艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード53

2ヶ月後。

 

「・・ん、よし、と」

鳳翔はしたためた手紙を入れた封筒を手に、自室を後にした。

そして鎮守府の配送室に出向くと

「大本営宛」

と書かれたカゴに入れたのである。

 

「・・そうか」

中将は鳳翔からの手紙を読み終えると深い溜息を吐いた。

「どうかなさったのですか?」

心配そうに尋ねてきた大和に、中将は肩をすくめながら答えた。

「提督の鎮守府に関する監査リポートが来たんだが」

「・・鳳翔総料理長ですね」

「うむ。クラス算定も妥当で、内乱の可能性は無く、提督を中心に強い結束力を誇るそうだ」

「えっと・・大変喜ばしいことですよね?」

「そうなのだが、クラスを超えた戦力の理由については、その手法がユニーク過ぎて水平展開出来ん」

「クラス12の鎮守府がクラス6並の働きをする為には、よほど凄い手法なんでしょうね・・」

「ユニークだから問題なのだよ・・一番期待していた事だったのだがな・・」

「どういう事ですか?」

「以前から提督の鎮守府には、クラス詐欺ではないかというクレームが上がってるんだ」

「あぁ、演習で負けた鎮守府からですね」

「そうだ。余りにも負け方が酷すぎる、詐欺かインチキでもやってるんじゃないかとな」

「あの長門がそういう事をするようには見えませんが・・」

「もちろんやっとらん。しかし、では何をしてる、うちもやりたいという鎮守府に説明しようが無い」

「ユニーク過ぎるって仰いましたけど、どんな事なんですか?」

「簡単に言うのは難しいが、艦娘が戦闘中も戦況から戦術を考え続け、随時変更してるんだ」

「・・は?」

「だから攻撃パターンも陣形も変幻自在。例えば洞窟に潜み、対空機銃で相手の艦橋を狙撃する」

「・・そ、そんな」

「そんな戦術を取られれば他の鎮守府の艦娘はあまりに予想外過ぎて対応できない」

「でしょうね・・」

「それは深海棲艦も一緒だから、著しい成果をあげてるって訳だよ」

なるほどと大和は思った。

あまりに予想外の事態に遭遇すれば普段の力なぞ出せる訳がない。

そしてそんな戦い方を大本営自らが推奨する訳にもいかない。

作戦命令通り、マニュアルに記された手順で動く事で手一杯の並の艦娘達ではとてもついていけない。

だが厄介な事に、それで戦果が出てしまっている。

インチキではないが、大本営が口にする事は出来ない戦術で。

「提督も最近では相手を刺激しないようにと指導しているようだが」

「それじゃ実力が発揮出来ないですね・・何の為の演習なんだか・・」

「だが、何故か批判の声がいつまでも収まらん」

「おかしな話ですね」

「せめて討伐の時に途中撤退してくれていたら、クラス詐欺の疑いを晴らせたんだがな」

「制圧してしまいましたからね・・素晴らしい快挙なのですけれど」

「そうなのだが、抗議の声は高まる一方だ。やむをえん。大将に如何扱うか相談してくるか」

「一緒に参りましょうか?」

「いや、長い内緒話になる。こっちで来訪者を捌いていてくれると助かる」

「かしこまりました」

 

