艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード60

大将が雷と夕食を取り始めた、丁度その頃。

 

「お疲れ!皆ほんとよくやった!何より無事で良かった!えーとあとね、あとね!」

「挨拶はもう良いにゃ。早く頂きますっていうにゃ」

「お行儀が悪いですよ、多摩さん」

「にゃっ!?鳳翔さんごめんなさい・・にゃ」

「うん、嬉しくて言葉が出ないからもういい!じゃあ挨拶はこの辺で!存分に召し上がれ!」

「頂きま~す!」

 

提督の鎮守府は終了期限当日に最後の荷を送り届け、作戦を完了した。

今回認定されたクラス11(前回より1上がっていた)への命令は、文月曰く

 

 「眠い位簡単」

 

であり、苦労してこなしているように見せる為の細工が必要なほどだった。

それは第4、時に第3艦隊までもが通常の遠征を並行して行うことで対処した。

(さすがに仮想演習や出撃をすると大本営から目立つので遠征のみとした)

余談だが、今回も命令を誤読して命令以上にハードな任務をこなした鎮守府は多かった。

伊19と伊58が命令書を適切に読みこなすという役割は大変大きいのである。

宴もたけなわになった頃、提督は伊19の隣に行った。

「楽しんでる?」

「すっごく美味しいご飯なのね!さすが鳳翔さんなのね!提督、御馳走様なのね!」

「うへ!?何で知ってるのさ・・」

「皆知ってるのね」

そう。

今夜の晩御飯は作戦で頑張った間宮さんも労う為、鳳翔に特注した御馳走だった。

その費用は提督が内緒で払っていたのだが、女の子の間では内緒話ほど音速でくまなく伝わる。

だから単に言わないだけで全員知っているのである。

提督は苦笑しながら言った。

「まぁ重要じゃない内緒話だから良いか・・ところで伊19さん」

「イクで良いの。何なのね?」

「今回も伊58と作戦命令書の解読頑張ってくれたじゃない」

「大本営のアンポンタンが悪いだけなのね」

「いやいや、重要な役割だよ。だから特別賞をと考えてるんだけど、何か希望ある?」

「んー・・美味しい物は鳳翔さんのお店に行くか、間宮さんの売店で買えるし・・」

「そうだね。下手に取り寄せるより旨いよね」

「・・あ」

「なんだい?」

「私達、班当番ではあんまり活躍出来ないのね。特に遠征系は・・」

「まぁ、艦種的に対象外になる事は多いかな」

「だから自己訓練を兼ねて、色々な海域で情報収集をしてるのね」

「そう言ってたね。伊58は暗号の勉強をしたいって言うから、今度大本営に何か学ぶ方法がないか相談しようかと思ってるよ」

「今度の作戦の時も、輸送する子達を遠くから見守ってたんだけど・・」

「うんうん」

「何度か、あの子達も気づいて無い、紙一重の危ないシーンがあったのね」

「・・そうだったんだ」

「私達は気付いてる、でもあの子達に知らせれば敵まで気付いて攻撃を開始しかねない」

「んー、状況が解るなあ」

「そう言う時に、提督に発砲許可を求める事も出来ないのね」

「そりゃそうだ」

「そういう時、攻撃を事後承認で認めてっていうのはだめなのね?」

「う~ん」

提督は腕を組んだ。

確かに目の前で味方が危ない目に遭おうとしてる時に指を咥えて見てるのは辛いだろう。

だがそれは、場合によったら・・

しばらく考えた後、提督は伊19に言った。

「イクはスナイパーだよね」

「なの」

「スナイプ能力と強制離脱能力を上げる事。そして出航前にそういう可能性がある事を私に言う事」

「ふええっ!どうすれば良いのね!?」

「イクが仲間を見殺しにするのが辛いように、私もイクを危険に晒したくない」

「・・」

「射撃場や練習場はいつでも使えるようにしておくから、幾らでも使って良いよ」

「・・」

「事後承認は構わない。だがイクが安全な形で仕留め、万一気付かれても逃げ切れる力を持って欲しい」

「・・」

「そうでないと、私は余りに心配で気が狂ってしまうよ」

伊19は提督をじっと見た。

親が子に向ける目をしている。意地悪ではなく、本当に心配してる目だ。

言ってる事も理解出来る。

ちょっと心配し過ぎな気もするけど。

「・・解ったのね」

「ん。ただこれはイクさん限定の話だから、んー、何て呼ぼうかな・・」

「なんで限定するのね」

「事後承認はかなり危険な行為だ。イクさんを信用してるからこそ特別に認めるんだよ」

伊19は俯いた。顔から火が出そうだ。真っ直ぐ目を見たままそういう事言うのは反則なのね。

「じゃあとりあえず、オプションとでも呼ぼうか」

「・・お、オプション、なのね?」

「うん」

「解ったのね。じゃ、じゃあ、練習頑張るのね」

「そうだね、どうせ練習するなら効果的な方が良いか。じゃあコーチも付けよう。声かけておくよ」

「誰なのね?」

「ん、まぁ、すぐ解るよ。明日射撃場に0900時に来てくれる?」

「解ったのね」

 

