艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード52

「特に警戒するような反対勢力は居ないのですが・・」

呼ばれた警備兵はそう答えたが、続けて、

「最近はもはや人っ子一人居ないので、夜ともなれば野生の熊や鹿がのんびり歩いてますよ」

と言った。

提督はぎょっとした。

鎮守府の中は昼夜問わず騒がしい。

出撃や遠征でしょっちゅう出航や帰航があり、昼は敷地内で自主トレや訓練もやっている。

当番の無い者はお喋りに興じたり、キャーキャー言って走り回っている。

工廠はひっきりなしに金属音や溶接音、そして工具の音が鳴り響いている。

さすがに就寝時間を過ぎれば多少は静まるが、それでも艦娘達の気配で満ち溢れている。

一方で提督は着任日に歩いて来て以来、ほとんど正門から外の陸路に出ていなかったのである。

「あ、あの」

「はい」

「じゃあその、角にあった喫茶店も・・」

「とうの昔に店を畳んでしまいましたよ」

提督は頭を抱えた。

数年の間にそんなにも過疎化していたのか。

やはりあの日にカツサンドを食べておくべきだった。なんと言う不覚。

「ところで、その、夜中に動物が見えるものなの?」

「ええ。街灯はありませんが月や星の明かりで」

「それに目が慣れる位暗いって事?」

「はい。ですから御婦人が住まわれるには、いささか野生的すぎる気が致します」

御婦人と言われた鳳翔は急にニコニコすると言った。

「あら怖い。それなら寮に住んで良いでしょうか?」

「解りました。後で秘書艦が戻ったら部屋を用意させますよ」

だが提督は、頷きつつ苦笑していた。

以前会っていた時でさえ、鳳翔の航空部隊は高練度の精鋭揃いで、しかも機体は彗星六〇一空だった。

鳳翔は触れたがらないが、鳳翔自身も過去、特殊部隊を養成する為の教鞭を取った事もある手練れである。

今も軍務に関わらないとはいえ、本気になれば今の鎮守府全員でかかっても勝てないだろう。

それどころか周囲の山を含めてあっという間に火の海に出来る。そういうレベルだ。

熊なぞ怖くないでしょうにと顔に書いてある提督に気付いた鳳翔はむすっと頬を膨らませると、言った。

「しめ鯖でも召し上がりますか?提督」

提督は真っ青になると

「い、いや結構です。ヒ、ヒカリモノは、ヒカリモノだけは・・」

と言いつつ手を振ったのである。

 

礼を言って警備兵を帰した時、間宮も昼の支度があるからと言って戻っていった。

秘書艦当番の扶桑はまだお使いから戻ってこない。

提督は鳳翔と二人きりになった後、そっと訊ねた。

「こんな小さな鎮守府相手の店を持つ為とは思えないのですが、何故こんな異動を受けたのです?」

鳳翔はくすくす笑った。

「提督の鎮守府が危ない目に遭うかもと聞いたからですよ」

「・・戦いからは足を洗ったんじゃ?」

「攻める戦いからは、です。大事な人を守る為の戦いなら喜んで発艦命令をかけますよ」

「すると・・鎮守府の最終防衛ライン役を買って出た、ということですか?」

「んー、もしもですが、鎮守府で内乱があれば、私は提督をお守りしますよ」

「すると、大本営ではまだここの子達に疑いを?」

「ええ。でも、そう仰るという事は、提督はここの艦娘達を信じてるんですね?」

「そうですね。彼女達はシロです」

「では私も「依頼」をこなしつつ、気楽にここでの生活を楽しめそうですね」

「・・なるほど」

提督は納得したように頷いた。

過剰な討伐命令の詫びとはいえ、鳳翔総料理長を着任させるというのはあまりにもアンバランスだ。

しかし、柔和な振る舞いと総料理長としての顔が有名過ぎる鳳翔は、その軍事力にあまり注目されない。

要はクラス12の筈なのに、クラス6相当の働きをした事が大本営を警戒させたのであろう。

自己防衛力が高く、別の特技でカムフラージュ出来る鳳翔は監視役としてうってつけだ。

提督の護衛というのは鳳翔自らの意思で、雷辺りに許可されているかもしれないが依頼ではないだろう。

提督は溜息を吐いた。

「中将も相変わらず狸ですね。ここのクラスと忠誠度の再算定辺りを依頼されましたか?」

「うふふ。上から数えた方が早い方達は、腹芸もお上手ですからね」

「ええと、という事は私にも逮捕状や嫌疑がかけられてるんですかね?」

「まさか。私の友人にそんな無礼を働くのなら、棟ごと艦載機でローストにしてあげますよ」

あっけらかんと言い放ち、くすくす笑う鳳翔。

提督は思った。命拾いしたのは絶対熊の方だ。

 

そんな秘密を知る由もなく。

 

