艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード20

シュッ・・シュッ・・パシュウゥゥゥゥ・・・

慰霊碑は岩を削って作られており、見上げるほど大きなものだった。

周囲はうっそうとした木々に囲まれており、どことなくうすら寒い場所だった。

持参した竹箒で慰霊碑やその周りを掃き清めた後、提督はマッチを擦って火を起こした。

その火から蝋燭へ、蝋燭から線香へと火をつけた。

3人で頭を下げて黙祷していると、

「あら~、提督も来てたの~?」

振り向いた先に居たのは龍田、電、文月、そして摩耶であった。

 

「・・轟沈は、事故でも、事件でも、とても嫌なものだ」

提督がそっと、慰霊碑に向かって語りかけた。

「幾つもの鎮守府で、沢山の轟沈を見て来たけど、一番やってはいけない事だと思う」

天龍達も慰霊碑を見上げた。

「あぁ。残された側も、ほんと、辛くてたまんねぇ・・」

「どうにかして、根本的に轟沈する可能性が無い方向にしていきたいね」

龍田が提督に訊ねた。

「・・どうやるの~?」

「正直、今は全く見当もつかないけど、いつか実現したい。それが、私が出来る弔いだと思う」

「随分時間がかかりそうね~」

「かかっても、やる。・・・そうだね、決めた!」

首を傾げる面々に提督は向き直って言った。

「轟沈がありえない運用を目指す!これをうちの鎮守府の目標とする!皆、力を貸してくれ!」

天龍達はくすっと笑った後、

「はい!」

そう、声を揃えた。

すると。

「!」

慰霊碑がまばゆいばかりの光を放ち始め、提督達は思わず目を瞑った。

電はその時、確かに耳にした。

「お願い・・必ずやり遂げてね」

という、小さな、優しい声を。

やがて光が失せた後、提督達はそっと目を開けた。

すると慰霊碑はそこに無く、空気は爽やかになり、あちこちから日が差す普通の森になっていた。

「あ・・れ・・う、うそだろ・・え?」

天龍は血走った目で刀を構えたまま、くるくると周囲を見ている。

どちらかと言うと警戒というより怯えきっている感じだが。

文月はぽかんと口を開けたまま呆然としているし、摩耶も文月の頭に手をやったまま動かない。

電だけは微笑みながら頷いていた。

提督が叢雲に訊ねた。

「な、なぁ・・この慰霊碑って誰が作ったの?」

「えっ?」

「・・だって自然には出来ないでしょ?」

「そ、そうなんだけど・・」

互いに目線をかわしつつ考え込む龍田と叢雲に、提督は首を傾げた。

「ま、引き上げようか」

摩耶は昨日の文月の様子を思い返し、ぶるっと寒気がした。

いや、まさかそんな。

だけど、それ以外になんて説明すりゃ良いんだ?

ぞわぞわ来る寒気から気を紛らわせる為、摩耶は天龍に声をかけた。

「おい、何してんだよ。置いてくぜ?」

天龍が涙目で飛んできた。

「う、うわ、止めてくれ!一人にするなよぉお!」

「そんなにガッシリ掴んでくるな。痛ぇって!」

摩耶は天龍を叱りながら思った。

あぁ、やっぱり天龍が居るとラクだな~

 

