艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード11

「んー、なるほどねぇ」

「だから、毎日コンスタントにこなすならこのあたりの遠征が良いわね」

提督は提督室の執務席で、叢雲と肩を並べて座っている。

叢雲が座っている椅子は隣の応接コーナーから持って来たものだ。

二人で見ているのは提督が作った失敗学のうち、遠征に関するリポートである。

 

遠征。

 

一定の目的の為に艦隊を派遣する、いわばお使いである。

派遣する艦種は全て司令官に任されているが、成功しやすいパターンというのがある。

提督は成功したケースの資料を叢雲に見せ、鎮守府運営に必要な遠征を絞り込もうとしていた。

「だとすると、長距離練習航海は外せないね。駆逐艦で4人以上だと成功しやすいようだ」

「海上護衛も4人だけど、軽巡が1人は居る方が良いのね。まぁ内容を考えると納得ね」

「防空射撃演習も4人だね」

「そうだけど、今はまだボーキサイトを使う子が居ないから後回しで良いわ」

「なるほど。でも出撃と遠征を並行するなら、もう少し仲間が欲しいね」

「そうね。少なくとも出撃専門の第1艦隊を含めて、計20人は欲しいわ」

「うん。そこまで居れば交代で行けるから、出撃しつつ、日に数回とかの遠征も可能になるね」

「ええ。本当は第3艦隊や第4艦隊も創設出来る位の規模になりたいんだけど」

「第4艦隊まで許可されるのは相当大規模になってからだからねえ」

「そうね。だからまずは、第2艦隊だけで何度も回せる組み合わせを集中的にやるわ」

「現在の備蓄量は結構あった筈だけど・・ええと」

「待ってなさい」

叢雲はひょいと椅子から降りると、トコトコと書類を取って戻ってきた。

「昨晩時点でこれだけね」

「あ、ちょっと待って」

提督はそう言いながらリポートの別のページを開いた。

「何これ?」

「建造妖精さんに資材をどんな量で誰が頼むと何が出来たかっていうリストだよ」

「・・へぇー、こんな面倒くさいの良く作ったわね」

「教えてくれた場合だけだけどね」

「ふんふん・・なら駆逐艦と軽巡を狙って、後15隻建造してもらいましょうか」

「工廠って、1日にどれくらい作ってくれるのかな」

「建造時間は教えてくれるわよ?」

「いや、たとえ1回が1時間でもさ、だからと言って1日で24隻作ってくれないでしょ」

「そうね。そこは工廠長次第よ」

「じゃあ相談してこようか」

「誰に?」

「工廠長に」

提督の顔を見ながら、あぁそうだと叢雲は思い出した。

こう言う時、司令官達は

「じゃあ今日中に15隻作るよう指示しておいて」

と言うので、殺す気かという工廠長と、OKしてくれなきゃ困るという自分が大喧嘩になったものだ。

だから指示を受けるのがどんどん気が重くなったなと、目を細めつつ思った。

「どうしたの?何かあった?」

ふと気が付くと、提督が自分を心配そうに見返している。

叢雲はそっと提督の服の裾を掴むと

「・・大丈夫、なんでもないわよ」

と言った。

提督はそうかと言い、叢雲の頭にぽんぽんと手を置いてから歩き出した。

 

「そうじゃのぅ、まぁ1ドック辺り、建造は1日2回位にしてほしいかのう」

工廠長はこう答えた。

「だとすると建造は1日8隻までって事ですね」

鎮守府のドックは基本状態だと2つだが、提督が赴任前に最大数、つまり4つに増設させていた。

「それでも船を作るペースとしては驚異的に早い筈じゃがの」

「仰る通りですね」

否定せずニコニコ笑うが、そのまま動かない提督を見て工廠長は溜息を吐いた。

「・・・で、提督は何隻こしらえたいんじゃ?」

「すみません。出来れば15隻ほど、重ならないように」

「重ならないように・・じゃと?」

「ええ。同じ艦娘は1とカウントします」

工廠長は苦り切った顔をした。

「あまり重なる事は無いとはいえ、ゼロではないからのう」

 