翌日。

 

「ほ、鳳翔、さん?」

「はい。5分前行動は素晴らしいですね。おはようございます」

狙撃銃を手に伊19が射撃場に着くと、待っていたのは鳳翔だったのである。

「おはようございます、なの。鳳翔さんがコーチしてくれるのね?」

「ええ。提督に基礎的な所を教えてほしいと頼まれまして」

伊19はにっこり微笑む鳳翔に頭を下げつつ、内心怪訝に思っていた。

軽空母であり、凄腕の料理人だが、回避はともかく、狙撃は専門外じゃないだろうかと。

そんな伊19の気持ちを知ってか知らずか、先に撃ちますねと鳳翔は言いながら伊19の銃を手に取った。

ふんふんと頷きながらボルトを下げつつ内部を眺め、

「綺麗に整備してますね。とても良い事ですよ」

と、にこりと笑うと、実弾を5発装填した。

「では、凪いだ海の上から的を撃ちましょうか」

 

シャカッ・・ターン、シャカッ・・ターン・・

 

伊19は射撃する鳳翔の動作を、そして的を見て固まった。

全く無駄が無い流麗な動き、そしてビタリと的の中心1点に当てていく。

その技量を察した伊19はぞわぞわと鳥肌が立った。

凪とはいえ、波のある海上からこれだけ早いペースで撃ったら10cm圏内に集まれば上等だ。

しかし引き寄せて見た的は、弾丸とほぼ変わらない穴が1個しか開いてない。

弾が全て的に命中していた事は的の揺れで解っていた。つまり全て1ヶ所に当たったのだ。

 

「じゃあやってみましょうか。こういうのは習うより慣れろです」

 

伊19はごくりと唾を飲み、ぎこちなく、鳳翔へと視線を動かした。

にこりと笑う鳳翔に、ひきつった笑いを返す伊19。

鳳翔はさっきと全く同じ笑顔なのに、もはや別人に見える。

これからどれほどの苛烈な特訓が待ってるのだろう。

 

1時間後。

 

「トリガーを引き過ぎて銃口が2mm右にずれてます。指を下へ絞るように動かしてみましょうか」

「はっ、はいなのね!」

鳳翔の指導は的確で、余計な事を言わない。

たまたま出るブレには何も言わないが、毎回出ているクセはすぐに指導が入る。

そしてそれを言われたとおりに意識して直すと目に見えて改善するのである。

伊19は射撃を続けつつ、歓喜と同時に恐怖を覚えていた。

自分なりに今までマニュアルを見たり、合同演習に出たり、もちろんコーチングも受けた。

それらは長い訓練期間を経てやっと何か改善した気がするという程度なのに、この1時間はなんだ。

鳳翔さんに断ってメモも取っているが、言われた事は僅かなのに強烈な改善効果がある。

それだけ自分の問題を見抜き、その解決方法として最も適切な答えを持っているという事だ。

鳳翔さん・・何者なのね。

「他の事を考えていませんか?重心がぶれてますよ?」

「ひゃいっ!ごめんなさいなのね!」

いけないいけない。こんな恐ろしい人を怒らせてはいけない。

集中集中。

 

「・・美味しいのね~」

「うふふ、お気に召しましたか?」

御汁粉を啜り、ぽへんとした顔になる伊19を見て、鳳翔はくすくす笑っていた。

訓練を長時間やる必要も意味もない。ましてや精神論なんて1ミリも要らない。

1回毎の到達目標を定め、対象者の抱える課題を見極め、適切に導き、実感させ、楽しみを与える。

それらが揃って初めて訓練する事に興味を持ち、高い効果が出ると鳳翔は考えていた。

だから訓練中、鳳翔は何度も伊19に声をかけ、二人でよく話し合った。

不規則な波、突風への対処、弾頭の偏心、弾にかかる火薬圧力の偏り、銃身の熱変形、自らのクセ。

命中を阻害する理由を二人で挙げた後、事の前と狙撃中、というキーワードを伝えた。

伊19はすぐその意味を理解し、メモを振り返りながら銃を調整し、練習を再開したのである。

3時間の訓練を通じて、鳳翔は伊19が今まできちんと練習してきた事を見抜いていた。

そうでなければ、あれだけの高いレベルの会話に初回からついて来れる訳が無い。飲み込みも早い。

鳳翔はにこにこ笑っていた。久しぶりに鍛え甲斐のある子と巡り合えましたね。

出来ればもう1人、一緒に取り組む人が居れば良いのですが。

提督にリクエストしてみましょうか。

 

 


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