艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード45

ざわめく艦娘達を前に、提督は気にせず続けた。

「今、君達の顔色を見て、思い知らされた。私は大変な過ちを犯す所、いや、犯してしまったのだ」

「だから現刻をもって、本討伐作戦から我が鎮守府は手を引く。繰り返す。現刻を持って作戦を中止する」

一気にざわめきが広がったが、普段はざわめきを止める側の長門が声をあげた。

「なっ!なぜだ提督!ようやく第1海域を制した!我々は次の海域の攻略計画を立てた!準備も進めている!」

うんうんと頷く艦娘が多数を占める中、頷かない面々が居た。

提督はその一人、龍田を見ながら言った。

「今、ダメージ0、疲労0、気力十分という者、手を挙げてくれないか?」

提督は言葉を切り、ゆっくりと見まわしたが、挙手する者は居なかった。

「長門。これが答えだ。我々は第1海域の攻略で既に満身創痍だ。これ以上の進撃は轟沈をもたらす」

「だ、だが、大本営は第4海域まで攻略せよと指示しているのだ。勝手に降りる訳にはいかぬ」

「いいや長門。私の命令で、私の勝手で、この作戦を降りるんだ。轟沈者を出してはならない」

「何を言っている!平時とは違う!我々のペースでシーレーンを奪還するのとは訳が違うのだ!」

「そうだ長門。私が犯した罪は、私もつい先程まで長門とそっくり同じ考えだったという事だ」

「当たり前だ!それが当然ではないか!」

その時、龍田がすうっと立ち上がり、静かに提督に向けて歩を進めた。

「・・なるほどね、提督。そんな考えだったんだ」

提督はまっすぐ龍田を見て言った。

「私は、忘れていたんだよ。龍田」

「・・ほんと、信用出来ない提督ね~」

 

 パン!

 

長門の、第1艦隊の、間宮の、そして全ての所属艦娘の前で。

龍田は提督の頬に、渾身の平手を打ったのである。

二人を除く全員が凍りついた。

 

龍田は数秒、じっと提督の目を覗き込んだ後、そっと提督の斜め後ろに控えて皆の方を向いた。

提督は、切れた口内の痛みを感じながら口を開いた。

「皆も知っての通り、この鎮守府には痛ましい、そして忌まわしい過去がある」

「愚かな司令官の独断と誤った指示で、20隻もの仲間が轟沈させられた」

「そしてその霊は、慰霊碑という形で私達の前に姿を現した」

「私はその慰霊碑に向かい、二度と轟沈させないと誓った。その途端慰霊碑が光に包まれて消えた」

「立ち会った電によれば、必ずやり遂げてくれという声を聞いたそうだ」

「だから私は、轟沈させない運用をこの鎮守府の目標として定め、提督室に掲げていた」

「・・だが」

そう言って提督は、脇に抱えていた板を皆に見せた。

「先程、この板が真っ二つに割れた。誰一人触っていない中、私の目の前でだ」

提督が板をテーブルに置くと、龍田がそっとティッシュを差し出した。

「口の中、切れてる?吐きだした方が良いわ」

「すまない」

受け取ったティッシュにそっと血を吐き出すと、提督は続けた。

「この板が割れたのは、沈んだ者達からの警告だと私は受け取った」

「これ以上進めれば轟沈者を出すぞ、何か忘れてないか?私達との約束を忘れてないかと!」

「・・そこまでされて、ようやく私は思い出したんだよ。ようやく、ね」

提督は伊19の肩を叩いた。

「皆が死力を尽くしてくれたおかげで、こうして伊19を迎える事が出来た」

「伊19は海のスナイパーと呼ばれている。解析能力も高いし、頼もしい仲間だ」

「今はまだ誰も轟沈していない。これから3海域を攻略するにはどう考えても時間が足りない」

「だから足りない時間をどうするか、ではなく、討伐そのものから撤退する」

「本来、もっと早く、もっと皆が疲弊しきる前にこの事に気付くべきだった」

「それはすべて私の責任だ。私が誤った方向に皆を導いてしまった」

「突然中止する事で徒労感、やるせなさ、私への怒り、批判、色々あると思う。全て甘んじて受ける」

「すまない、皆。私はこの件の一切の責任を取る。大本営には私が説明する」

「だからここで引いてくれ。あらゆる非常態勢を解き、休息してくれ。一人も轟沈する前に!」

「頼む!」

提督が再び大きく頭を下げた時、今度は誰一人として声を発しなかった。

龍田が皆を見回しながら継いだ。

「この件、提督の決断に異議ある人は居るかしら?・・そう。じゃ、長門さん」

びくりとしながら長門が口を開いた。

「な・・なんだ?」

「私は皆とこれから立て直し策を相談するから、提督と伊19さんを提督室へ連れてって~」

「あ、あぁ、解った」

「あと、大本営への連絡、よろしくね~」

「解った。任せろ」

「伊19さん、今はドタバタしてるけど、落ち着いたらバンジーしましょうね」

「え?ば、バンジー?」

「そうよ。それがこの鎮守府に来る子に最初にするしきたりなの」

「・・聞いた事無いのね」

「それでも、うちの鎮守府ではそうだから、従ってね」

「・・解ったのね。後でやり方、教えてなのね」

「うん。落ち着いたら、ね」

こうして、微笑みながらひらひらと手を振る龍田や艦娘達を後に、提督達3人は食堂を後にしたのである。

 

「・・・」

提督室に帰ってきた提督は、道中も含めて一言も喋らなかった。

長門も提督を何度かチラチラと伺い見るも、声をかけられずにいた。

ギシッ。

提督は帽子掛けにそっと帽子をかけると、応接コーナーの隅の椅子に腰かけた。

テーブルに肘から先を乗せ、目を瞑った。

全身が鉛のように重かったし、着任以来経験した事の無い罪悪感を感じていた。

何が自主性を重んじるだ。何が箸の上げ下ろしまでゴチャゴチャ言わないだ。

艦娘達の総意である進撃を真っ向から否定したではないか。

その時、ふと肩に何かが触れた。

振り返ると、伊19がニコッと笑って立っていた。

「提督・・肩凝ってるなの?」

「い、いや・・解らないが・・」

「ほら、こうすると・・」

「あげっ!?」

「痛い?いひひっ」

「いっ、痛っ!痛いです伊19・・さ・・ん」

「・・提督」

「うん」

「提督が言った事、なーんにも間違ってないのね」

「・・そうだろうか」

「川の石は、丸いのね」

「・・そうだね」

「それは、川の水の流れを、こっちじゃないよ、あっちだよって、一生懸命導いて、削れたからなのね」

「・・・」

「導く為には、自らの形が変わってしまう位、削れちゃうって事なの」

「・・・」

「提督は川の石、なの」

「川の石、か・・・」

「そう。皆が正しい方向に進んでない時、ちゃんとした方向に戻してあげるのが、提督の役目なのね」

「・・・」

「その時は削れるくらい辛くても、後になれば皆解ってくれるのね」

「・・これから更に、大本営にガシガシ削られるんだけどね」

その時、長門が伊19に頷き、肩もみの役を代わった。

手持無沙汰になった伊19は、提督の机の上にあった大規模討伐作戦の書類を読み始めた。

提督の言う通り、食堂で見た艦娘達は疲労困憊だった。

あれでは残り3海域を攻略する前に全員沈んでしまうだろう。

そんな無茶な進撃命令を大本営は出したのだろうか、と。

 


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