「丁度、その関連話をしようとしていたんだよ」

「と、仰いますと?」

中将が訪ねた時、丁度大将以外居なかったので早速切り出したところ、そう返されたのである。

「実はな、阿呆な司令官が兵装に無理な改造を施していた事が解った」

「は?」

「砲塔が吹き飛んだ事故を調査していた117研が見つけた。弾頭を変え、火薬を大量に装填したらしい」

「・・・」

「兵装の無理な改造は艦娘に致命傷を与えかねず、厳禁事項というのは知っていたらしいのだが」

「ええ」

「その司令官は、提督の鎮守府に惨敗を喫したのが悔しく、どうしても勝ちたかったと答えたのだよ」

「・・」

「・・悔しがるのは悪い事ではないが、艦娘を危機に晒す改造に手を染める司令官は是正せねばならん」

「はい」

「117研は事故調査専門で、憲兵隊は技術論となると弱い。どちらに任せるのも難しい」

「ええ」

「・・まるで、あの案件のお膳立てをするような状況だが、承認するにはどうにも不安が拭えん」

「鎮守府調査隊の設立ですか。腐敗対策として権限と機動性を持たせた独立組織を作るという・・」

「だが、完全な独立組織では、もし乗っ取られたり暴走した時に歯止めが効かなくなる」

「せめて、大本営直轄組織としておかねばならないでしょう」

「うむ。もう1つは候補者だ。余りにも不可解過ぎる」

「候補に挙げていた者が次々と事故で死んだり退職していますからね」

「・・残った者の中ではこの男が筆頭だが、どうにも嫌な予感がするんだよ」

「一度白紙に戻したい所ですね」

「だが、提督の鎮守府に対する抗議の圧力は一向に消えぬのだろう?」

「・・そこも不可解なのです。なぜか提督のところだけ目の敵にされている」

「元事務官、という所かな。組織の長を君がやってみるかね?」

「お引き受けしても、恐らく報告を読んで判断する位しか対応出来ませんよ」

「それでも完全に手放しにするよりは良いだろう」

「・・つくづく提督をあの鎮守府に送ったのは間違いでした」

「提督はよくやっとるよ。妻は高く評価してるしな」

「いえ、働きぶりの事ではありません」

「どういう事だ?」

「大本営内でこういう時に使える貴重な手駒を失ってしまったという事です」

「・・うむ。もし提督が117研に居れば、有無を言わせず鎮守府調査隊隊長に指名したな」

「まさにうってつけですからね。金で動かず、人間を冷めた目で見、頭は良く回り、中立」

「いっそ呼び戻してはどうかね?」

「今までの司令官に不信感を持ち、提督を強く支持している所属艦娘達から今取り上げたら・・」

「次の司令官は命の保障が出来んな」

「はい。そして取り潰すにはあまりにも惜しい」

大将は溜息を吐いた。どうしてこうややこしい事になるんだ。

「提督のコピーを作れないものかな・・」

「881研の人間コピー機は被験者が廃人になりましたよ」

「そうだったな・・」

部屋の中を沈黙が支配した。

「いずれにせよ、候補者の身辺調査は更に厳しく行おう」

「はい。もし創設不可避ならば、不肖、私がとりまとめを行います」

「うむ・・そうしてくれ。ところで君の用事は?」

「鳳翔総料理長からのリポートです。ご覧ください」

大将は手紙を読むと、くすくす笑い出した。

「なるほど、なるほど。うちの子達と手合わせさせてみたいな」

「・・そういうレベルだと?」

「うちの子達を育て上げたあの鳳翔がここまで絶賛するんだからね」

「提督が着任する前は、そんな状態ではなかった筈ですが」

「この、考えさせる訓練が功を奏しているのだろう。後は」

「後は?」

「881研の言った事が、改めて証明されてしまったという事だ」

「・・艦娘は司令官と恋愛感情を含めた強い絆を結ぶと戦力が増すという、あれですか」

「うむ。ま、私と妻で証明したからこそ制度化されてるしね」

「ケッコンカッコカリ、ですか」

「そういう事だ。提督は所属艦娘達と強烈な絆を結んだ、という事だよ」

「事実婚・・ですか」

「はっはっは。上手いこと言うね」

「笑い事ではありません」

「ふむ。うちの子達は天性の才能で強いゆえ、他への応用は出来ん」

「はい」

「だが、提督のやり方は応用出来るのではないか?」

「提督からも言われました。艦娘がもっと安心して戦えるよう、心を通わせよと」

「ふむ」

「ですがそれは、例の廃人司令官問題の主要因ですからね」

「愛しすぎて狂ってしまう、か」

「はい」

「愛するなら充分に鍛えてから適切な海域に出し、適切に引けば問題なかろうに」

「そもそも出撃させられなくなってしまうようですからね」

「うちの妻なぞ出撃させないほうが機嫌が悪くなるぞ?」

「・・コメントを差し控えさせていただきます」

「元々、彼女達の本分は戦いの中に身を置く事だ。戦いが彼女達のやりたい事なんだよ」

「戦って国や国の民を護る事、戦った事を称えてもらう事、ですね」

「そうだ。あの船が居れば安心だと言ってもらえる事が最高の栄誉なのだ」

「しかし、電のような子も居ます」

「それぞれの古の記憶があるからな。だが電だって味方を護る為に戦えば強いぞ?」

「そうですね」

「とにかく、大本営としては提督は不正をしてないとPRし続けるしかあるまい」

「むしろ、声の出元を調べた方が良いかもしれませんね」

「ふむ。なぜ騒ぐか、か」

「ええ。軍内を騒がしくする事で得をしているものが居ないか、という事ですが」

「・・・」

大将は少し考えた後、

「我々の敵は案外、海以外にも居るのかもしれない、な」

と言った。

 

 


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