艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード22

「・・って感じでどうよ?」

「それは止めた方が良いと思うよ、天龍」

「なに!?どこに問題があるってんだよ」

「ここに潜水艦が居たらどうするんだい?」

「げ」

天龍はガリガリと頭を掻いた。

順応するのが早ぇよ時雨。

 

「戦術意見交換会」

 

4班体制が軌道に乗った頃、提督が提案した会である。

提督が次に攻略する海域を定め、叢雲が大本営から海図や敵の数といった情報を入手してくる。

ここまではどの鎮守府でもやっているが、その後が違う。

全ての艦娘が食堂に集まり、提供された情報を基に戦術を決めていく。

それも各班で決められた制限時間内に各海域の攻略方法を決めた後、どの班の戦略を取るか議論するのである。

提督は議論の時は誰が誰の案に対して発言しても良く、案をその場で改良するのも可であると念を押した。

そして、半日近く食堂に籠って議論し続けても喧嘩にならない工夫も施した。

具体的には、良い発言をした子は提督の前に並べられた美味しそうな甘味類をどれでも1つ取る事を許される。

考えれば甘い物が欲しくなる。美味な甘味が良い事を言えば食べられる。

余計なお喋りをしたり黙っていると、他の人にどんどん取られていってしまう。

もっと言えば地味に提督がつまみ食いしてるので誰も取らなくても減っていく!

更に、良い発言をした子が甘味を堪能しつつ休憩すると、他の子にも発言する機会が回ってくる。

ゆえに全員が白けずに中身の濃い真剣な議論へと参加出来るのである。

 

さて。

 

最初は提督と居た時間の長さというアドバンテージを生かして1班や2班が圧倒的な勝ちを収めていた。

一方、第1回の後は3班や4班のメンバーはへとへとになってしまい、次の日まで寝込んでしまった。

「しょうがねぇな、遠征代わってやるよ」

肩をすくめて天龍達2班が出撃していくのを、申し訳なさそうに神通は見送った。

「これ以上ご迷惑はかけられません。皆で考える事に慣れましょう!」

負けん気の強い3班の面々は神通の言葉に頷き、交換会とは別に自主的な勉強会を実施。

耐性を上げて行った。

一方、4班は

「ねぇ敷波、次に行くこの海域、ここを通るのはどうだろう?」

「えーと・・あ、なるほど、近道出来るんだね。ならこっちもどう?陸路あるけど僅かだし」

「そうだね。そこなら潮流も良いし、燃費が稼げるんじゃないかな」

静かに熟慮する時雨と素直な敷波は、勉強会というより日常会話的に戦術を良く議論するようになり、

「ここで、潜水艦を撒く」

「どうやって・・やる?」

「ここは、魚が沢山居る。だから、あらかじめ魚の餌をばらまいておくの」

「そっ・・か。魚群でソナーをジャミングするのね」

奇想天外な案を生み出す初雪についていける霰というコンビが出来つつあった。

球磨と多摩は

「まぁ言いたい事が言えれば充分クマ」

「今まとまってる戦術でも勝てそうな気がするにゃ」

と、戦術に対してはおっとりした構えだったが、

「提督が陸路の選択肢もありうると言ってる以上、陸戦も訓練メニューに取り入れるクマ!」

「あと、毎朝皆でランニングするにゃ」

と、基礎体力と陸上戦闘訓練を重視した取り組みを行った。

こうして4回目となる今回では3班も4班も最後までバテなくなったのである。

龍田は時雨に次々問われて顔色を失いつつある天龍を見ながら提督に囁いた。

「あっという間に追いついて来たわねぇ、3班も4班も」

「色々な方向から考える癖を身につけてくれれば良いから、交換会は成功だね」

龍田は提督の前にずらりと並ぶ甘味類を見ながら言った。

「じゃあそろそろ賞品的な甘味を減らしても良いかしら。結構費用的に高いのよねぇ」

提督がキリッとした顔で向き直った。

「いえ、それはなりません」

「なぜかしら~?」

「これからも新しく艦娘を迎えますし、考えれば良い事があるという流れを崩してはなりません」

龍田はちらりと提督を見た。

提督が真面目な顔でまともな口調でハキハキ返す時は絶対裏に何か隠している。

ほら、鼻がぴくぴくしてるし、考えてみれば手に持ってるドーナツ、何個目?

