艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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先日公開したエピソード58と59の艦娘達の処遇について、まずは戸惑いをもたらした事について、お詫びしたいと思います。
申し訳ありませんでした。

本章では以前も悩んだのですが、過去の章で描写した事を改めて書くと、直前にモロに答えを示すクイズのようでシラけてしまわないか、というのを私はとても気にします。
ただ、解らないのもそれはそれで面白くなくなると思いますから、活動報告の方でエピソード58と59について補足を記しました。
気になる方だけご覧ください。
ここで書かないのは、こういう事を言い訳と受け止める方が居るので、火に油を注ぐような事にしたくなかったからです。

作者が豆腐メンタルなのは仕様です。
諦めてください。




エピソード62

 

大本営近海。

 

海底までくまなくセンサーが仕掛けられ、自動迎撃システムや重装備の地上部隊が24時間警護する海。

日本国内で最も厳重な警戒が敷かれている海域を「程度」だと?

だが、鳳翔はあっさり答えた。

「その程度なら基礎課程で大丈夫ですよ」

長門は目を見開き、改めて提督の言葉を理解した。

鳳翔のいう応用課程とは、一体何を想定しているのだろう。

提督は頷いた。

「ならば応用課程は保留としましょう。ところで、鈴谷はどうです?」

「伊19さんに比べるともう少し手前から始める格好になってますが、進捗度合は悪くないですよ」

「ええ。鈴谷は雰囲気のせいでサボってるように見られますが、ちゃんと真面目にやってますからね」

「そのようですね。今は4mの高波を乗り越えながら、正確に射撃する方法を考えてもらってます」

「あー、そろそろ難関に差し掛かってますね」

長門はじわりと汗をかいた。

普通の海の上でだって精密射撃は神経を使う。

それをそんな荒れた海でやるなんて狂気の沙汰だし、実戦なら積極的に避けるべき状況だ。

でも、出来なければ鳳翔は次のステップに進まないし、進めなければ卒業認定には達しない。

伊19、お前はどこまで学んだのだ?

 

「どうなさったんですの?」

「ん・・」

港の端にぽつんと座って水平線を眺める鈴谷に、熊野は声をかけた。

しばらく鈴谷は黙ったままだったが、熊野は隣に腰掛けると、じっと待っていた。

やがて、鈴谷は口を開いた。

「イクちゃんがさ、卒業しちゃうんだよねぇ」

「一緒のレッスンを受けていたんでしたわね」

「卒業するのは良い事だと思うんだけど、なんか寂しいなって、ね」

「一人になってしまうから、ですの?」

「今まではさ、イクちゃんが先輩って感じで、3人で和気あいあいと話してたんだ」

「ええ」

「でも来週から、鳳翔先生と二人。あの明るいイクちゃんが抜けるとさ・・」

「んー、鳳翔先生が苦手なんですの?」

「そうじゃないよ。優しい先生だもん。だけど、その・・」

熊野はしばらく考えた後、

「貴方に手を貸すのはやぶさかではなくてよ。ちょっと聞いてきますわね」

そう言ってきょとんとする鈴谷を置いて、足早に去って行ったのである。

 

「へ?熊野も受けたいの?」

「ええ。ただ、お願いが1つ」

「うん」

「鈴谷さんが修了するなり、卒業する時点で引き上げたいんですの」

「あ、いや、それなら認められないよ」

「どうしてですの?」

「鳳翔さんは下手でも熱意があれば受け入れるけど、中途半端な気持ちなら来るなって言うんだよ」

「でも、鈴谷が・・」

「うーん・・じゃあこう言うと良いよ」

 

「鈴谷さんとライバルでありたい、ですか」

「ええ。艦娘として共に同じ鎮守府で戦う以上、レッスンの後も切磋琢磨する関係で居たいんですの」

鳳翔の店を訊ねた熊野は、提督から言われた事を含んで希望を伝えた。

提督は、鈴谷と同レベルに仕上げて欲しいと頼みなさいと言った。

鳳翔は生真面目な性格であるが故、頼まれた事を出来るだけ叶えようとする。

ある人と同じレベルというのであれば、その人としっかり比較してキッチリ同じにしようとする。

鈴谷が居ないと比較出来なくて困る、だから一緒に過ごせるだろう、という理屈である。

鳳翔はふうむと腕を組んだ後、そっと目を閉じた。

「正直な話、鈴谷さんの狙撃センスは天性の物がありますよ」

「同じ分野でなくてもよろしくてよ。同じ戦場で戦える技量さえあれば」

「熊野さんが得意とする事は?」

「もちろん、主砲での砲撃。それも電探と連携するものですわ」

鳳翔はふむと頷いた。

「一緒になりうるか、確認させてもらいます。射撃場へどうぞ」

 