間宮から凄腕の料理人が来たと知らされた艦娘達は、挨拶代わりと振舞われた夕食に目を丸くした。

間宮の料理も自分達から比べればプロ級の腕前だったが、その間宮が食事が済むや否や、

「お手すきの時間で構いません!どうぞ手ほどきをお願いいたします!何卒!」

と、鳳翔に深々と頭を下げたのである。

艦娘達は驚きつつも納得した。間宮と比べても桁違いの料理なのである。

「もちろん喜んでお引き受けしますよ。私の店が出来るまでの間、一緒に調理場に立ちましょう」

「あっ!ありがとうございます!」

艦娘達は思った。

確かに鳳翔の料理が堪能出来るのは嬉しい。

だが、既に間宮が来てから提督に試食名目で手料理を振舞いづらいのに、完全に道が閉ざされてしまう。

複雑な表情で悩む子達を横目に、金剛は手を挙げた。

「ハイ!鳳翔サーン!」

「なんでしょうか?」

「私もレッスンに混ぜてもらって良いデスカー?」

提督は慌てて止めろと首を振ったが金剛は気付かなかったし、

「わっ、私も!」

「私もお願いします!」

数名の艦娘が手を挙げ、互いにバチバチと火花を散らした。

提督は溜息を吐いた。

私は知らない。知らないよー

 

 

1週間後。

 

「た、ただいま・・デース」

自室に帰ってきた金剛を迎えた比叡はぎょっとした。

「おっ!?お姉様どうしたんですか!顔色が真っ青ですよ!?」

「鳳翔のクッキングスクールは地獄デース・・」

「イジメられたんですか!わっ、私が敵討ちを!」

慌てて艤装を背負おうとする比叡を金剛が押し留めた。

「違いマース。レッスンがウルトラハードなんデース・・」

 

少し前。金剛の切ったキャベツの千切りを手に取りながら、鳳翔は言った。

「この位の固さのキャベツなら千切り幅は2mmが良いので、5mmでは少し太過ぎますね」

「ハイ!」

「1.8mmから2.2mmを許容範囲として、一人分4秒を目処に切り終えましょうね」

「What!?」

 

そう。

 

鳳翔が習得を要求するレベルは「プロ」である。

間宮は間宮ですさまじく高度な課題を言い渡されており、毎日頭を抱えている。

その間宮に言わせれば

「2mm幅でキャベツの千切りを4秒ですか・・ええ、もう、基本ですね・・」

と、力なく笑うので、相手のレベルに合わせてはいるようである。

それぞれにとって崖のように険しいハードルだが、聞けば丁寧に教えてくれるし、

「じゃあもう1回やるので見ててくださいね」

と、言った事を笑顔を絶やさずあっさりこなす鳳翔には誰一人として逆らえないのである。

 

比叡は金剛の為に紅茶を注ぎ、手渡しながら言った。

「それで、その、成果は上がってるんですか?」

金剛はうふふと力なく笑った。

「最初1.5cm幅だったのが、今では5mmまでは行けるようになりましたネー」

「凄い進歩じゃないですか」

「でも2mmまで行かないと認めてもらえまセーン」

「あ、あの、お姉様」

「ハーイ?」

「その、他には何を教えてもらったんですか?」

金剛はしゅーんとした顔で言った。

「・・それだけデース」

「えっ?で、でも、当番の無い日は昼過ぎから夜までずっと通ってますよね!?」

「そうデース」

「ひっ・・ひたすら千切りを?」

「千切りデース」

「2mmになるまで?」

「デース」

「あ、あの、丁寧に切れば、2mm位には・・」

「4秒以内って決められてるんデース」

「4秒!?」

「しかも1.8mmから2.2mm以内限定デース」

「あ、あの、お姉様」

「ハーイ・・」

「他の方は・・」

「不知火は水無しでジャガイモを調理する課題に入りマシタ」

「は?み、水無しで調理って、焦げちゃうんじゃ・・」

「鳳翔さんによれば、火加減と油加減で出来るそうデース」

「1回出来れば良いんですか?」

「その加減を2人前と10人前でマスターすればFinishデース」

「し、不知火さん、は・・」

「やつれてマース」

「・・・」

「神通は更にその先、ホワイトソース作りを今日終えましたネー」

「えっと、ホインツの缶詰を規定時間内に買ってくるんですか?」

「NO!バターと小麦粉とMilkから作るんデース!」

「ええっ!?ホワイトソースって作れるんですか!?」

金剛はうんうんと頷きながら比叡の手を握った。

さすが我が妹。私もそう思ってましたネー。

「だから千切りが終わっても艱難辛苦の道が待ってマース」

「え、えっと、じゃあお姉様だけが千切りやってるんですか?」

「NO!加賀が居マース!加賀には負けませんネー!」

「最下位争いじゃないですか・・」

金剛はバチンとウインクした。

「違いマース。千切りでリタイアした扶桑を加賀より先に超えたら鳳翔に土下座してリタイアしますネー」

「そこがポイントなんですね」

「今リタイアしたら最下位とイーブンデース。それだけはNOなんだからネー」

金剛はそう言って拳を握ったが、あんまり変わらない気がすると比叡は苦笑しながら思った。

 

 


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