艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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注意:今回と次回は、その性質上ネガティブです。
今後にとって非常に重要なパートですが。ちょっとツライという方はパスしてください。


エピソード58

作戦開始から1ヶ月と5日後。

 

「・・くそっ!くそっ!補給船が!くそうっ!」

「このままじゃ兵糧攻めになる!敵本陣は島のどこだ!ええい!偵察部隊は何をやってる!」

ここは前線基地と定められた島の沖合にある、海のど真ん中。

悪態をついているのは前線基地の責任者である長官と副長官だった。

 

「この作戦は由緒正しき軍人の血統であるお二方にしか任せられない。よろしく頼む」

 

大将からそう言われた時には喜びに震え、引き受ける事を即決した。

だが。

何かがおかしいと思ったのは、作戦が始まってからだった。

大将が今まで血統と言う言葉を使ったのを聞いた事が無い。

だが、前線基地に説明通りの規模の兵力と、連日届く補給物資に目を奪われ、すっかり忘れてしまった。

島には最初から備蓄資材がうなるほど用意されていた。自鎮守府よりも豪勢なくらいだ。

部隊を構成する鎮守府は大小様々な規模で混じりあっていたが、これだけいれば充分という数だった。

しかし。

探しても探しても、肝心の敵陣が見つからない。それどころか敵の一体も居ない。

毎日のように通信で討ち取るのは今日か明日かとせっつかれるので、敵が見つからないとは言えなかった。

そうこうしているうちに、予定期間を過ぎた頃から、目に見えて補給物資が減って来た。

超大量の物資を連日送るのは無理があるとは気付いていたが、物資は生命線だ。

「もっと送ってくれ!」

そう訴えても

「予定量を既に超過しているからこれ以上は無理だ。ところで、期日を過ぎたのだが、いつ戻るのだ?」

と、逆に問われる始末。

「そっ、それは・・」

言いよどむ長官の沈黙を大将が破った。

「一旦状況を整理し、計画を練り直す。討ち取った敵の船魂を持って直ちに撤退せよ」

「・・・」

「解ったかね?」

「こ、今週!今週一杯時間をください!あと少しなんです!」

「・・よし、解った。では今週末を最終期限とするから撤退準備を始めるように」

大将との通信を終えた長官は冷や汗が止まらなかった。

冗談ではない。

敵が見つからないので当然戦闘しておらず、船魂も1つとして獲得していない。

つまり連日戦果を上げてると吐き続けてきた嘘が、このまま撤退すれば即座にバレてしまう。

偵察部隊こそ連日出航しているが、それ以外の部隊は出撃しようがないので毎日待機していた。

それが半月、1ヶ月ともなれば緩みも生じてくる。

ちょっと位と思っていたらあっという間に昼間から宴会を繰り広げる程に堕落していた。

報告が偽りで、手ぶらで戻り、さらに宴会で物資を食いつぶしたと解れば軍法会議モノだ。

こうなったら基地を捨ててでも前進しよう。全員で探せば見つかるだろう。

長官がそう決断し、副長官を説得。

こうして全軍での出撃命令となったのである。

 

しかし。

 