「は?わしはそんなもん作っとらんぞ」

道中、工廠長かなという結論になった面々は、あっさり工廠長から否定された。

提督は重ねて訊ねた。

「慰霊碑はいつからあったんです?」

「そもそもそんな慰霊碑なんぞ知らんぞ?」

「えっ?」

「えっ?」

提督は首を捻りながら天龍に向き直った。

「な、なあ、ずっと墓参りしてたんだろ?いつからだ?」

「そ、それがさ・・なんか記憶が曖昧なんだよ・・」

「え?だって、司令官を追い出した日なんだろ?」

天龍は手で額を押さえながら言った。

「いや、それが、よく考えたら月も日も違うし、あの時俺達は花を海に流したんだよ」

「え?」

「だって最初の司令官が亡くなった事も含めて秘匿事項だから、外から葬儀屋とか石屋呼ぶわけにもいかねぇし」

「となると、慰霊碑を外部に発注したって可能性も・・」

「ねぇよ。外には一切言ってねぇ」

提督はごくりと唾を飲んだ。

「だ、だとしたら・・え?じゃああれはなんだったの?」

沈黙の中で頭の中で思いをめぐらせ、1つの結論に達した面々は、すうっと青ざめた。

他に説明しようが無い。

オイルの切れたロボットのようにグギギと首を回しつつ、天龍は龍田に話しかけた。

「た、たた、龍田」

珍しく青ざめた龍田が目だけ動かして天龍を見る。

「な、なに?天龍ちゃん」

「も、もしあの時、提督があぁ言わなくて、い、慰霊碑が光らなかったら・・」

「ず、ずっと・・お参りを続けるだけで・・済んだら良い方だったかもね」

「そ、それってさ・・つまりさ・・」

「あ、あの子達の・・怨・・」

工廠長はポリポリと頬を掻いた。

「なんにせよ、消えたのなら満足したという事じゃろうよ」

工廠長の言葉にいち早く飛びついたのは文月だった。

「そ、そうですよね!」

天龍は胸を押さえながら言った。

「良かった・・まじで良かった・・お化けは勘弁だぜ」

電が頷いた。

「命を奪う事はとっても怖い事なのです」

摩耶は電に訊ねた。

「お、お前は、なんか怖がってねえよな。さっきのあれ、どう思うんだよ・・」

「きっと皆、提督がどんな人か心配だったのです。そしてお話を聞いて納得してくれたのです」

提督は頷いた。

「轟沈がありえない運用を目指す。うん、いつか、何とか実現したいね」

電は提督にとことこと近寄り、言った。

「まずは、深海棲艦の皆さんに話を聞きたいのです!」

「話し合いで事態が解決出来たら理想的だしね。他にも色々考えて行こう!」

「はいなのです!」

工廠長は苦笑した。

そんな方法があったらとうの昔に大本営がやってそうじゃがの。

まぁ、この提督なら、あるいは・・いや、持ち上げすぎかの。

そして海原を見て言った。

「第2艦隊・・神通達が帰ってきたのぅ」

提督達もつられて海原を見た。

神通達の後ろには見た事も無いほどに妖しくも美しい、夕日と赤紫に染まった空があった。

「西方浄土、とはよく言ったものじゃの」

提督達は大きく手を振った。

気づいた神通達もスピードを上げ、手を振りかえした。

「よし、今日の夕食時に皆に目標の事を話そう!」

提督はニコッと笑って頷いた。

摩耶は提督の隣に立って話しかけた。

「ならさ、この鎮守府に着任する奴にハッキリさせといたほうが良いぜ」

「何を?」

「この鎮守府が他所とは明らかに違う道を進むって事をさ」

「歓迎会の時に言ったように、ちゃんと説明してるけど?」

「あーいや、もうちょっと、何て言うのかな。根本的に違うんだって理解出来るような」

「んー・・」

「一発でデカいインパクトを与えられるようなものねぇか?ここならではでさ」

龍田が微笑んだ。

「あらぁ、ピッタリの物があるじゃないですか~」

提督と摩耶は龍田を見た。

 

翌日。

 

「こ、ここ、こりゃ確かにここならではだし、一発で思い知るけどよ・・・」

摩耶は20mの飛び込み台で歯を食いしばりながら下を見た。

洒落にならねぇ。

なんでバンジーの設備なんて鎮守府にあるんだよ!?

イカレてるとしか思えねぇ。

それに。

「何でアタシがやらなきゃいけねぇんだよぉぉおおお!」

摩耶は思い切り叫んだ後、ぎゅっと目を瞑った。

とほほ、何でこんな事になっちまったんだ。

 

 


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