改造前後も含め、同じ艦娘が2人以上居る状況を重なると言い、認める鎮守府と認めない鎮守府がある。

これは完全なローカルルールだが、この鎮守府では今まで認めてこなかった。

それは指示の取り違えを防ぐという事もあるが、

「同じ艦娘は同じ艦隊に編成出来ない」

という大本営から示されたルールへの対策でもあり、特に小規模の鎮守府では普通の選択肢である。

 

工廠長は渋い顔をした。

「んー、1日で15隻は厳しいのう」

「ですから、2日で結構です」

「ん、それで良いのかの?」

「ええ、重ならないようにしていただければ」

「ぐっ・・そうか、それがあったか」

「はい」

提督は笑顔だったがこれ以上は妥協しないだろうという事を悟った工廠長は

「・・解った解った。重なるのはこちらの責任で、重ならんよう計15隻、2日間で、じゃな?」

「はい」

「しょうがないのう・・あ、重なった子はどうすれば良い?」

「全員、叢雲さんの近代化改修に」

「ま、それが一番かの」

叢雲が提督を見て言った。

「ちょっと!何でアタシの改修なのよ!」

「秘書艦さんには苦労をかけるからね。能力を強化しておいて欲しいんだよ」

「あたしじゃ不安だって言うの?」

「いや。でも、強くなれば同じ事しても楽になるでしょ?」

「ま、まぁ、そう、ね」

「一番傍に居て手伝ってくれるんだから、こういう役得があっても良いじゃない」

叢雲はぷいと横を向くと

「・・う、受け取ってあげなくもないわよ」

と、小さくぽつりと答えた。

工廠長は手を振りながら言った。

「それじゃ復唱するが、駆逐艦と軽巡増強を目標として、この配合で計15隻になるまで建造、じゃな?」

「そうなります」

工廠長は頷きながら手を出した。

「解った。じゃあ承認印を押した指令書を」

「へ?」

「・・じゃから、指令書じゃて」

叢雲がハッとした顔になった。

 

「・・いやいや、お待たせしました」

「全く、指令書くらい用意してから訪ねてこんか」

「すいません。ではこれで」

「・・・うむ、叢雲が書いたのなら間違いないのう」

「間違いのある子が居るんですか?」

「雑に書く奴もおるでの」

提督は5人の顔を思い浮かべ、1人を特定した。

「あー」

「叢雲と龍田は信用出来るがの」

「解る気がします」

「ところで、提督に付く秘書艦は叢雲になったのかの?」

「そうらしいです」

「らしいって・・提督の命令じゃろ?」

「いえ、今朝そう言われましたので」

工廠長はジト目で叢雲を見た。

叢雲もジト目で工廠長を見返した。

「・・なに?」

「お前達、提督に黙って秘書艦を勝手に変更したのかの?」

「人聞きの悪い事言わないで」

提督は肩をすくめた。

「誰が秘書艦をするかというのは重大事項ではありませんからね」

「好きにせいという事か・・」

「ええ。でも多分、当分は叢雲さんがやってくれますよ。ね?」

「そうね」

「なぜじゃ?」

「ここの長として、知らなければいけない事が沢山あるそうなので」

工廠長は眉をひそめた。

「わしが言うのもなんじゃが・・提督は本気で艦娘達の話を聞くんじゃな」

「もちろん、工廠長の話も伺いますよ」

工廠長はニッと笑った。

「それなら建造や開発は計画的にしてもらいたいのぅ」

「どれくらい前に言えば良いですか?」

「そうさの・・妖精達の日程調整を考えれば前日には聞いておきたいのう」

「解りました。じゃあ今回のお話も明日から開始で良いですよ」

「なぬ!?」

「前日に聞いておきたいんですよね?叢雲、指令書の日付直してくれる?」

「はいはい」

叢雲はさらさらと訂正作業をしつつ、提督はなかなかの交渉上手だわと思い、ニッと笑った。

こういう押しの強さや、清濁併せ飲む覚悟がなくては丸め込めない事は沢山あるのだ。

それが解ってない人に一から教えるのは滅茶苦茶骨が折れる。

ただの正義感溢れるお人好しでは、とても鎮守府なんて回せない。

昨日の話を聞いて心配になり、龍田と相談して秘書艦を交代したが、杞憂だったかしら。

叢雲は直した書類を提督に見せてから、ポンと工廠長に手渡した。

 


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