出航から数時間後、最後尾の艦隊から恐ろしい通信が入ってきた。

今まで幾ら探しても見つからなかったのに、前線基地の島を膨大な敵が占拠しているというのである。

長官は慌てて偵察部隊を送ったが、最悪の事態を告げる報告が返ってきた。

島の備蓄資源は深海棲艦達が海中に運び込み、補給船は次々沈められるか追い返されているという。

現在の自軍位置と補給船達は島を挟んで反対側の位置関係にあった。

つまり、兵站のど真ん中を敵に食い破られた格好になっていたのである。

ここで全軍が一致団結出来ていればまだ勝機はあったかもしれない。

だが、説得された筈の副長官が半狂乱になって長官に食ってかかったのである。

「お前があの時全軍出撃と言ったからこのザマだ!お前の慢心が原因だ!」

「ふざけるな!長官に向かってなんだその口の聞き方は!」

「この際どうでも良い!大体、宴会を推奨し資源を無駄に食いつぶしたのは貴様じゃないか!」

「俺の先祖の最高位は将軍だ!家老止まりのお前より良い血筋だ!だから貴様は副長官なのだ!」

「じゃあそのお偉い血筋でこの戦況を何とかしてみろ!出来るならな!」

「お前は出来ると言うのか、ええ!?出来るって言うのか!あの時、代案も無く賛成したお前が!」

「やってられん!やってられるか!もう好きにさせてもらう!」

こうして他の司令官達は、ほぼ半々の形で長官派と副長官派に分裂した。

副長官は艦娘の残存燃料が大本営まで引き返すには足りないと判断。

何とか島の反対側に回り込み、補給船から直接物資を受け取り、そのまま撤退しようとした。

しかし、それは敵の目論見通りであり、補給船を目前にして島から集中砲火を浴びる事になる。

進撃していった艦隊は次々と沈められていった。

半数が沈み、もうダメだと悟った副長官派の司令官達は、次第に勝手な行動を取り始めた。

敵に特攻する者、逃走を試みる者、敵に白旗を上げる者、様々だった。

だが、乱れに乱れた行動は、膨大かつ統率の取れた深海棲艦達の敵ではなかった。

各個撃破を粛々と、易々と、遂げていく。

降伏の意思表示をしていようがお構いなしに火の海に沈めていった。

秘書艦は副長官に、指揮命令系統がズタズタで全体状況さえ集まらないと報告し、続けて言った。

「如何致しましょうか?ご指示を」

副長官はがくりと頭をうなだれた。

「もう・・終わりだ」

そして秘書艦の目の前で、拳銃自殺を遂げてしまったのである。

副長官を失った艦隊は総崩れになっていった。

 

長官派は、副長官派の艦隊があっという間に壊滅していく様子を距離を取って見ていた。

そして悟った。あれだけの膨大な物資が届いた訳を。

いや、全艦隊がベストの状態で戦えたとしても勝てるかどうか怪しい物だった、と。

1週間目の時点で撤退していれば、あの時ああしていれば。

幾つもの判断ポイントでことごとく油断していた過去の自分が恨めしい。

だが、自分はまだ生きている。

副長官のように無意味な最期を遂げてなるものか。

「・・一番槍なんてどうでも良い。帰るぞ。敵の船魂は全部副長官が持っていた事にすれば良い」

長官は部下と短く相談し、思いきり島を北回りに迂回して帰る航路を指示した。

こうして、まさに副長官が無念の自殺を遂げる頃、全軍撤退を始めたのである。

撤退指示は部下達も支持したので、こちらの陣形は乱れなかった。

この時は。

しかし、長官や、その側近は解っていた。

この航路では、航続距離が足りない艦娘が全体の半数以上に上る事を。

伝えられた司令官達も気づいていた。

だが、燃料切れの後は誰かが曳航するなり救済策があるだろうと思っていた。

しかし長官は自分の艦娘達が足りている事だけ確認し、残りは捨て駒にするつもりだったのである。

 

撤退行動開始から2日目の夕方。

 

「・・霧が濃くなってきましたね」

部下からそう言われた長官は眉をひそめた。

「霧が白くない。灰色というか、鉛色というか。とにかくうっとうしい色だな」

「ええ・・不気味です」

そして先行する偵察部隊から通信が入った。

「ち、長官・・殿・・」

「なんだ?」

「む、無理です・・私は・・自害いたします・・」

「おい!どうした!何があった!報告しろ!」

パン!

通信機から銃の発砲音がした後、応答は無くなった。

長官がますます濃くなる霧を睨みつけた時、ふいに霧が晴れた。

 

「!」

 

その視界に現れたのは、膨大な深海棲艦達だった。

そしてその中心から発せられる強く青い光と余りに強い妖気。

とても太刀打ち出来る数ではない。

踏み込んではならない所だという事は長官にも、側近達もすぐに理解出来た。

島で見た深海棲艦達は、目の前の景色に比べたら可愛いと思える位だった。

「あ・・あ・・あぁぁああぁあ」

余りの恐怖に言葉も発する事が出来ない。

航路を・・航路を北回りではなく、南回りで取れば良かった・・

 

「ドチラデモ一緒ダ、長官」

 

長官はびくりとした。

考えが読まれた事にも、頭の中に直接響くように聞こえた声にも、その声色にも。

 

 


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