艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード39

3ヶ月ほど経った、ある日の事。

「私が戦艦長門だ。よろしく頼むぞ。敵戦艦との殴り合いなら任せておけ」

日向は長門と力強く握手しながら思った。長門型の強さは折り紙つきだ。素晴らしい援軍が来たな。

 

日向は少し前、当番で建造指令を発したのだが、妖精達がやけにざわめいた。

何か間違えたかと怪訝な顔になる日向に、妖精達から建造時間を聞いた工廠長が声をかけた。

「長門型戦艦じゃの。高速建造剤を使うかね?」

「可能か?」

「うむ。今日の1隻目じゃし、問題無かろう」

「では頼む。提督に夜更けに伝えるのは気が引けるからな」

 

「・・・」

「・・・」

挨拶を交わした日向は長門を連れて提督室に報告に来たのだが、異様な雰囲気に気まずさすら感じていた。

いつもの事を考えれば、提督は

「おー、立派な船が来たね!戦艦とは素晴らしい!ようこそ我が鎮守府へ!」

とか言うだろうと日向は思っていた。

そしてそれは、たまたま在室していた秘書艦の叢雲もそう思っていた。

だが、提督は書類に押し付けたペンのインクがじわじわ広がるのも気づかず、長門を見たまま動かない。

そして長門もまた、提督と目が合った途端、それまでのキリッとした振る舞いがピタリと止まったのである。

 

無言。

全くの無言。

ただひたすらに無言。

そのまま3分が過ぎていった。

 

最初に声をあげたのは、日向だった。

「あ、その、提督・・建造で着任してくれた、長門、なんだが・・聞いてるか提督?」

一方で叢雲は俯き加減に目をそらした。

この意味が解らぬほど、叢雲は鈍感ではなかったのである。

だが大変残念な事に、残る3人はその意味が解らない程その方面に疎かったのである。

 

「な、長門型1番艦の、長門、だ」

「あ、ああ。よろしく・・頼みます」

 

日向は首を傾げた。

さっき私が説明したのだが、まるで聞いてなかったのか?

提督の様子が明らかに違うが、腹の具合でも悪いのか?

日向は叢雲に近づくと、そっと訊ねた。

「なぁ・・二人は具合でも悪いのか?長門は部屋に入るまではハキハキしていたのだが・・」

叢雲は複雑な表情をしながら日向を見返した。

「あんた・・本当に解らないの?」

「な、何がだ?」

叢雲は長い長い溜息を吐いた。くらくら眩暈がするのは勿論溜息のせいじゃない。

「はぁ・・ちょっと龍田の所に行ってくるわ。適当にお茶出してあげて」

「え?お、おい、今行くのか!?わ、私はお茶なんて淹れた事無いぞ!?おい!」

日向はとぼとぼと歩いていく叢雲の後ろ姿を呆然と眺めていた。

そして振り返り、再び黙って見つめ合う二人を見て思った。

一体全体、皆どうしたというんだ?

今、茶を淹れても気づかなそうだな・・・どうすれば良いんだ?

 

「あーあ、叢雲ちゃん可哀想に~」

龍田は弱々しいノックと共に入って来た叢雲を見て、只事ではないと察した。

すぐに仕事を中断して叢雲を椅子に座らせると、文月に茶を淹れさせ、不知火に菓子を用意させた。

提督と大喧嘩でもしたのかと予想を立てたが、叢雲から告げられたのはそれ以上の事実だったのである。

ひとしきり伝え、無言で最中を齧る叢雲を見ながら、龍田はふと気が付いた。

文月と不知火まで叢雲の背後で暗い目をしている事に。

そして、腕を組みつつ、気付いていなかった自らの感情を認めた。

 

 敗北感。

 

そして龍田はその時認識したのである。

 

 自分が、提督を好意的に捉えていた事に。

 

