艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード36

 

数日後の午後。

 

「そこを何とかなりませんか?」

「いやぁ、そう仰られても・・」

龍田がひょいと食堂を覗き込むと、間宮と内装業者が打ち合わせをしていた。

業者が入場してからかれこれ2時間は過ぎているというのに、相当深刻そうね。

「どうかしたんですか~?」

「あ、龍田さん。甘味を売る売店コーナーなんですが」

「ええ」

「冷蔵ショーケースとレジを入れたいのですが、中古が幾ら探しても見つからないんです」

「なるほど~」

「かといって新品で買うと、輸送費まであわせるとこれくらいかかってしまいそうで・・」

龍田は見積書を見た。

適正というより、精一杯値引きしたであろう事が滲み出ている。

だが、それでも200万は軽く超えている。

間宮の言うとおり冷蔵ショーケースやレジの値段と輸送費がかなりの割合を占めているのだ。

「んー、もしこちらでケースを手配出来たら設置作業はやって頂けますか~?」

「ええ、それは構いません。私共も外販で買ってくるだけですから」

「そうね・・3日頂いて良いかしら~?」

間宮が表情を曇らせた。

「提督が、それはそれは首を長くしてお待ち頂いてるものですから・・」

龍田はくすっと笑った。提督も隅に置けないなあ。超鈍感だけど。

「待たせといて良いわよ~、最近食べすぎだったし~」

「えっ」

「それより、欲しい機種の型番とか解らないかしら~」

「あっ、これが候補リストです」

「ちょっと借りて良いかしら~、何台欲しいの~?」

「どうぞ。これが、元々考えていた図面です」

「はぁい、じゃあ3日後に結果をお知らせするわね~」

龍田はリストを手にすると、ひらひらともう片方の手を振って出て行った。

間宮と内装業者は顔を見合わせた。

たった3日で何か変えられるのだろうか?

 

3日後。

「こっ・・これ・・は・・」

「よく手に入りましたね・・」

「最低限のクリーニングはしてくれてると思うんだけど~」

間宮が買えれば最も嬉しいとメモに記していた、まるでケーキ屋にあるような大型冷蔵ケース。

それも4台まとめて、である。

そしてそのケースの上には、ちょっと古い物だが、よく磨かれたレジが1台。

中古品とはいえ、たった3日で実物を持ってきた事に、間宮も業者も舌を巻いた。

二人も中古業者は散々探したわけで、ゆえに揃える事が如何に大変か解っていたのである。

「使う前には念入りに掃除しますけど、今でも充分綺麗ですね。どこからこれを?」

「閉店したケーキ屋さんからよ~」

「・・どうやってそんな都合の良い物を探し当てたんです?」

「不動産屋さんのちょっとしたコネを使って、居抜きの物件を探したのよ~」

「ふ、不動産・・なるほど・・」

 

居抜き。

 

元々の店が置いていった設備を流用して開業する事を指す。

つまり、物件を購入すれば設備も手に入るのである。勿論中古なのだが。

「大きなケーキ屋さんが撤退した直後だったの~」

「偶然ですか。ラッキーでしたね」

「いいえ、ちゃんと探したよ~」

「え?どこをですか?」

「Webサイトの閉店・倒産情報よ~」

間宮はのけぞった。そりゃ確かにそこを探せば見つかるだろう。だが、思いもよらなかった。

「あ、あの、お店ごと買われたんですか?」

「いいえ、何も買ってないわよ~」

「へ?」

「物件を見に行ったら丁度リフォーム中で~、売り出す業態を変えるから設備は全部捨てるって言うから~」

「・・」

「じゃあタダで引き取ります~って言ったら喜んで譲ってくれたのよ~」

「・・」

「だから1tトラックを借りて運んできたの~」

「じゃあ・・このケースの値段って・・」

「トラックのレンタル代と交通費、計2万コインよ~」

間宮達はぽかんとした。

確かにこんな大型ケースを廃棄処分にするには産廃処分費用だってかなり高額になる筈だ。

それをタダで、しかも持って行ってくれるというのなら喜んで差し出すだろう。

理屈は解る。実にシンプルだ。

だが、中古でさえ1台数十万はする物をたった2万しか払わずに堂々と譲り受けた・・だと・・

間宮は見積書に目を戻した。

「え、えっと、ケースのクリーニングと設置、それと内装の小改造となると・・」

「これとこれ、あと、これだけですから・・ざっと見て30万くらいです」

「じゃあ・・龍田さん」

「は~い?」

「30万ですけど、発注してよろしいでしょうか?」

「良いわよ~、請求書は私にくださいな~」

「解りました」

「あ、えっと、設置前に念の為、レジとケースの点検もお願いして良いかなぁ?」

業者は苦笑した。値引きもされなかったし、まぁそれくらいなら良いか。

「解りました。メーカーに点検させましょう」

「お願いします」

こうして、食堂に売店コーナーが出来た。

ピカピカに磨き上げられた冷蔵ケースが一際目立つ。

だが、叢雲は首を傾げていた。費用が計上されていないのである。

「ねぇ、間宮さん」

「はい何でしょう?」

「あなた、こんな立派な設備を自腹で揃えたの?」

「いいえ、請求書は龍田さんにお渡ししましたよ?」

「・・あっそう」

叢雲はとことこと龍田の仕事場に向かった。

「お邪魔するわよ」

「あら~、売店どうだった~?」

「綺麗だったし、本物のケーキ屋みたいだったわ」

「でしょうね~」

「ところで龍田、請求書貰ったんでしょ?手続きするから貸しなさい」

「大本営には請求しないよ~」

「なんでよ?」

「ケーキ売る為に食堂改造しましたなんて言わない方が良いわよ~」

「うっ」

叢雲は顔をしかめた。

そうだ。あの石頭の大本営経理部がそんな事を知ったら怒るに決まってる。

元々間宮はアイスとかを作れはするが、日常的に食べさせる為じゃない。

「じゃあどうするのよ」

「基金から払っておくわよ~?」

「基金?お花代を原資にした奴?」

「そうよ~」

「確かに200万コインあったけど、今回ので使い果たすんじゃない?」

「そんな事無いよ~、まもなく7億だし~」

「へっ?」

「なぁに~?」

「な、7・・億?」

「7億。まだちょっと足りないけど~」

叢雲は溜息をついた。確かに龍田・文月・不知火のトリオならありうるかもしれない。

まぁ、7億もあれば工事代なんて余裕よね。

「じゃ、提督には龍田達の基金から払ったって言っとくわ」

「それで合ってるよ~」

「残高くらい提督に報告しなさいよ?」

「言わないわよ~」

「どうしてよ?」

「男に金の顔を見せちゃいけないのよ~、全部使っちゃうから~」

叢雲は龍田を見ながらジト目になった。

確かに、この前の間宮面談の時を思い出せば言えてるかもしれない。ならば。

「せめてアタシは知っておきたいんだけど?」

「知ったら提督が困ってる時にうっかり喋っちゃうんじゃないかな~」

「うっ」

我が意を得たりという顔になった龍田は続けた。

「大丈夫。ネコババしたりしないから~」

叢雲はポリポリと頬をかいた。

「じゃあ今の話、聞かなかった事にするわ」

「その方が良いかもね~」

こうした経緯を経て、龍田の仕事はますます誰も解らない特命事項になっていったのである。

 

 


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