龍田は少し考えた後、さらりと言った。

「・・そういえば、そろそろ、ケーキの新商品が出る季節よねぇ」

提督がびくりとしつつ答えた。

「さ・・さぁ・・私はその辺は解りかねましゅが」

やっぱり。

「提督も~、もう少しボロが出ないようにしましょうね~」

「精進致します」

「ただ、提督の言い分も間違ってないから始末が悪いのよねぇ」

横で聞いていた叢雲がぽつりと言った。

「ま、この鎮守府の文化としてしっかり定着するまでは様子を見ましょ」

「うん、甘味は大事な文化だよね」

「そっちじゃなくて考える方よ!」

「甘味だって立派な文化ですよ!?」

叢雲はジト目で提督を見た。

「アンタ・・まさか甘い物食べる機会を増やしたくて交換会思いついたんじゃないでしょうね・・」

「いやいや、そんな事は無いよ。戦う最中にも自然に考えて欲しいからね」

龍田は時雨と二人で対策を議論している天龍に目を向けながら言った。

「そうねぇ。天龍ちゃん達も考えて戦うようになってから被弾率が下がったわねぇ」

叢雲の追撃を逃れようと、提督は龍田の話に大げさに頷き、相槌を打った。

「そうそう」

「遠征でも成功する事が増えたし~」

「そうそう」

「交換会で他の人の考えを聞くのは良い刺激になるし~」

「そうそう」

「会議となれば会議費が使えるから提督も高い甘味をタダで食べられて良い事づくめね~」

頷きかけた提督は頷く寸前になった顔を必死に止めながら答えた。

「そ・・い、いや、何を仰いますかな龍田さん」

危ない危ない。

龍田は普段にこにこしてあまり喋らない。

それゆえに、この鎮守府で一番討議能力が進化している事を忘れそうになる。

そう。こうやって眉一つ動かさずに罠を仕掛けられるくらい。

「あらぁ、違ったかしら~ごめんなさいね~」

ホッと息を吐きつつ提督は答えた。

「ち、違いますよ。やだなぁ龍田さん」

「ところで、そのチョコケーキはそこらで普通に買えるものなのかしら?」

途端に提督が気色ばんだ。

「何を仰います!これは楓銘堂の1日100個限定の貴重なショコラフロマージュですよ!」

「なら、このタルトは?」

「これは洋蜜軒の完全受注生産のミックスベリータルトです!」

「じゃあそっちのチーズケーキは・・」

「これはホテル・ド・キャッスルの有名パティシエが作った話題沸騰中のレアチーズケーキです」

「なら、提督がさっきからパクパク食べてるドーナツは・・」

「アメリカはシカゴから進出してきたファンキードーナッツの今シーズン限・・定・・・」

提督はふと目を上げ、喋り過ぎたと口を手で覆った。

叢雲は氷のような冷たい目で、龍田は我が意を得たりという目で提督を見つめていたからである。

しまった。罠に嵌められた。

大本営仕込みの防衛術すら通じないだと?

叢雲が低い声を発する。

「アンタ・・そんな物こんなに沢山発注してきたの?」

「み、みみみ皆美味しそうに食べてるじゃないですか!」

「だから高かったのね・・請求書、提督に回しましょうか~?」

「勘弁してください龍田様」

叢雲はズビシっと提督を指差しつつ言った。

「次回からこの会の甘味代は提督が半額出す事。良いわね?」

「へっ!?」

「良いわねっ!」

証拠を押さえられてしまった提督は頷く他に無かった。

「・・はい」

叢雲は溜息を吐いた。自分の懐が痛むのだから無茶な買い方はしなくなるだろう。

提督は胸をなでおろした。まあ半額で買えるならよしとしよう。

龍田は目を瞑った。多分次回も変わらない量が並ぶんでしょうね。まぁ費用は半額になったから良いけど。

やり取りを聞いていた艦娘達はごくりと唾を飲み、めいめいの手元を見た。

今まで休憩を兼ねて雑にムシャムシャ食べていた物がそんな高級スイーツだったとは・・・

確かに怒りを忘れる位激ウマだけど。

そもそも提督はどうしてそんなに美味な甘味を知ってるんだろう・・

やがて皆、互いに視線を重ね、へへっと薄笑いを浮かべた後、堰を切ったように手元の甘味をバクバク食べた。

そして提督の前に残るスイーツ達に一瞥をくれた後、一層白熱した討議を始めた。

次回から減るかもしれないのなら、今のうちにまだ食べてない物を堪能しとかないとね!

 


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