叢雲が伝えたのは、長門と提督が互いに一目惚れしたという事であった。

鏡に映った姿のように、互いに薄く頬を染め、ぽうっと相手を見つめ続けている。

まだ言葉すらロクに交わしていないのに、傍で見る自分がはっきり解るくらいの相思相愛だというのである。

「んー・・」

龍田は頬杖をついて考え始めた。

この鎮守府は提督の発案と行動により、艦娘にとってとても居心地良い場所になった。

それは龍田達ベテラン組から、つい先日入って来た新人組まで全員が口を揃える。

ゆえに、その居心地の良さを提供する提督に好感を、いや、恋愛感情を抱く子が多い。

恋愛感情は反応であり、本人が起こしたくて起こすものではない。

だが、同じ相手を気に入るという事は、自分に割り当てられる時間が消滅するか、減ってしまう。

ゆえにそうさせまいという感情、つまり嫉妬という感情が生まれるのである。

今までの艦娘達の間では、互いに提督に一線を越えたアプローチを仕掛けないという淑女協定を結んでいた。

だが、長門と提督は色々な意味で手遅れの所まで一瞬で進んでしまった。

龍田は眉をひそめた。

折角上手く行っているこの鎮守府で、提督が長門に現を抜かせば長門が嫉妬の炎に炙られる。

更には提督への憎しみにも変化し、内部から組織が崩壊する要因になりかねない。

動くなら早い方が良い。

龍田は叢雲、文月、不知火に向かって言った。

「今聞いた事、他の子達には内緒に出来るかなぁ」

叢雲がぽつりと返した。

「出来るけど、二人が動けばすぐバレるわよ?」

「その事について、今から私がちょっとお話してくるから・・ね?」

叢雲は頷くと、龍田に言った。

「あと、急で悪いんだけど・・秘書艦を外れても良いかしら」

「・・そうね。じゃあ、電ちゃんと一緒に調査に携わってくれると嬉しいんだけどなぁ」

「良いわよ・・ところで、長門には誰が教えるの?」

「う~ん、長門ちゃんはちょっと別の扱いをする事にするわ~」

「別・・って?」

「一応、本人に確認を取るから、皆はここに居てくれないかなぁ?」

「あ、龍田」

「なに~?」

「部屋には二人の他に、日向が居るわよ」

「それは・・こっちに来てもらった方が良いわね~」

そういうと龍田はインカムをつまみ、日向をコールした。

 

「なるほど。そういう事か。やっと解った」

日向は龍田の説明を聞き、合点が行ったと大きく頷いた。

「で、何故、皆してお通夜みたいな雰囲気なんだ?」

文月は力なく答えた。

「お父さんが取られちゃうのです・・」

日向は首を傾げた。

「よく解らないが・・提督が文月に注ぐ愛情は、恋愛というより親子の情だと思うぞ?」

「・・親、子?」

「あぁ。自分の愛娘を慈しむ親のようなものだな。文月だって恋愛をしている訳ではあるまい?」

「・・よく解んないですけど、お父さんと一緒に居たいです。その時間は減っちゃいますよね?」

「今も24時間べったりという訳ではあるまい?」

「そう、ですけど・・」

龍田が日向に訊ねた。

「提督と長門さんはどうしてるの~?」

「長門は呆然と立ち、提督は自席に座ったままだ。そろそろ書類がインクで真っ黒になるだろう」

龍田が溜息を吐きつつ言った。

「じゃあ私が行ってくるね~」

いつか起こるかもしれないとは思っていたけれど、ね。

龍田は席を立った。

 

龍田の足取りはやや重かった。

自分にも、提督が気になる感情(好きとは言いたくなかった)を認めた以上、今会うのは気が重い。

ましてや、あの叢雲をも葬るほどの高エネルギーフィールド全開状態だ。

だが、仕方ない。誰かが調停せねばならない。

この鎮守府を平和に保つために、誰かが。

 

コンコンコン・・ガチャ。

案の定返答は無いが、解っているので構わずドアを開けた。

・・予想以上ね~

龍田はつかつかと二人の間まで行くと、対空機関砲を空砲で1発撃った。

いくら対空機関砲とはいえ、至近距離で撃たれればその音の威力は絶大だ。

たちまち提督と長門は我に返り、日向と叢雲が居なくなり、代わりに龍田が居る事に驚いた。

「なっ、なにっ!?」

「む、叢雲!?日向!?あれっ?龍田さん!?」

龍田はジト目で腕を組んだ。

「二人にお話があるんですけど~」

長門はまだ知らなかったが、提督は良く知っていた。

この鎮守府の龍田が如何に凄まじい存在か、という事を。

「はい、聞きます」

長門は居住まいを正し、ピシリと返事した提督を凝視し、ついで龍田を見た。

司令官が艦娘に敬語!?しかも明らかに恐れてないか!?一体どういう事なんだ!?

 

「・・と、いう訳なのよ~」

「そ、そう、か・・」

長門は自分でもよく解っていなかった感情をズバリ指摘されたので、真っ赤になって俯いた。

しかし、提督は輪をかけた鈍感だった。

「んー、そういう経験がね・・あまりにも乏しくて・・ごめん、ピンと来ない」

龍田は溜息を吐いた。予想してた中で最も鈍感な反応より更に鈍感だ。

これじゃ叢雲が至近距離で好き好き光線を発しまくってても全く気付いてなかっただろう。

不幸な叢雲ちゃん。

「でね、この鎮守府が嫉妬に狂った皆の内紛で崩壊して欲しくないの~」

提督はまさかと言いかけたが、いつにない龍田の真剣な表情に口を閉じた。

「だから、長門さんには、長門さんである事を見込んで、1つお願いがあるの~」

長門は龍田を見た。

「なんだ?」

「あのね、長門さんにも憧れを持つ子達は結構いるの」

「うむ」

「だから、皆に長門さんを認めてもらって、そこから受け入れてもらう方向にしたいのよ~」

「・・どういうことだ?」

龍田は目を細めた。ここまでは順調だ。

 

 


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