「とぉぉぉぉおおおぉおぉおおっ!」

熊野の砲撃結果を見た鳳翔は頷いたが、帰ってきた熊野に言った。

「最初なので、少し厳しい話をしますね」

「はい」

「貴方の砲撃は上手ですが努力によるものであり、練度に応じた限界となるでしょう」

「は、はい」

「一方、鈴谷さんの狙撃は未完成ですが、その才能は物凄く伸びる可能性があります」

「で、では・・」

「ただし、才能をきちんと開花させるにはとてつもない努力が要ります」

「・・」

「貴方は並び立つのではなく、鈴谷さんを支えるポジションの方が合うでしょう」

「・・」

鳳翔はにこっと笑い、熊野の目を覗き込んだ。

「鈴谷さんが御一人で寂しがっているのを見かねたのでしょう?」

「うっ」

「提督はなかなか良い入れ知恵をされましたけど、鈴谷さんの隠れた才能は誤算でしたね」

熊野はぞっとした。何もかも見透かされているかのようだ。

「あなたの求めるオーダーに応える事は出来ません」

「・・はい」

「でも、講義に同席するのは良いですよ」

「え?」

「鈴谷さんがどのような講義を受けているか聞き、会話に混ざる事も許します」

「・・あ、あの」

「鈴谷さんの成長を、傍で支えてくれませんか?」

熊野はぎゅっと目を瞑ると、鳳翔に深々と頭を下げたのである。

 

翌日。

 

熊野は鳳翔から言われた通り、鈴谷に内緒で、少し遅れて射撃場に足を運んだ。

伊19と鈴谷は驚きつつも熊野を喜んで迎えたのである。

「ほぉーう、聴講生って熊野だったの!今朝まで何も教えてくれなかったじゃーん!」

「ごきげんよう皆さん。ごめんなさい。鳳翔さんから口止めされていたの」

「これで鈴谷ちゃんも寂しくないのね!良かったのね!」

「うふふ。鈴谷さんをちょっと驚かせようと思いまして。熊野さんを怒らないであげてくださいね」

「う・・しょ、しょうがないなぁ」

「はい。一緒に座学を受けましょ。これからよろしくお願いしますわ」

 

季節は春から夏へと変わり、その夏も過ぎようとしていた。

 

「うぅ・・熊野ぉ」

「はいはい。今日の狙撃は惜しかったですわね・・って重いですわ!」

鳳翔の店でかき氷を食べていた鈴谷は、ふと熊野の腕にゴツンと頭を乗せた。

「もう少し、鈴谷さんなら行けそうな気がするんですけどね」

「どこをどうしたら良いんだろー、先生教えてよぅ」

「それが出来ればやってあげたいんですけどね・・その壁は自ら超えて頂かないと」

カウンターに顎を乗せ、鈴谷は悔しそうな顔をしながら鳳翔を見た。

鳳翔は苦笑していた。

伊19も通った基礎課程は、鈴谷もとうの昔に終わっている。

それなのに通い続けているのは、鈴谷の突出した才能のせいだった。

 

「鈴谷さんの狙撃センスは本物です。伸びしろはこんな物じゃないような気がするんです」

 

夏が始まる頃、鳳翔は提督にそう告げた。

「ええとそれは、応用課程に入るって事?」

「はい。あのセンスを死蔵するのは余りにも勿体無いです」

「んー、センスの有無より、本人がやりたいかどうかだからなぁ」

提督は腕を組んだ。

 

応用課程。

 

鳳翔がこれはと認めた人に提示する特別カリキュラムだ。

大将直属の艦娘達は例外なくこの応用課程を受け、あっさりと卒業している。

応用課程と一口に言っても、その内容は決まった物ではない。

ある者は砲術を、ある者は操船を、ある者は運の使い方を、それぞれ極めた。

しかし、その代償は大きい。

時として生まれ持つ性格さえ変わってしまう。

例えば大将直属の雪風はあまり笑わなくなり、静かに話すようになった。

普段はあまり変わらないように見える武蔵も、本気を出すとその恐ろしさに味方さえ委縮してしまう。

大和が中将直属になったのは、普通でありたいと言う理由で応用課程を断ったからだ。

それくらい、艦娘としての将来を左右するのである。

 

鳳翔の話に、提督は首を振った。

「ダメだ。私の一存では決められない。応用課程を受けるか否かは本人に決めさせる」

「それはそうですね。では、基礎課程を卒業として、応用課程を望むか確認しますね」

「・・んー、私も同席する。ここで話してくれないか?」

「構いません。では熊野さんも同席して頂いてよろしいですか?」

「・・そうだね。聞いてもらった方が良いな」

「解りました。では呼んできますね」

「あぁ、いや、こちらで呼びましょう。加賀さん」

「はい。既にお呼びしています。まもなくいらっしゃいます」

「さすが加賀さん。ありがとう」

「どうという事はありません」

 

 


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