艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード55

鳳翔は待っててくださいと言い残すと食堂を出て行った。

5分ほどして戻ってきた鳳翔は、土地権利書の図面を提督達の前に差し出した。

「これが買った土地の詳細ですよ」

提督と長門はぽかんとした。

鎮守府の近くのトンネルから、鎮守府を取り囲むように半島の先端部分全てが所有地だと記されている。

提督は鳳翔を見た。

「・・何に使うつもりだったんです?」

「使うつもりと言いますか、頼むから買ってくれと言われまして」

「不動産屋に?」

「ええ。全く買い手が居ないから困っていたと」

「確かに雷様の小切手はありましたけど、よくこれだけ買えましたね」

「いえ、小切手は使ってないんです。もう破格としか言いようがない位の安い値段だったんですよ」

「・・よほど買い手が居ないんでしょうね」

「ええ。お店を建てる時も良い工務店を手配してくださいましたし、助かっちゃいました」

「では、鎮守府入口近くにあるトンネルから半島の先までは全部鳳翔さんの土地」

「鎮守府の敷地分は除きますけどね」

「ええと、どこか譲って頂けませんか?」

鳳翔はむふんと笑うと、頬杖をついた。

「さぁて、どうしましょうか。一応私のお金で買った土地ですし~」

「そこを何とか」

「んー、じゃあ私が唸る程の甘味1つで手を打ちましょう!」

鳳翔の笑顔を前に提督の顔が引きつった。

 

「随分と手心を加えた条件ではないか。良かったな」

長門はそう声をかけたが、提督の足取りは重かった。

「冗談言うな。鳳翔さんを唸らせるほどの甘味だよ?火星から鉄鉱石輸送する方が簡単だよ・・」

「そ、そんなに凄いのか?」

「甘味お取り寄せ同好会会長は伊達じゃないんだよ」

「だとすると、一筋縄ではいかないんだな?」

「そうだね。私や間宮さんが探せるような甘味は全て知ってると思うよ」

「ふむ・・」

長門は腕を組んでしばらく目を瞑った後、

「では、一筋縄では行かない人に聞いてみるとしよう。蛇の道は蛇だ」

「え?」

 

「あらー、提督が訪ねて来るなんて珍しいわねー」

長門がまっすぐ龍田達の事務室を訪ねた時、なるほどと提督は頷いた。

だが龍田がその方面も知識があるだろうか・・

長門が事情を説明し終えると、不知火や文月はジト目になっていた。

「愚かな小者に権力を握らせると碌な事がありませんね。木刀で天誅を加えたいです」

「そんな事でお父さんを悩ませるなんて・・ちょっと考えようっと」

「え?文月?何を考えるの?」

「なんでもないですよー」

「背負ってるオーラが黒い!黒いよ文月さん」

「気のせいですよー」

やり取りを遮ったのは、説明以来ずっと沈黙していた龍田だった。

「・・一か八か、やってみる価値はありそう、かな~」

提督は龍田を見た。

 

数日後。

 

さくさくと雪を踏みしめながら、提督は食堂から鳳翔の店に向かった。

両手で出来上がったばかりのそれを持って。

雪でひっくり返っては台無しなので慎重に歩を進めていく。

ガラガラと戸を開けつつ、提督は言った。

「鳳翔さぁん」

「あらあら提督、まだ開店には早いですよ。どうなさったんですか?」

「えっと、えー・・」

「ん?お顔が赤いですよ。大丈夫ですか?」

真っ赤になる提督を小首を傾げて見返す鳳翔。

提督はギュッと目を瞑り、歯を食いしばった。まぶたの裏につい先程の光景が浮かぶ。

ええい間宮さん!人が台詞を練習してるのを盗み見て笑うの止めてくださいよ!

龍田に成功させる為にはそう言えって言われたんですから!

