦隊運用は全部旗艦に任せようと思うんだよ。陣形も含めてね」
「つまり、失敗しても私達のせいにしたいのね?」
「いや、作戦結果の責任は私が持つ。作戦中にどう動くかを指図しないって事だ」
「なぜ?」
「私は部屋に居て、君達の話を通信で聞いてるだけだ」
「・・ええ」
「それはつまり、敵も、気象条件も、波の形も、雰囲気も、何も見えてない。肌で感じても居ない」
「ええ」
「でも君達はそれが全部見えているし、解ってるだろう?」
「ええ」
「じゃあ君達がそこに適した作戦を立てた方が良いと思わないかい?」
「・・あんた、私達の話を聞くって言うの?」
「そうだね」
「犬の話を聞く司令官なんて聞いた事無いわよ?」
提督は肩をすくめた。
「私は元々事務官だから、司令官の常識とやらは知らないよ。その違和感は詫びるしかないね」
「・・」
「でも、私は大本営からの命令をこなす為に、私のリポート結果を信じようと思うんだ」
「命令って?」
「深海棲艦を減らせ、優秀な艦娘を増やせ、どんな手を使っても良い、だ」
「・・」
「それと、叢雲さん。これは最上級の命令として発するけど」
全員がピクリと反応し、そっと提督を見た。
初めての命令が最上級?一体何だというのだ?
叢雲は今までの自分の発言から、射撃演習の的にでもされるのかと覚悟した。
それならそれでも良い。思わず反撃してしまったが、もう疲れた。
叢雲は一呼吸置いてから、覚悟を決めて返した。
「・・なによ」
提督は笑顔を消し、すっと目を細めつつ言った。
「現刻を以て、金輪際、自分達を犬というな。私の部下に犬など居ない」
「え・・」
「繰り返すよ。ここには、私と、私に協力してくれる部下5人が居るだけだ」
「・・」
「犬も、命令を聞くだけの艦娘も、居ない」
「・・」
「たった1つの頭が出来る事は、配慮にしろ、思考にしろ、上限はたかが知れてる」
「・・」
「ここには6つの頭がある。全員で考えれば6倍、いや、10倍以上の事が出来る」
「・・」
「そういう意味では、指揮通りに動くだけの時代は現刻を以て終了だ」
「・・」
「君達の経験、見聞きした物、気付いた事、思った事、願う事、こうすれば良いと推定した事」
「・・」
「全部出してもらう。その中で最も良い物を作戦行動案としてまとめ、私が承認する」
「・・」
「作戦行動案は常時変わっていくだろう。それは遂行中もそうだろうから随時対応する」
「は?作戦行動中に作戦内容を変えるって言うの?」
「プランAもBも役立たずだと解る事もある筈だ。その時守るべきはプランじゃない」
「はぁ?だって承認された作戦行動書に基づいて動くでしょ?」
「君達を護る為なら承認印や書類なんて幾らでも偽造するよ」
「あ、あんた・・何言ってるか解ってるの?」
「大本営の監査役がこの場に居たら心臓発作を起こすレベルだというのは解ってる」
「あ・・あんたは、アタシ達が立てた作戦を承認し、作戦中の行動を任せ、途中変更も認めるって事?」
「その通りだ。飲み込みが早い子は好きだ」
「んなっ!?そっ、そんな事言ってんじゃないわよ!ふざけてるの!?何もかも違反よ!」
提督が目を細め、悪戯のタネ明かしをするかのようにニッと笑った。
「いんや、海軍が艦娘と締結した契約では、今言った通りにしても何一つ違反じゃないんだよ」
「・・えっ?」
叢雲は必死に契約条項を思い出しつつ答えた。
「鎮守府の運用時における契約内容をかいつまんで言うとね」
「・・」
「海軍は、艦娘に対し、出撃、遠征、演習、近代化改修、解体、改造を命令出来る、とある」
「・・え、ええ、そうね」
「つまり契約には作戦立案を誰がしろとか、艦娘と相談してはならないなんてどこにも書いてない」
「そ、それは・・」
「もちろん軍人の部下に上官がこんな事言ったら軍法会議行きだろうよ」
「・・」
「でも君達は艦娘。軍艦の船魂が実体を持った存在だから、軍人ではない」
天龍はなるほどと思いつつ、興味津々の目で成り行きを見守っていた。
叢雲は明らかにうろたえていた。
「そ、そんなの・・方便、じゃない・・」
「その通りだ。だが私は大本営にこの方便を認めさせてからここに来た」
「な、なんでよ?」
「私は一人の頭脳の限界を知ってるし、課題を解決する為に皆に協力を求めたいからだ」
「あ、あんたが右と決めた事を私達が左と言ったら?」
「納得出来る理由があれば左にする。話し合ってより良ければさらに他に変えるかもしれない」
「・・・」
叢雲は提督を凝視しながら口をぽかんと開けた。
酷く喉が渇いてカラカラだし、呼吸が浅くなっているのは、単に会話が長かったからではない。