「・・うー」

提督はカッと目を見開き、

「ほっ、鳳翔さん!こんなの作ってみました!うっ、受け取ってくださいっ!」

一気に言うと、頭を下げつつ赤い包み紙で綺麗に包装された、平らな箱を差し出したのである。

今日は2月14日。

傍目には、それはバレンタインの逆告白以外の何物にも見えず。

「・・え?」

鳳翔にとって余りにも予想外だったのである。

「・・・」

頭を下げたまま、両手をぷるぷるさせながら。提督は動かなかった。

「あ・・あの・・」

鳳翔も次第に頬を赤らめると、そっと提督の傍まで行き、

「い、頂き、ます」

と言って受け取ったのである。

 

「なんか!なんかもの凄いスクープの匂いがします!邪魔しないでくださいぃ!」

「ちょっ!なんて馬鹿力ですか!不知火さん右足押さえてください!」

「了解です」

「いっ、痛っ!か、関節!関節は反則です!でも負けません!うおぉおおぉおお!」

正門の所では、文月と不知火が青葉を鳳翔の店に行かせまいと食い止めていた。

それを見ていた龍田は溜息を吐いた。青葉があの熱意をちょっとだけでも戦いに使ってくれたら・・

 

「で、では、開封いたしますね」

鳳翔が戸惑いつつも封を切ると、

「うわぁ・・」

と、目を輝かせた。

 

 教えて下さり、ありがとうございます!

 いつも美味しいご飯で楽しみです!

 甘味も美味しいよ!嬉しくなっちゃう!

 相談に乗ってくれてありがとう。

 

30cm四方のチョコの平板の上には、艦娘達からのメッセージがホワイトチョコで描かれていた。

文字が他の人の文字に重なる程、それこそみっしりと書かれていたのである。

鳳翔はニコニコと微笑みながら文字を追っていたが、

 

「鳳翔さんが来てくれて本当に心強いです」

 

というメッセージを見ると、

「もうちょっと、夢のある一言は無かったんですか?」

と、提督をジト目で見ながら苦笑したのである。

「色々感謝してるけど、なにより来てくれた事が一番嬉しかったからね」

そう言う提督を見て、

「・・鈍いのは相変わらずなんですね」

と、鳳翔は肩をすくめたのである。

 

数分後。

「ん、期待とは違いましたけど、唸らされた事は事実ですね~」

といい、

「解りました。じゃあ鎮守府に一番近い山を御譲りしましょうね」

と言ったのである。

龍田は店の外で青葉の上に馬乗りになりながら考えていた。

唸らせる、というのが条件で、唸らせるような美味、とは言ってない。

だから皆で心の篭ったメッセージを書いたチョコを送ろう。

後はバレンタインにちなんで提督に一芝居打ってもらいましょう。

それが龍田の提案だった。

とんちというか賭けに近い状況だったが、鳳翔さんは納得してくれるかしらね。

それにしても、2月の外は長居するものじゃないわね~

提督に何か温かい物でも奢ってもらおうかしら。

そう思った時。

 

ガララッ!

 

「あー、皆、青葉を離してやりなさい。もう終わったから」

「終わった!?何があったんです!青葉に言えないような、まさかいやらしい事ですか!?」

「なんでやねん。鳳翔さんに一番最初に見てもらう為だよ。見せてあげるから入りなさい」

「はい!あ・・ぎにゃー!カメラが水びたしぃぃぃいいい!」

龍田は提督に囁いた。

「首尾はどうでしたか~?」

「ありがとう。おかげで土地を譲ってもらえたよ」

店に入ってきた二人を見た鳳翔は頷いた。

こんな戦略を提督が思いつく訳無いと思いましたが、そういう事でしたか。

「提督」

「はい、なんでしょ?」

鳳翔は提督の耳元でごにょごにょと囁いたが、

「ええ、奢りますよ・・でも何でそれ限定なんです?まぁ良いですけど」

という、全く解ってない提督の返事に深い溜息を吐きつつ、厨房に戻ったのである。

 

「あったまりますねー」

 

青葉達がほわんとした顔で飲んでいるのは鳳翔特製のホットチョコである。

喜んで堪能する青葉達を尻目に、龍田はカップで揺らめくチョコを見て寂しげに笑った。

鳳翔さんから言われたからこれを振舞ったんでしょうね・・こんな気の利いた事思いつく筈がないし。

切ない目をしたまま、龍田は鳳翔を見た。

龍田と目があった鳳翔は、苦笑しながら肩をすくめた。

 

 バレンタインって気づいてますかね?

 いいえ、この意味すら解ってないかと。

 鈍感な提督だから・・

 しょうがないですねぇ・・

 

鳳翔と龍田は目で会話すると、苦笑しながら溜息を吐いたのである。

 


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